第九話 一騎打ち
「しかし、よかったのですか? このような勝負を受けて」
"グラディウス改"から離れていくヴァレンティナ機の背中を見送りながら、シュレーアがおずおずと聞いた。彼女が出した一騎打ちの条件は、至極シンプルなものだ。輝星が勝てば、艦隊を撤退させる。そしてヴァレンティナが勝てば輝星が彼女のモノになる。
前者はともかく、後者はシュレーアには受け入れがたい条件だ。敗戦国の見目麗しい皇子が、勝った側へと強制的に婿入りさせられることはヴルド人国家間ではよくあることだ。だが、輝星はあくまで傭兵で、しかも
「いいんですよ。勝てばいいわけですし」
落ち着いた声で答える輝星。実際、勝てさえすれば悪くない条件だ。戦闘を継続して万事うまくいったとしても、増援の皇国艦隊は少なくない被害を受けるだろう。撤退してくれるというのならばそのまま逃がし、こちらも態勢を立て直した方がいい。
「しかしこの機体では……」
もちろんシュレーアとしても、輝星の実力に疑問はない。だが、相手は今まで戦った量産型とはスペックがあまりにも違う。ヴァレンティナ専用機、"オルトクラッツァー"。皇族専用機として完全新規設計されたというその機体は、主機はもちろん装甲や推進機構、センサー系までコストを完全に無視して性能を追求されたものが使用されている。
「そりゃ、ゼニス・タイプには分が悪いのは事実ですよ」
この手のワンオフ高性能機は、ゼニス・タイプと呼ばれて戦場では恐れられていた。単純な兵器としては無駄な高スペック機を作るより、そのリソースで量産機を揃えた方がよいのだろうが、王侯貴族が特別な武器を求めるというのは地球の中世時代もヴルド人国家も同じことだ。
そんなゼニス・タイプに対して、練習機にありあわせの装甲とアビオニクスをくっつけただけの改造機である"グラディウス改"が勝てる道理などあるはずもない。その上、現状の"グラディウス改"には射撃兵装が残弾の心もとない対艦ガンランチャーしかないのだ。
「でもねえ、結構こういうのって燃えませんか? マンガや映画ではよく見るシチュエーションですよ」
「マンガで言うなら、このあと私の前であなたがあの女に凌辱されるようなシチュエーションにしか見えませんよ!!」
「普段どんなマンガ読んでるんだよあんたは!!」
思わず大声を出す輝星。
「あわわわわ……」
口を押えて後悔の表情を浮かべるシュレーアに、輝星は深いため息をつく。
「俺もヴルド人の軍隊の中で仕事するようになってそこそこたちますからね、そういうのはもう慣れましたけど……性癖や妄想を人前に出さない程度のデリカシーは欲しい」
積年の恨みがこもったような輝星の言葉に、シュレーアは打ちのめされたようにうなだれ蚊の鳴くような声で「すみません……」と漏らした。
「ま、それはさておきもうすぐ戦闘開始です。気合! いれていきましょう」
「は、はい」
輝星は思考を切り替えるように大きく息を吐き、そしてゆっくりと吸う。操縦桿を握って、視線を正面に戻す。
戦艦"プロシア"から白色の信号弾が放たれた。同時にヴァレンティナから通信が入った。
「ノレド帝国、第十三帝姫のヴァレンティナ・トゥス・アーガレイン! 乗機は"オルトクラッツァー"! いざ尋常に勝負だ!」
「傭兵、北斗輝星。"グラディウス改"、受けて立つ!」
様式美を重視するヴルド人特有の慣習、名乗り上げだ。輝星が応えるとそれを合図にして、それまで静かだったコックピットにロックオン警告音が鳴り響く。
「来たか!」
真っ黒な宇宙を赤いビームが切り裂く。真っすぐに"グラディウス改"のコックピットへと襲い掛かったソレを、輝星はフォトンセイバーではじき返した。
「あ、あの女! 婿にするだなどとのたまっておきながら!」
「なるほど、
猛るシュレーアを無視して、輝星は独りごちる。そして全力で機体を加速させた。計器のデジタル・タコメーターが一気にレッドゾーンまで駆け上がる。
"オルトクラッツァー"も同様に加速し、彼我の距離はどんどんと縮まっていく。その間にも射撃は続き、そのたびに輝星はフォトンセイバーでそれを叩き落した。やがて相手の黒金の塗装が何とか目視できるような距離にまで両者が接近すると、"オルトクラッツァー"は前進をやめた。
「く……やはりそう来ますか」
シュレーアは歯噛みする。"オルトクラッツァー"は"グラディウス改"からつかず離れずの距離を保ち、ビームの雨を降らせていた。輝星が接近を試みるが、両機の加速性能の差は歴然だ。"オルトクラッツァー"が軽くスラスターを吹かせただけで、"グラディウス改"が何とか縮めた距離はあっという間に離される。
「卑怯とは言うまいな? 機体の性能差も戦闘力のうちだ!」
"オルトクラッツァー"の携えたランスの根元に設置された砲口が赤く瞬き、発射されたビームが輝星を襲う。それをまたもはじき返し、彼は叫んだ。
「無論卑怯とは言わんが……最後にモノを言うのはパイロットの腕と気合だッ!」
輝星が対艦ガンランチャーを放った。大型の対艦ミサイルが"オルトクラッツァー"に向けて飛ぶ。だが、その弾速はビームと比べればあまりにも遅い。
「そんなものでは!」
当然、ヴァレンティナは回避機動を取った。しかし時限信管が作動し、"オルトクラッツァー"の直前でミサイルは巨大な火球と化した。それと同時に輝星は対艦ガンランチャーを捨て一気に加速する。
「目くらましのつもりか? だが唯一の射撃の手段を失えば、もはや勝機を失ったと同義だ!」
にやりと猛獣めいた笑みを浮かべ、ヴァレンティナは機体を後退させた。たとえ一瞬"グラディウス改"を見失ったところで何の問題もない。彼女は距離さえとり続けていればいずれ勝てるのだ。
「ぐっ……推進剤残り十パーセント! 勝てるのですか、本当に!?」
「当然ッ!」
弾いたビームが"オルトクラッツァー"を襲う。だがヴァレンティナは容易にこれを回避した。
「凄まじい技だがな、来るとわかっているのならばどうとでもなる!」
さらに笑みを深め、彼女は操縦桿のボタンを押した。
「そしてだ! 一発二発のビームを弾けたところでこれはどうにもなるまい!」
"オルトクラッツァー"の背中にマウントされていたコンテナ型の物体が分離し、中からすさまじい量のマイクロミサイルが発射された。スズメバチめいたミサイルが一斉に"グラディウス改"へと殺到する。
「近接信管だ、安心して敗北せよ!」
ただでさえ炸薬量の少ないマイクロミサイルだ。確かに直撃しないのであればコックピットブロックは無事だろう。とはいえだからと言ってあきらめる輝星ではない。
「この短時間で対策をとってくるか……!」
口角を上げながらつぶやく輝星。フォトンセイバーで防げないのならばなんとか回避するしかない。機体を全力で加速した先は……ミサイル群の真正面だ!
