第六話 大気圏突破
ストライカーは可住惑星として使われる1G前後の惑星であれば、なんとか大気圏離脱するだけの推力をもっている。しかしそれはあくまでも、できないことはないというレベルのことだ。実際には、衛星軌道になんとか乗ったとしても推進剤の大半を使い果たし、とても戦闘などできたものではない。
『高度四万メートルを突破』
機体AIが告げる。"グラディウス改"は現在、車輪のついていないバイクのような機械にまたがって超高高度を飛行していた。バイク型マシンの尾部に搭載された二基の大型ロケット・エンジンからは膨大な噴射炎が吐き出されており、その推力の高さがうかがえる。
ライドブースターと呼ばれるこの種の補助推進装置は、ストライカーの大気圏突破用途としては非常にポピュラーなものだ。二人は現在、このライドブースターに乗って軌道上の敵艦隊を目指していた。
「しかし単機で艦隊と戦うなど……無茶ではありませんか?」
「そりゃあムチャですけどね。でも、さっさと軌道爆撃を止めなきゃ死人がいっぱい出ますよ」
いや、すでに死傷者はかなりの数になっているだろう。今のところ軌道爆撃は地下軍事施設がありそうな場所への対地貫通弾による爆撃にとどまっているが、予告なしの完全な奇襲攻撃を受けたのだ。流れ弾や攻撃の余波で大きな被害が出た街の様子は、ここまで上昇してくる過程で嫌でも目にする羽目になっていた。
「それに、相手に手出しせずに待ったとして……勝てる見込みはあります?」
「第三艦隊が……増援が到着すれば、あるいは」
苦い表情でそういうシュレーア。
「……正直に言えば、うまく増援と合流出来ても、勝算は少ないでしょう。第三艦隊は、旧式艦の寄せ集めにすぎません。敵艦隊に数でこそ勝ってはいますが、質では完全に負けています」
敵の戦艦が帝国の最新型宇宙戦艦であるローヴァン級であることを、シュレーアは知っていた。正面から撃ち合ったところで烏合の衆である第三艦隊では一方的にやられてしまう可能性が高かった。それが分かっているからこそ、敵もこれほど大胆な作戦をとってきたのだろう。
「だから俺がやるんです。旗艦を潰せば、撤退してくれる可能性は十分ある。そうでなくとも、軌道爆撃は止められるはず」
「それが……できるのですか? 輝星さんならば」
「やれない理由はないですよ。なんてったって俺は最強ですから?」
「最強ですか」
子供のたわ言のような言葉に、シュレーアは思わず笑ってしまった。盛大な嘲笑を受けても仕方ないような大言壮語だ。しかし、軽武装の改造練習機で敵主力機を完封する実力をこの目で見てしまっている以上、彼女の心に湧いたのは嘲笑ではなく頼もしさだ。
「ならば……私に策があります。聞いてもらえますか?」
「策? 隠し玉でもあるんですか?」
「いいえ、策といっても大したものではないのです。輝星さんには、敵旗艦ではなく護衛の巡洋艦を狙っていただきたいのです?」
「巡洋艦?」
たしかに、敵艦隊には直掩に中型巡洋艦が四隻ついているという話だった。だが、軌道爆撃は艦砲射撃によって行われる。つまり、巡洋艦より戦艦のほうが圧倒的に地上への脅威度が高いのだ。敵の士気の問題もある。巡洋艦など無視して戦艦をたたく方が得策だと輝星は考えていたのだが……。
「弾薬も十分あるとは言い難い。全弾使ったとしても完全に戦艦を墜としきれるかといえば、少々難しいのでは。ここは巡洋艦を狙った方が手堅いと思うのです」
当然だが戦艦よりも巡洋艦のほうが装甲が薄く、船体も小さいため撃沈する難易度は戦艦より低い。もっとも、軽武装とはいえ逆に言えば取り回しの良い武装が多いということであり、ストライカーとしてはやりにくい事には変わりがないのだが……。
「しかし、巡洋艦を沈めたところで敵は退いてくれますかね?」
「ええ。護衛がいなくなれば新鋭戦艦とはいえストライカーやミサイル艇といった戦力でも対処しやすくなります。そうなれば、第三艦隊でも十分な勝機はあります。そして……」
シュレーアは輝星の肩に手を置いた。
「敵の目標は新型ストライカーと私……それにあなたの排除です。相手にこちらの健在を見せつけたうえで、艦隊を危機に陥らせれば、わざわざこの星系にとどまったりしないでしょう」
もともとこの戦争は帝国側が有利なのだ。無理に不利な勝負を続けて虎の子の戦艦を失うようなリスクは取りたくないはずだ。
「なるほど、わかりました。それでいきましょう」
輝星としても異論はない。頷き、操縦桿を引き上げた。蒼さを失い黒く染まった空を、"グラディウス改"はほうき星のように飛んで行く……。
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