第八十七話 ドン詰まり

 地下要塞の攻略後、皇国軍は周辺地域の制圧へと取り掛かった。帝国の抵抗は意外と弱く、突発的な奇襲で多少被害を受けつつも皇国は快進撃を続けていく。


「ポイントR118の地下基地の制圧が完了した模様です。これでこの大陸は完全に我々のモノですね」


 地下要塞の指令室で、幕僚がシュレーアに報告した。その声音にはまったく緊張感というものが感じられない。毎度毎度大した戦闘もなく支配地域が広がっていくのだ。演習の方がまだ張り合いがある。


「ずいぶんと……簡単でしたね」


 司令席に収まったシュレーアが唸った。明らかに不自然な状況だ。『帝国め、臆したか!』などと楽観的な発言をするほどシュレーアは馬鹿ではない。敵の大将であるディアローズは油断ならない相手であり、今の順調すぎる状況には不気味さを感じずにはいられない。


「こちらの損耗は?」


「それなりには……データを送ります」


 手元の端末に送信されてきたリストを読んだシュレーアは、わずかに表情を硬くした。攻撃を仕掛けた基地の規模は決して大きくないというのに、損害はなかなかのものだ。


「戦利品は……大したものはありませんね。糧食と推進剤が少しだけ」


「弾薬類は爆破されていたとか」


「焦土戦術だねえ」


 近くで話を聞いていた輝星が渋い表情で言う。大きな戦いもないので、輝星は基地に居ることが多くなっていた。指令室に居るのは、何かが起きた時に自分の出撃をねじ込むためだろう。相変わらず一人で出歩くことは禁止されているため、日々の生活は退屈なことこの上ない。


「嫌な手を使う。こっちが消耗するのを待ってるんだ」


 このところの戦いは、毎度のように今回と同じような結果が出ている。少なくない被害を受け、得るものは少ない。


「そうはいっても、敵の基地を残したまま主力部隊を動かせばゲリラ攻撃で大きな被害が出ることは確実であります。土台固めの作業は避けられないのであります」


 腕組みをしたソラナ参謀が輝星に反論する。被害を恐れて周囲の小規模な敵基地を放置すれば、そこから出撃してくる部隊によって補給路や移動中の無防備な部隊が攻撃されてしまうのだ。


「我々の目標は帝国の主力部隊を撃滅するか、この惑星上にある三つの地下要塞すべてを制圧すること。理想は後者でありますな。惑星防衛ネットワークを復旧させれば、帝国艦隊に対して極めて優位に立つことが出来るのでありますから」


 依然として全体の戦力としては帝国の方が優位なのだ。にもかかわらず帝国側が決戦を避けているのは、ルボーア会戦のようなミラクルの再演を防ぐためだろう。出来るだけ皇国軍を弱らせ、最良のタイミングで噛みついてくる腹積もりに違いない。


「出来るだけ被害を出さずに各地を制圧し、安全に要塞を攻略する。……今の皇国軍の戦略が、間違っているとは思いません。しかし、向こうの手の上で踊っているような不快感は覚えますね」


「そこそこの被害が出てる以上、安全でもなんでもないしねえ……物資も減るばっかりだ。撃てる弾がなくなったら、いくら俺でも勝てないわけで」


 ソラナが顔をそむけた。輝星の言っていることも事実だ。この惑星に補給物資を届けるには、帝国の支配地域を抜ける必要がある。当然無防備な輸送部隊を帝国が逃すはずもなく、結局前線にはろくな補給が届いていなかった。


「時間をかければかけるほど不利なのは事実でありますな」


「期待していた敵からの物資調達もうまくいっていないわけですしね。できれば短期決戦に持ち込みたいところですが……」


 敵の力をそぐためにわざわざ時間をかけて地下基地潰しをしているというのに、短期決戦を求めるというのは矛盾しているのではないだろうか? 疑問を覚えて、シュレーアは眉間にしわを寄せた。


「ま、なんにせよ次にやるべきことは決まっているであります。すなわち、次の地下要塞の攻略。そのために今、参謀長が頑張って作戦原案を練っているでありますよ」


 ソラナの言う通り、指令室に参謀長の姿はない。"レイディアント"の自室で地図や各種のデータを眺めつつああでもないこうでもないと唸っているのだ。この大陸に、ここの他に地下要塞はない。次は大陸を超えて侵攻する必要があるということだ。渡洋攻撃には大きな危険が伴うため、作戦は慎重に組まねばならない。


「まー、それまで暇ってワケか。参るねえ、やることがなくて」


 戦略・戦術云々を考えるのは将校の仕事だ。一パイロットでしかない輝星には関係のない話であり、出撃命令が下されない限りは手持無沙汰になってしまう。危惧していた四天の襲撃もなく、輝星としては不完全燃焼気味だった。


「いくらやることがないからって、捕虜のところにたびたび行くのは感心しませんよ」


 そんな彼に、シュレーアが責めるような視線を飛ばした。輝星はこの頃よくサキを伴い、ミランジェの所へよく遊びに行っていた。


「いやあ、あの人いろいろお菓子持ってて……顔合わせるたびに何かくれるもんで、つい」


 現在、ミランジェは彼女の自室だった部屋で軟禁されている。私物も危険物の類以外は没収されていないため、かなり好き勝手に捕虜生活を楽しんでいるようだ。


「餌付けされてるじゃないですか!!」


 ショックを受けた様子でシュレーアが叫んだ。そんな簡単なことで彼と交流できるなら、自分もやりたいくらいだった。


「本来、あの部屋は許可された者以外は立ち入りを許すなと命令しているハズでありますが……」


 そんな彼を、ソラナがじろりと睨んだ。


「というかそもそも、ここも佐官と一部のオペレーター以外立ち入り禁止でありますよ。なぜかあなたは自由に出入りしているようでありますが」


「えっ、そうなんです?」


 はっとした様子で見つめ返してくる輝星に、ソラナは思わず一瞬顔を反らした。目と目を合わせて会話するには、彼の容姿は整いすぎている。彼女はそっと胸を押さえた。


「ま、まあ、トクベツでありますよ。か、感謝するように」


 結局、ソラナはそのまま輝星がここに居続けることを許してしまった。入室の際、衛兵が彼を止められなかったのも同じようなやり取りをしたからだ。傾城とはこんな男のことを言うのだと、ソラナは心の中で吐き捨てるのだった。

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