第二十話 捲土重来の狼煙

 帝国艦隊が動きを見せたという報は、あっという間に皇国軍に広まった。敵の狙いは皇都アルプ星系。ここを制圧されれば、もはや皇国に逆転の目はない。当然、皇国軍は残存している艦艇すべてを結集して迎撃作戦をとることになった。

 

「帝国艦隊の陣容は戦艦十四、大型巡洋艦三十。他多数が確認されています」


 管制オペレーターの説明を、輝星は"カリバーン・リヴァイブ"のコックピットで聞いていた。イチゴミルク味と書かれたチューブ飲料を口に含みつつ、コンソールに表示された星図を見つめている。彼我の最大戦力がぶつかる決戦だけあって、予測されている戦域は広大だった。

 

「我が艦隊は迂回ルートを取り、敵主力の側面から攻撃を仕掛ける予定です」


「鉄床と槌の例えで言えば、我々が槌の役割を果たすということです」


 オペレーターの言葉をシュレーアが補足した。皇国主力艦隊で帝国艦隊を足止めしつつ、シュレーア麾下の第三艦隊で敵の本丸に強襲をかけるというのがこの作戦の骨子だった。

 広大な外宇宙での戦争は、会敵することすら難しく思えるが実際はそうではない。FTL超光速航行を行うには通常、完全に安全が確認され等間隔に無人灯台が設置された星間航路スターウェイと呼ばれるルートを通る必要がある。星間航路スターウェイの設置には高いコストがかかり、そう大量には設置されていない。それゆえに、敵軍の侵攻ルートは容易に予測することが出来る。

 

「危険、かつ長時間にわたる任務になる予定です。各員は……」


「殿下、第一艦隊から入電です! 前衛艦隊が敵と接触、交戦を開始した模様!」


「早い、もうですか!」


 当初の予測では、会敵は半日後の予定だった。敵の侵攻速度はこちらの予想よりずいぶんと速いらしい。

 

「敵の電子戦と破壊工作により、既にわが軍の固定索敵網はマヒして機能していません。強硬偵察をかけ、敵主力の位置を確認してほしいとのことです」


「確かに我が艦隊は主力から突出した位置に居ますから、偵察をかけるには一番の部隊でしょうが……緒戦からなかなか危険な任務ですね」


 第一艦隊の司令官は、皇国の元首でありシュレーアの母でもある皇王アリーシャ・ハインレッタその人だ。その命令に否と言うワケにもいかない。シュレーアは艦橋の司令席でうなった。

 ちなみに、艦橋にこそ居るものの彼女はすでにパイロットスーツを着用している。いつでもストライカーに乗って出撃できる状態だ。指揮官としては考え物に見えるが、ヴルド人の軍隊では指揮官先頭は基本だ。実際の指揮は参謀他の高級将校たちが担当しているため、シュレーアが前線に行っても大きな影響はない。

 

「仕方ありません。第三、第四中隊を出しましょう。艦隊の防空を考えれば、あまり多くの戦力を出しすぎるわけにもいきません」

 

 第三艦隊でまともなストライカー運用能力を持っているのは、旗艦である"レイディアント"のみだ。護衛艦として参加している駆逐艦たちは、せいぜい二機程度しかストライカーを搭載ていない。偵察とはいえあまりに多くのストライカーを出撃させれば、ふいの奇襲を受けた際に艦隊が丸裸などということになりかねない。

 

「俺も出撃しますよ」


「輝星さんも?」


 輝星の提案に、シュレーアは一瞬考えこんだ。危険な任務だが、輝星の実力ならばふいの遭遇戦でも十二分に対処できるだろう。温存する必要はなさそうだ。

 

「では、お願いします。……牧島中尉、あなたも同行してください」


「ええ、まかしてくださいよ」


 モニターに映るサキの勝ち誇った顔に、シュレーアは小さくため息をついた。業腹だが、さすがに自分が偵察に出るわけにもいかない。シュレーアの出番は、本格的な戦闘になってからだ。指揮官先頭といっても、限度がある。

 

「オペレーター、敵艦隊の予測地点のデータを輝星さんの機体に送りなさい」


「はっ」


 "カリバーン・リヴァイブ"のコックピットに、電子音が鳴った。送られてきたデータをコンソールに表示させる輝星。現在地からは、そう離れていない場所だった。

 

「既に発艦デッキにライドブースターを用意しています。いつでも出撃可能です」


「よろしい。輝星さん、牧島中尉、先駆けをお願いします」


「了解」


 頷き、機体を発艦デッキに進ませる。カタパルトの上には、バイクを思わせる形状の大型機械……ライドブースターが暖気状態で設置されていた。躊躇なくそれにまたがる。

 

『ライドブースター接続』


 機体AIが告げる。ライドブースターは大気圏突破の補助のほか、高い推進剤の搭載量と高性能なブースターの装備により、外宇宙での航続距離の大幅な増加にも役立つ。長距離作戦には欠かせないマシンだった。

 

「進路クリアー、カタパルト電圧正常。発進を許可します」


「はいはい」


 機体背後のデッキにブラスト・ディフレクターがせりあがってきたことを確認して、輝星はスラスターを全開にした。蒼い噴射炎がディフレクターを焦がす。

 

「北斗輝星、"カリバーン・リヴァイブ"で行きます!」

 

 操縦桿のスイッチを押すと同時に、カタパルトが電磁誘導によりすさまじい勢いで機体を宇宙へ射出した。身体を苛む加速Gに、輝星がわずかにうめき声をあげた。

 

「……っく、牧島さんも来たな」


 初期加速を完了してから、背後を振り返る。サキの"ダインスレイフ"も同様にカタパルト射出され、"カリバーン・リヴァイブ"の後ろを飛んでいた。

 

「目標ポイントはスラガ星系か。ガス欠にならない程度にぼちぼち行こう」


「あいよ」


 サキの返答に頷き返すと、コンソールのスイッチを押した。FTL超光速航行は、機体の見かけ上の質量をゼロにすることで相対性理論の軛から解き放たれ、光を追い越す速度まで一気に加速する技術だ。開発されてから百年以上経過した枯れた技術とはいえ、全く安全というわけでもない。

 

FTL超光速航行モードに入ります。エネルギーバイパスチェック……正常。リバースギア接続、フライホイール逆転開始』


 機体AIが告げると同時に、機体の背後に金色の後輪が出現した。主機が奇妙な唸り声をあげ、回転計のゲージが跳ね上がる。輝星は深く息を吸ってから、操縦桿を押し込んだ。

 

FTL超光速航行、開始します』


 メインモニターに映る星々の輝きがにじんだ。それらの光はやがて、サイケデリックな七色に変色していく。

 

「よしよし、いい子だ」


 急造機でのFTL超光速航行に若干の不安を抱いていた輝星だが、特に問題はなさそうだ。計器を見ると、順調に機体は光速の壁を突破し宇宙を猛スピードで進んでいる。安堵のため息を吐いてから、持ってきていた携帯端末を操作する。コックピットに軽妙なポップ・ミュージックが流れ始めた。

 

「長丁場になりそうだし、当面は安全運転だな……」


 そうつぶやく輝星の目は、虹色に輝く宇宙そらの向こうに向けられていた。

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