第二十八話 差し入れ
「……ベッドが上等すぎるのも考え物だなあ」
それから数時間後、輝星は自室のベッドで目を覚ました。携帯端末を起動して時間を確認する。ルボーア星系への到着時刻まで、まだかなりの余裕があった。設定していたもののまだ作動していないタイマーを切り、ベッドから身を起こす。
「ふわふわすぎて落ち着かないったら」
正直言えば、まだ疲労は抜けきっていない。しかし煎餅布団に慣れている輝星は、高級寝具では逆に快眠することができなかったのだ。輝星は立ち上がり、腕をぐるぐると回す。
「ふー……」
寝巻のジャージからパイロットスーツに着替え、ドアへと向かう。壁のスイッチを押してドアを開こうとしたが、ふと動きを止めて眉根を寄せた。小さくため息を吐き、携帯端末を再び出す。
「牧島さん……いや、殿下がいいか」
輝星からすれば、立場が立場だけに忙しいであろうシュレーアにあまり面倒をかけるのはよろしくないのではと思ってしまう。だが、先ほどまでのサキとのやり取りを考えれば、サキにばかり話しかけているとへそを曲げてしまう可能性がある。
「んもー、なんで部屋の外に出るだけでこんな手間を……」
携帯端末でメッセージを送る。連絡先は以前に聞いていた。
「ん? あ、あわわわ! 来た!」
同じころ、艦橋の司令席に座っていたシュレーアが端末を手に突然立ち上がった。周囲の目が一気にシュレーアに集まる。
「来た!? 敵でありますか?」
傍らにいたソラナが慌てた。しかし、シュレーアは満面の笑みでそれを否定する。
「い、いや、メッセージです! 生まれて初めて男の人から連絡が! いっやったあああ!」
「は?」
ソラナの表情がすさまじく渋いものになる。
「殿下、作戦中でありますよ」
「す、すみません。しかし今は手が空いているのも事実ですよ!」
現在、"レイディアント"は
「……はぁ。仕方ありませんな、小一時間で帰ってきてほしいであります」
「もちろん! ではっ!」
ほとんど全力疾走で艦橋から飛び出していくシュレーアに、再びソラナはため息を吐いた。
「くそう……うらやましい……」
それからしばらくたって、格納デッキへ向かう廊下に二人はいた。輝星は台車にコーヒーと書かれたダンボールを載せて運んでいる。
「あ、あの……持ちましょうか? それ」
「えっなんで!?」
シュレーアの突然の提案に、輝星は驚いた。相手は雇い主で、しかも小国のとはいえ皇族である。なぜ荷物を持たせなくてはならないのか。
「いや、騎士として男性に荷物を持たせるのは……淑女のコケンに関わりますよ」
「いや、男とか女とか以前に俺は傭兵なので……雇い主にモノ持たせる傭兵がどこにいるんですか」
「う……い、いや……私はあなたとは雇い主とか傭兵とかそういうドライな関係のままでは居たくないといいますか」
目をそらしてそんなことを言うシュレーアに、輝星が微妙な表情になった。墓穴を掘ったことに気づき、あわててシュレーアは話題を変えることにした。
「そういえば、なぜコーヒーなど運んでいるのですか?」
このダンボールは、数分前輝星が艦の売店で購入したものだ。この売店は軍ではなく国から指定された商社が経営しており、寄港のたびにその会社が商品を仕入れて艦のクルー向けに販売している。
「差し入れですよ。そろそろカリバーンの整備も終わってると思うので」
「あ、整備クルーへの……えっ、毎度差し入れをしているのですか!? もしかして」
「いや、毎度ってわけでもないですけど……変な改造試作機じゃないですか、"カリバーン・リヴァイブ"って。整備に難儀してるんじゃないかなと」
もとは非戦闘用の機体を無理に改造して実戦配備したのが"カリバーン・リヴァイブ"だ。整備員からすれば非常にいじりにくい機体だろうし、妙な不具合が戦闘中に出ないようしっかりチェックや調整をしてもらう必要もある。そのことを考えれば、差し入れの一つや二つをしておいた方がいいだろうというのが輝星の考えだ。
「整備してくれる人がいなきゃ、俺はストライカーを飛ばせませんから。いい関係を築きたいんですよ」
「なるほど……そういうことでしたか」
シュレーアが驚いたように頷く。もちろん彼女も整備等の後方要員を軽んじているわけではないが、特別意識したこともなかった。
「さすが輝星さん……とは言ってはいけませんね、これは。そんなことを言われてみて初めて気づくなど、人の上に立つものとしてあるまじきことです」
ため息をつくシュレーア。皇女として威厳を見せることも重要だが、カレンシア皇国軍は小国ということもあって帝国などよりよっぽど貴族と一般兵との距離が近いのだ。輝星のように直接感謝を示すのも重要かもしれないと、彼女は考えを改めた。
「そうですね……申し訳ありません、一度店に戻りましょう。私も何か差し入れを用意します」
「いや、皇女様が直接差し入れというのはさすがに距離感が近すぎるのでは……」
「そ、そうですか?」
皇女と言ってもサキやソラナなどからは割と軽んじられていることは理解しているシュレーアは、冷や汗を浮かべながら目をそらした。皇家自体が小さいこともあって、帝国貴族のような強権は振るいにくいのだ。もっとも、シュレーア自身部下たちが正直な態度でいてくれた方が性に合っているとは感じているのだが。
「モノを渡すより、直接感謝の言葉をかけたほうがいい場合もあります。……あ、給料賞与はしっかり渡した上での話ですよ? 出すものも出さない上司ほど嫌われるものはないですから」
「そ、それはもちろん!」
シュレーアは慌てて頷いた。
「感謝……感謝ですか。わかりました。一度、伝えてみます」
「それがいいですね」
笑う輝星に、シュレーアは少しだけ頬を赤くして頷いて見せた。
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