第三十九話 ルボーア会戦(9)

「あの野郎、身辺に気をつけろたってそれ以前に今この場がヤベエじゃねえか!」


 ヴァレンティナが去って数十分後。サキが腹立たしげに叫んだ。敵の攻勢はいまだに止まっていない。相変わらず一機一機は大した強さではないが、こうも長時間の戦闘を強いられるとさすがに疲労もたまってくる。


「しかし、退くわけにはいきません」


 ヘビーマシンガンをブッ放しながらシュレーアが言い返した。先ほどいったん後退して補給を受けてきた彼女だったが、まともな休養もとらずに戦線に復帰した。二機でこれだけの攻勢をしのぐのは難しいと判断したからだ。


「これだけの数、ゼニスに乗った我々だからこそ対抗できているのです。これがそのまま別の戦線に流れ込んだら……考えたくもありません」


「とはいえ相手は明らかに二線級部隊、本命は他に居るはず。さすがにこのまま戦い続けるのも美味しくない気がしてきましたよ」


 輝星が唸る。陽動としては確かに機能しているが、さすがにこの程度の部隊でこちらを墜としきれると帝国の指揮官が考えているとは思いづらい。あのヴァレンティナも、総司令である姉を嫌いつつも能力は評価している様子だった。一筋縄ではいかない相手に違いない。


「その通りです。こうして足止めしている間にも、敵の本隊は動いているはず。はっきり言って、彼我の主力同士がぶつかり合えばこちらに勝機はありません」


 強力な遊撃戦力である輝星たちがこうしてどうでもいい戦線にくぎ付けにされているのは、当初の作戦からすればかなり逸脱しているといっていい。戦況は相手ペースで進んでいる。

 シュレーアはちらりとサブモニターに表示された戦術マップを確認した。敵は小さくコンパクトに部隊をまとめているようだ。これではゲリラ戦法は通用しにくい。その上、まともに索敵機も飛ばせていない状況では相手の本命がどこに居るのかすらわからないのだからもうどうしようもない。


「勝ち筋を……このいくさの勝ち筋を見つけなくては」


 焦燥感をこらえつつ、シュレーアは呟いた。


「勝ち筋ならありますよ。大丈夫ですって!」


 そんな彼女に、輝星が明るい声で答える。敵機の射撃を回避し、全速で肉薄。パイルバンカーで刺し貫いてからさらに続ける。


「今のところ相手方の想定通りに状況が動いている! だからいいんですよ。途中までは思惑に乗り続けます!」


「……というと?」


 岩陰に身を隠してから、シュレーアがいぶかしげに聞いた。そこからひっくり返す手段などあるのだろうか。


「相手は我々をずいぶんと評価しているみたいじゃないですか。本命の攻撃を行う際には、我々を絶対に近づけたくないはず」


「それは……そうですね」


 警戒されているのは私たちではなくあなた一人だと内心思いつつも、シュレーアは頷いた。


「つまり、本格的な決戦が始まるタイミングでこちらにも何か仕掛けてくる可能性が高いわけです。ということはカウンターのチャンス」


「なるほど、後の先を取ろうってハラか!」


 サキがニヤリと笑う。防戦一方よりよほど面白みのある作戦だ。


「相手が仕掛けてきた段階で全力で皇国主力艦隊の元へ向かい、迎撃します。撤退にはだいぶ難儀しそうですが」


「それで、勝ち目があると?」


「ありますとも! 勝って見せますよ、だって俺は北斗輝星ですから」


 そう言って輝星は大声で笑った。しばらく考えて、シュレーアはその作戦に同意する。ゼニスとはいえ主力艦同士の砲撃戦に参加して大きな戦果を挙げられるとも思えなかったが、他にアイデアもない。


「わかりました、それでいきましょう」


 その声を聴いて、輝星は小さく息を吐く。操縦桿を握る手に力を込めた。


「やんなるね。でも、どうしてもお前がやらなくちゃいけないことだ、北斗輝星」


 マイクも拾わないような小さい声で、輝星は自分に言い聞かせた。遠くの空を見る。猛烈な勢いでこちらに接近してくる部隊がいた。気配から、これまでの敵とは練度が違うことは明らかだ。


「タイミングよく来たみたいですよ。さあ、行きましょう!」


 明るい声で言うなり、輝星は機体をジャンプさせた。そのままスラスターを全開にして敵部隊に突っ込む。


「あっおい! どこいくんだよ!」


 それを見たサキが叫ぶ。ちらりと計器を確認すると、接近してくる敵部隊は"ジェッタ"よりも高熱を発している。高出力エンジンを搭載しているのだ。


「これは……"レニオン"! 近衛機ですか!」


「おいおいおい、いきなり本気じゃねえか帝国の連中! あいつ撤退つったのに突っ込んでいきやがったぞ」


 あっけにとられる二人をしり目に、輝星はそのまま加速を続けた。四方八方から射撃が飛んでくるが、そのすべてを巧みに回避していく。

 敵精鋭部隊との距離が詰まり、目視が可能になる。漆のように艶のある漆黒のストライカー部隊だった。"レニオン"という機種名のそれは、ノレド帝国で皇帝直下の近衛騎士団にのみ配備されているハイスペック機だ。急速展開のためか、全機ライドブースターに搭乗している。


「いたぞ、例の敵だ」


「各機注意して当たれ、尋常の敵ではない」


 にわかに騒がしくなる帝国側の通信。すると輝星はブラスターライフルを構え、発砲した。狙われた"レニオン"は近衛の名に恥じぬ反応速度で回避したが、二射目が肩口命中した。流石の装甲でそれに耐えるも、続けざまに放たれた三射目が同じ場所にあたる。吹き飛ばされる"レニオン"。


「貰うぞ!」


 そのまま敵の攻撃を回避しつつ、乗り手のいなくなったライドブースターを奪った。そのまま機首を反転し、スラスターを全開にする。ライドブースターも近衛用の特別仕様らしく、全身にかかる加速Gは尋常なものではない。


「ぐっ……!」


 胸の奥から込みあがってくる錆臭い息をこらえつつ、輝星は歯を食いしばった。目指すは皇国主力艦隊だ。

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