「なに!?」
「わあああっ!?」
二人の皇女が驚愕の声を上げた。だが輝星は笑いながら機体をどんどん加速させた。
「ぐっ……!」
彼我の距離は一瞬で詰まった。そのせいで、ミサイルの加速は不十分な状態だ。輝星が機体を跳ねるように機動させると、大半のミサイルは追従しきれず"グラディウス改"の後方に流れてしまう。追尾のために急旋回するミサイルだったが、しょせんは小型ミサイルだ。Uターンの途中で推進剤を使い果たして無力化してしまう。
「うまい! だが━━!」
だが、それでも数発の被弾は避けられない。ミサイルが起爆し"グラディウス改"の間近でいくつもの小爆発が起きた。
「私の勝ちだな」
爆炎の中から現れた"グラディウス改"を見てヴァレンティナが勝利を確信した声を上げる。"グラディウス改"は満身創痍の状態であり、頭部など完全に吹っ飛んでいた。戦闘を継続できる状態ではない。しかし━━
「いや」
"グラディウス改"のコックピットで、輝星は会心の笑みとともにトリガーを引いた。
「俺の勝ちだ」
「なにを……」
ヴァレンティナが言い終わるより早く、"オルトクラッツァー"を激震が襲う。
「ぐっ……なんだ!? クソッ!」
コックピット内で滅茶苦茶にシェイクされたヴァレンティナは、完全に余裕を失った表情でコンソールのモニターに目をやる。そこに表示されていたのは真っ赤に染まった機体のダメージ表と、『下半身喪失』の無慈悲な文字。
「馬鹿な、どうやって……」
"グラディウス改"は何もしていない。まさか伏兵かと周囲に目をやるが、それらしき機影はなかった。だが、その代わりに宇宙を漂うあるものをヴァレンティナは見つけた。
「対艦ガンランチャーだと!?」
そう、輝星が捨てたあの対艦ガンランチャーだ。
「遠隔起動したのか!? そんな馬鹿な」
確かに対艦ガンランチャーのミサイルは誘導能力を持っているが、あくまでそれは大きな艦船に命中させるための簡易的なものだ。ストライカーのような小型目標に当てるのは極めて難しい。まして、機体側の火器管制システムを使って精密な照準をつけて撃ったわけではないのだ。
「自機を囮にわたしを射線に誘導したということか……」
「その通り」
なんでもない事のように言う輝星に、ヴァレンティナは深く息を吐いて脱力した。操縦桿からも手を放す。
「完全敗北、だな」
"オルトクラッツァー"は腰から下を完全に失い、主機も緊急停止してしまっていた。とても戦闘を継続できる状態ではない。
「まだ勝負がついてないのに機動を止めたのがまずかったんですよ。多少でも動き回っていれば……コックピットへの誤爆を恐れて俺は撃てなかった」
画像誘導方式のため、手動で設定すれば対艦ミサイルの着弾箇所をある程度コントロールすることは可能だ。とはいえ、動きまわる目標に対してはそう上手くいくはずもない。
「なるほど。わたしもまだまだ甘いということか」
自嘲の笑みを浮かべるヴァレンティナ。
「しかし、取った戦術と判断は最適解でした」
そう言ってから、輝星は息をついた。薄氷の勝利だ。だが、その表情はどこか嬉しそうだ。
「次に会うことがあれば、きっとあなたはもっと手強い相手になっているでしょう。いやあ、楽しみですね」
その声音は、明らかに皮肉ではなく本心からのものだった。そのいいように、ヴァレンティナは思わず苦笑してしまう。
「それじゃ、推進剤もヤバイのでそろそろこの辺で」
そういって輝星は通信を切り、ボロボロの機体で飛び去って行った。
「……一たび戦場でその姿を目にすれば、必ず墜とされる凶兆の星、か」
コックピットに一人残されたヴァレンティナの目は、輝星の去っていった方角にくぎ付けになっている。
「なるほど、確かにわたしも
そうつぶやく彼女の頬は、真っ赤に染まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます