光《こえ》
朏 天音
第1話
私はどこにでもいるごく普通の女子高校生だった。
あの日までは ───────
その日私は部活終わりに学校から家に帰る途中で、上手くできなかった試合でのプレーにため息をついて歩いていた。
「はぁ……。情けないなぁ、みんなの足引っ張ってばっかりじゃん……」
俯きながら歩く私は、いつも通る信号機を前に顔をあげると、信号は赤になったばかり、その場に止まって空を見上げてまた一つため息をついた。
横断歩道の向こう側から男の子二人が自転車に乗って仲良く喋っている。
楽しそうだなぁ
そんなことを思っていると、男の子たちの後ろから幼い女の子がやって来た。
小さなボールを追いかけている様子で、そのボールはついさっき車の走る道路に差し掛かっており、このままでは女の子が車に轢かれてしまう。
男の子たちは気付いていない様で、女の子の親であろう人は見当たらない。
そんな様子を見ている内にボールは道路の中へ、女の子も追いかけて道路の中に入ろうとしていて、道路の奥からは大きなトラックが横断歩道に向かって来ている。
このままじゃ声を上げても間に合わない!
女の子はすでに横断歩道の半分を渡っていて、ボールをやっと捕まえられたことでその場に止まってしまっている。
その上、トラックが来ていることに女の子は気付いていない。
「危ない!」
そう叫んだ私は飛び出していた。
勝手に体が動くってこういうことなのか何て、今になって思い返す。
女の子を包む様に覆いかぶさり、トラックに跳ねられて私は少し離れたところに飛ばされたが、幸い、女の子には怪我は無く、無事の様で私は安心した。
血塗れになって横たわる私に驚いて女の子は大声で泣き出し、周りにいた人も驚いてガヤガヤと騒がしい。
血で赤くなった視界がぼやけ、徐々に聞こえる声が遠くなって行き、私は静かに意識を手放した。
救急車の音、お母さんが私を呼ぶ声、医療機器の機械音。
途切れ途切れだったけれど、ぼんやりと音だけが聞こえ、時々視界が見える。
覚えている記憶はここまで。
目が覚めて最初に視界に入ったのは白い天井で、ここが病院だということはわかっている。
あの事故で病院に行かない方がおかしいだろう。
ボーッとしていると看護師が気付いて何かを言って去っていった。
何て言ったんだろう……全然聞こえなかった……
「……、……」
えっ?
「お母さん、元気かなぁ」そう呟いたはずだった。
しかし全く聞こえない、塞がれている時の響く感じすらない。
不安になった私は大きな声を出してみた。
「……! ……! ……!」
案の定全力の声も私には届かず、響かなかった。
そんな……聞こえ……ない……
絶望する私。
ちょうどその頃病院に来ていたお母さんが事情を聞き付けてやって来た。
泣きそうになったお母さんが私に向かって何かを言ってる。
きっと、心配したのよとか、どこか痛くない? とか、やっと起きたのねとか何だろうな。
聞こえない苦しみは思ったよりも大きく、辛いものだとこの時知った。
なんて言っているんだろう、聞きたいな、喋りたいな、そんな欲が湧き上がると、私は大粒の涙をポロポロと流してしまい、それを見た看護師やお母さんは驚き、一瞬時が止まった様に硬直する。
どうしたの? 周りの人はきっとそう言っているのだろうが、私には全く聞こえない。
溢れて止まない涙を拭いながら、できるだけ大きく周りに聞こえる様、私には聴こえない声を上げた。
「聴こえない……」
と。
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