第七十二話 四天会議(1)

「"天轟"がやられた……?」


 震えを含んだ声でそう言ったのは、見事な真紅の髪をポニーテールにまとめた麗人だった。彼女は目を見開きながら、その報をもたらした兵士に問う。


「本当なのか?」


「……はい。怪我こそないものの、"ザラーヴァは"中破状態とのことで」


「まさか、あの子がそこまで手ひどくやられるとは。にわかには信じがたい話だ」


 麗人は胸の前で腕を組み、難しい顔をしながら唸った。


「ふっ、所詮は平民出身ということですわ。真なる強者には、わたくしたちのような本物の貴族でなければ到達できない。そうでしょう? テルシス様」


 そんなことを言ったのは、いかにも貴族の令嬢らしい雰囲気を纏った金髪縦ロール女だった。味方がやられたというのに、その顔に浮かべているのは渾身のドヤ顔だ。しかし、テルシスと呼ばれた麗人は不快さを隠そうともしない目つきで縦ロールを睨みつける。


「強く、そして貴い心を持つものを貴族と呼ぶのだ、エレノール卿。その点で言えばノラ卿は嘘偽りのない貴族だと拙者は考える」


「あらあら、怖い怖い。我らが"天剣"様は、まさに理想の貴族を体現された御方。わたくし、とても尊敬しておりますのよ?」


 にやにやと笑いながら、縦ロール女……エレノールは懐から取り出した鉄扇で自らの口元を隠す。


「だというのに、わたくしと貴女ではこうも貴族に対する認識が異なる。とてもとても悲しいことだとはおもいません?」


 嫌味たらしく揶揄されても、テルシスは激したりはしなかった。ただ、冷たい目でエレノールを見るだけだ。その態度にエレノールはふんと不満げな息を吐く。


「や、やめてください、皆様。四天が相争うなど……」


「強者は我が強いもの。仲良しこよしなんて、無理な話」


 たしなめる帝国兵に言い返したのは、それまで黙ったままテーブルに頬杖をついていた女だった。空色の髪を長く伸ばした、氷のように冷たい美貌を持った美女だ。


「まあ。その腕ひとつで傭兵から四天に成り上がった方はおっしゃる事が違いますわね、リレン様」


「伊達で"天眼"の称号を戴いているワケではない」


 皮肉とも本気の賞賛ともとれる微妙な声音でそんなことを言うエレノールだったが、返すリレンの言葉はその風貌と同じくどこまでもクールなものだ。

 そう、この部屋に居る三人は帝国が誇る最強の騎士……四天たちだ。テルシスは"天剣"、リレンは"天眼"。そしてエレノールは"天雷"の称号を与えられている。


「ふん……しかし、珍しく四天が集結したというのに、あまり面白い事態にはなっておりませんね。ノラちゃんは、だれにやられたというのです?」


 畳んだ鉄扇でぺちぺちと自分の手を叩きながら、エレノールが帝国兵に問う。


「確か……傭兵です。"凶星"とか呼ばれているパイロットだそうで」


「"凶星"?」


 リレンの表情が凍った。その変化にエレノールの形の良い眉が跳ね上がった。


「ご存じなのですか? リレン様」


 彼女は元傭兵だ。同業者であるのなら、何か詳しいことを知っているのではないかとエレノールは思った。口ではああいったが、エレノールもノラの実力は知っている。そう簡単に落とされるようなパイロットではないのだ。


「敵を知り、己を知らばなんとやら。知っている限りの情報を教えてほしいですわね」


「し、知っているも何も……有名人」


「傭兵の間の有名人など、この貴族の中の貴族であるわたくしが知っているはずがないでしょう?」


 そう言ってリレンに詰め寄るエレノール。


「ノラちゃんを倒したというのならば、そこそこ以上の武芸者なのでしょう。得意な武器は? 動きの癖は? 特徴的な戦法は? キリキリ吐きなさいキリキリ」


 ずいと顔を近づけ、次々とエレノールはまくしたてた。しかしリレンはそれに文句を言う余裕すらなかった。顔色を失い、顔が真っ青になっている。


「"凶星"は文字通り、凶兆の星。見ただけで終わり。抵抗なんて無意味……」


 ぶつぶつとそんなことを言いながらリレンはたちあがり、ふらふらと出口へ向かって歩き始めた。慌ててエレノールはその背中を引っ掴む。


「ま、待ちなさい! どこへ行く気です!」


「お家帰るぅ……」


「は!?」


「"凶星"が相手とか無理無理かたつむり……違約金払うからおうち帰して……」


「だ、駄目に決まっているでしょうが! あなた四天ですのよ!? しゃんとしなさいしゃんと!」


「無理ぃ……」


 涙目でぷるぷる震えるリレンにあっけにとられていたエレノールだったが、部屋のドアが乱暴に開かれる音にびくりと肩を震わせる。


「……」


 部屋に入ってきたのはなんと先ほどまで話題に昇っていた張本人、ノラだった。どうやら風呂上りらしく、その灰色の髪はしっとりと濡れている。彼女は挨拶もせず、極めて不機嫌そうな顔でずんずんと歩き、部屋の隅に置いてある椅子に腰を下ろした。


「……」


 部屋に嫌な沈黙が漂う。その空気に耐えかねたエレノールは、おずおずといった様子で話しかけた。


「お、お帰りなさいまし?」


「……ふんっ!!」


 それだけ言うと、ノラはぷいとそっぽを向いてしまった。

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