【初配信】はじめました! 安藤ロイド【♯新人Vtuber】

watausagi

第1話 美少女に生まれ変わったらやりたい事

◇◇◇◇◇


 大通りから外れた脇の小道に、ひっそりと隠れた静かな喫茶店で、窓辺の席で木漏れ日を浴びながら優雅に紅茶を嗜む私は──一体誰なのでしょうか?


 唐突に、説明の難しい感覚に襲われる。まるで、テレビのチャンネルを変えたばかりの光景に入り込んでしまったような、日常的非日常感。


 動揺しながらも、音を立てずに優雅なフォーク捌きでレモンケーキをいただく。あら美味しい。ほのかに香るレモンが上品な味わい。


 慌てふためく心とは裏腹に存外体は冷静だった。そう、それは、まさしく心と体が違う動きをしているくらいに。


 ふと、対面に位置するテーブルの上に、便箋が置かれている事に気付いた。私はそれを警戒する事なく手に取り当たり前に中身を見る。


 その一枚の紙には、綺麗な字で私宛に今の現状が綴られていた。


『説明書もなしにゲームを始めさせるのは私の趣味ではないので、簡単に貴女の事を説明しようと思う。まず最初に、貴女は元々別の人間の人生を歩んでおり、その人間時代に私と劇的な接触を果たした結果、君は一つの願いを叶える為に私の命令をこなしていった。私が一万人の命を直接救えと言えば、君は医者になり数十年後にそれを叶えた。私が千人の悪人を裁けと言ったら、私が十人の子を為せ言ったら、君はそれを叶え続けた。しかし、最後に君は三人の善人を殺せという私の命令を断った。故に、君の願いは半分だけ叶える事にした。それが貴女だ。貴女は自分の願いを知る事もなく、元の自分すら思い出せずに、新しい人生を送ってもらう事になる。私共が地球の下見に使っていた身体だ。賢く、好きなように使いたまえ』


 最後まで読むと、白い光に包まれて便箋はチリも残さず消滅した。一番下の方に、『対価の神より』と見えたのは、果たして私の見間違いだったのだろうか。確認する術はもうない。


 ……さて、紅茶を含んで心を落ち着かせる。


 今さっきの現象と手紙の内容から想像するに、私は所謂「異世界転生」というやつなのだろう。いや、地球ならば異世界ではないか。それに、転生ではなく憑依っぽいな。うん、考えてみると全然違う。異世界転生ではなく「同世界憑依」だ。これは流行らない。


 まずはこのお店を出ようと、自分の持っているオシャレなてんとう虫型のポーチのお財布を確認……確認しようとして、恐ろしい事に気付く。このポーチ、見た目と中身の容量が噛み合ってない。入れようと思えば目の前のテーブルだって入られそうだ。今だって自分の肘がすっぽりとポーチの中へ隠れてしまっている。


 使い方は何となく理解出来るので、これ以上不審な目で見られないようにゆっくりと中の財布を取り出す。うん、お金は大丈夫。


 私はお会計を済ませる為にマスターを呼んだ。顎髭のカッコいいダンディーなおじ様だ。どうして私の新しい門出にこの店が選ばれたのか知らないが、中々良いセンスをしている。


 そういえばと、マスターに気になって尋ねる。


「私って、普段どんなお客様ですか?」


 私からすればいきなりテレビの中に飛び込んだみたいな現状も、周りからすれば違うかもしれないと思い、客観的な意見を聞きたくてそんな変な質問をしてしまった。案の定マスターはキョトンとしていたが、落ち着いた表情を崩さずに低音イケおじボイスを発する。


「それはもう、いつも絵画の中から飛び出してきたような、はたまた学のある小説の一節を抜き出して人型にしたような、魅力的で神秘の感じるお客様でございます。しかし今日は、いつにも増してお美しくあらせられる」

「ふふ、マスターったら大袈裟ですね。私、折角褒めてくださったのに生憎と返せる持ち合わせもなくて、今度色々とお伺いしたい事もあるので、また来ますね」

「最後のお言葉が、何よりの喜びでございます」


 今のやり取りで一つ推測が立てられた。私のこの体は、この店の常連となるくらいにはこの辺りを生活圏にしていたのだ、と。


 マスターにお店を出る最後まで頭を下げられて、私は閉まった扉のガラス部分にうっすらと映る自分の容姿が見えて、自分でドキッと胸を鳴らす。


 自分の姿を見て一目惚れしていたなんて洒落にもならないので、早々にその場を去る。嫌な予感はしていたのだ。自分が女性の体である事は何となく気付いていたが、この体躯にこの声、そしてさっきの顔。紛れもなく美少女だ。それもおそらく重度の。


 私が私となる前の元の体が男だったか女だったかは知らない。だが、確実に美少女ではなかったはずだ。しかし今の身体は何というか全身から美を感じる。案外、マスターの評価はむしろ過少に抑えていてくれていたのかもしれない。控えめにいって今の私を表現するのに、どんな言葉も適さない。優れた絵画すら私を鑑賞する。一流作家ですら私という美を描写出来ずにスランプに陥るだろう。


 すれ違う人々の視線が私の自己評価を正しいものだと証明する。中には堂々と写真を撮る者もいた。私はなるべく人影の薄い所を選んで、早く家に帰る事にした。


 もちろん、今の私に私の家なんて分からないので、ポーチに入ってあった携帯を取り出してマップ機能を使った。喫茶店から徒歩で十分の所にあった都内の──豪邸。それが私の家だった。見間違いではないと、自宅というマークが主張する。奇妙なのは、マップ機能的に示された自宅の空間は、地図上では大きな空き地だという事。どういった原理かは知らないが、私は地図に存在しない家に住む事を許可されたらしいと、ポーチの使い方然り、今の現実を直感的に理解する。


 どうして豪邸なのか、それは神ともあろう者が仮初だろうと下々の家よりも小さくていいはずがない。周りと比べて一番大きくしよう、とか間抜けみたいな考えがあったのだろう。単なる推測でしかないが、あながち間違いでもない気がする。


 恐る恐るこれからの我が家にお邪魔して、流石に使用人の類がいない事に安堵した。いや、掃除洗濯の家事を想像すると、むしろ使用人が数人はいてくれないと成り立たない広さだ。これは早急に解決すべきだろうと頭のメモにチェックする。


 何をしようか、迷った結果寝室に行ってキングサイズの雲みたいなベッドに大胆に飛び込む。はしたないが得も言われぬ満足感。


 仰向けになって、一連の出来事に想いを馳せる。


 元の自分、今の自分、これからの自分。過去。現状。未来。これから何をすべきなのか、何が出来るのか。


 高速に思考が働き、並列に巡らせた脳が、ある一言を鮮明に思い出される。


『好きなように使いたまえ』


 ……そう、なら。


「好きなように生きよう」


 自分自身に、そう宣言したのだった。

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