第五十三話 吹っ切れ皇女

 すき焼き屋の一件があって数日が過ぎた。結局あの後は何事も起こらず、二人は無事に”レイディアント"に帰還することができたが、目の前であのような目をされたシュレーアの心中は穏やかではない。

 今日も今日とて続く会議をこっそり抜け出した彼女が向かった先は、艦内の射撃練習場だった。陸戦隊の訓練用に設置されたその施設は、陸上のモノよりもやや狭いものの十分な設備を備えている。


「……」


 シュレーアは大口径の軍用ライフルを構えていた。堂に入った、美しい射撃フォームだ。マトである人型のメタルシルエットが不規則に立ち上がると、正確かつ迅速に発砲。銃声と同時にメタルシルエットの頭部に着弾し、バタンと音を立てて倒れる。


「ふう」


 息を吐きつつ、空になったプラスチック製のマガジンを排出。ベストにつけた予備マガジンを叩き込む。彼女の足元には、すでに大量の空マガジンが落ちていた。

 そのまま、無心で射撃を続ける。彼女の周囲にはほかにも数人のクルーが居たが、その鬼気迫る様子に恐れをなしたかだれ一人声をかけようとはしない。室内に響くのは銃声のみだ。


「あれま、こんなところに居たんすか。珍しいっすね」


 だが、射撃場に入ってきたサキによってその沈黙は破られた。ラフな格好をした彼女はシュレーアのものと同じライフルを手に携えている。


「……あなたこそ。普段は道場の方ばかりでしょう?」


 銃の構えを解き、シュレーアは静かな声でいう。"レイディアント"にはこの射撃場のほかに、主に格闘などの鍛錬に用いられる修練場が設けられていた。機体も剣術メインとあって、サキはそちらばかり通っていたのだ。


「まー、あたしも思うことがありましてね」


 サキは目をそらしつつ答えた。盗聴器で余計なことを聞いてしまったことに、少なからず罪悪感を抱いているのだ。あの夜は結局、二人が顔を合わせることはなかった。万一に備えて店の外で待機していたものの、何事もなく会食が終わってしまったからだ。もしヴァレンティナやその護衛が何かしでかせば、窓を破って救援に駆け付ける手はずになっていたのだが……。

 というわけで、サキはシュレーアが泣いたことやあの情けない告白をしたことなどを一方的に知っている状態だ。流石に面と向かって『あの夜の話は盗聴していたので私も知っています』などとは口が裂けても言えないものの、なんとか助けてやりたいという気持ちはあった。


「カタナ振り回すだけじゃあ駄目だと思ったんですよ。やれることを増やさなきゃあって」


「……良い心がけです」


 ぎこちなく笑うシュレーア。双方向ブレイン・マシン・インターフェースi-conを介して操縦するストライカーは、操縦者の戦闘技能も操作に影響する。生身で射撃のうまいパイロットは、ストライカーに乗っても同じように高度な射撃をこなすことができる。


「この後は剣術の鍛錬をするつもりなのですが、よろしければ付き合ってもらっても?」


「いいっすよ」


 肩をすくめるサキ。射撃練習だけでもなかなか疲れるはずだが、どうやらまだまだトレーニングを続けるつもりらしい。


「気合入ってますね」


「まあ……」


 遠い目でシュレーアは言い淀んだ。


「とりあえずの目標が出来たんですよ。とりあえずそれを達成しなければ、話にならないとわかりました」


「目標っすか。良ければ聞いても?」


「構いませんよ」


 そう言ってシュレーアはふっと笑った。吹っ切れたような笑顔だ。それを見て、サキが密かに胸を撫でおろす。どうやら暗い感情は引き摺っていないようだ。


「一つは、あの帝国のド変態陰湿粘着ストーカーを排除すること」


「そりゃあたしも同感ですね。あのカスは塵にしなきゃ安心できねえ」


 行く先々で現れて輝星にセクハラをかましてくるのだ。断じて許せるものではない。サキの握るライフルのグリップがぎちぎちと音を立てた。思い出すだけで腹立たしい。


「とはいえ奴は強敵です。立場が立場だけに、一騎討ちに引きずり込まない限り護衛も排除する必要があるのです……! 生半可な実力では成せません」


 同じ気持ちなのだろう、シュレーアの目も怒りに燃えていた。思わずサキがクスリと笑うと、シュレーアも続いた。しばし二人で大笑いし、和やかな空気が流れる。


「ふふ、こんなに笑ったのは久しぶりかもしれません」


 にじんだ涙を拭きながら、シュレーアが言う。


「そっすね。ほんのこの間まで負け続きでしたし」


 ルボーア会戦で勝利するまでは、皇国軍は敗北ばかりだった。向こうの非道な戦術もあり、軍の内部ではずっと暗い雰囲気が漂っていたのだ。


「ところで、一つはってことは……他にもあるんですか? 目標が」


「ええ」


 シュレーアが頷いた。ヴァレンティナの排除も重要だが、やるべきことはそれだけではない。


「二つ目は、少しでも強くなることです。こんな実力ではあの人を守れない、なんて泣き言を言っていても仕方ないと理解しました。一歩ずつでも強くなって、しっかりとした援護を届ける。今の私がやるべきことです」


 そうすることで、輝星の負担を少しでも減らす。それがシュレーアの願いだった。彼の活躍が皇国の勝利に直結するのは明白な事実だ。一個人としても、そしてカレンシア皇国の皇女としても、輝星とともに戦うことは間違っていないとシュレーアは感じていた。

 ならば、やるべきことは一つ。トレーニングあるのみだ。銃を撃ち、剣を振り、そして基礎トレーニングも余計にやる。強くなるために打てる手はすべて打つ。


「今は無理でも、いずれ格好いいところを見せて……ふふふ……」


「なんて言いました、今?」


「いやなんでも」


 シュレーアは目をそらしながら笑った。あの夜、彼女に本音をぶつけられた輝星はそれを否定しなかった。シュレーアはそれに救われた気分になったのだ。だから、己を偽って耳触りのいい言い訳を並べるのはやめた。輝星の前で活躍し、彼を惚れさせてみせる。そのための努力を惜しむつもりはなかった。


「さ、無駄話はここまでです。時間は有限ですからね」


「はいはい」


 事情を知っているだけに、そんなシュレーアの内心をサキは理解していた。苦笑しながら、自分も射撃ブースへと向かう。


「さてさて。あたしも頑張りますかねっと!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る