第25話 数十年ぶりの再会と・・・
そんな話をしているうちに、席を外していた大宮の「おやっさん」が戻ってきた。
トイレに行ったついでに、何件か電話もしていたようだ。
「ああそうだ、これから、滝沢茶房にいってみないかな? わしら今日は歩いて来ているし、米河君は自転車だろう。自転車は、どこに置いている?」
「このAモールの駐輪場です。私が会計を受ければ、明日朝までは無料にできます」
そう言って私は、Aモールの駐輪券を見せた。
「それなら、ここに置いておけばいいじゃないか。じゃあ、これからタクシーに乗って行ってみよう。さっき電話してみたら、やっているそうだ。卓司君もいるようだからね」
「わかりました。ご一緒します」
私の持っているニャオンで4人分の会計を済ませた。このニャオンの絵柄は、H県にいるときに買ったもので、絵柄は、姫路城の写真。どうせ2000円弱だし、あとで清算するのと、何より駐車場代がこれで助かるのがありがたい。ニャオンカードをビニール袋に入れているのだが、この表面と裏面には、プリキュアのムビチケことムービーチケットを入れている。いつもお見掛けするウエイトレスのおねえさんが、クスクス笑っている。
これまたいつもの冗談で、おねえさんのお持帰り追加、と言ったら、にっこりと、そんなメニューはありません、とのお言葉。
普通ならセクハラにでもなるのだろうが、いつものことで、この店ではもう定番のやり取りになっているので、これで終わり。
たまきさんが、ウエイトレスのおねえさんに一言。
「あ、このおじさん、そんなこと言っているけど、女の子には昔から全く相手にされていないから、大丈夫よ」
だって。太郎さんもそこで一言。
「こいつが、おねえさんのお持帰りなんかできる人間に見えないでしょ?」
おやっさん、呆れて苦笑い。ともあれ、無事に会計も済ませた。領収書をもらったので、これで後々、経費で落とせる。
タクシーを拾うべく、表玄関から大通りに出た。
Aモール前のバス停では。ちょうど客を降したタクシーが今にもドアを閉じて岡山駅前のタクシー乗場に行こうとしていた。ちょうどいいのでそのタクシーを呼び止め、天山デパートの近くにある滝沢茶房へと向かった。さほどの距離がなく、信号にもかからなかったので、ほぼワンコインの運賃で移動できた。これまた一人頭で計算すると、バス代より少し、ほんの何十円か追加したぐらいの負担で済むし、バス停から歩く必要もなくなった。しかも、タクシー乗場まで移動せずに乗れたから、ますますありがたい。
滝沢茶房に着いた。
街中の喫茶店と違って、門構えの、明らかに喫茶店としては違和感のある場所だ。ここが元旅館だったと言われれば、確かに、納得できるつくりの建物。門をくぐると小さな池があって、そこには、注がれた水を受け止めた竹筒が、まるで時を刻むかのごとく、決まった量に達したらすぐに倒れ、ため込んだ池へと流す。そしてまた、筒の中に水を注ぎ、また、倒れて水を流す。入口もまた、いかにも昔ながらの旅館のようなつくりだ。建物の中は、和風喫茶店のつくりだが、端々に、元旅館の面影をしのばせてくれる。
私たちは、コーヒーを頼んだ。500円だが、おかわりもできるとのこと。暦の上でこそ夏ではあるものの、まだそれほど暑い時期ではないため出されてはいないが、夏にはかき氷が出される。冬だけでなく、年中ぜんざいも出されていて、こちらも名物だ。さすがに酒類は営業時には提供されないが、マスターの仲間内の集まりなどでは酒も出されるそうで、棚にはかれこれ、ウイスキーやブランデーの瓶が置かれている。和風の店ではあるけれど、なぜか、日本酒や焼酎の瓶は置かれていない。
いつもは奥さんが接客されていて、コーヒーを立ててくれる。いつもおられるわけではないが、この日はマスターも店にいて、カウンターの席でコーヒーを飲みながら、フランスパンにオリーブオイルをつけて食べている。
「卓司君、久しぶりだな。それにしても、しゃれた食べ方をしているねぇ・・・」
「おお、哲郎兄さん、お久しぶり。今日は何、若い人を連れられて・・・」
「若いと言っても、もうみんな50代に入ったか、あ、一人だけぎりぎり40代の人がいるな。まあ、それはともかく、こちらがそれぞれ、息子の太郎と、息子の嫁のたまきさん、それから、O大鉄研OBで作家でもある、米河清治君、彼だけ、まだぎりぎり40代で、太郎たちの大学の後輩だ。米河君は、知っているだろう」
「ええ、米河さんとは先日お見えになられて、川崎ユニオンズの話をしたばかりです」
私と太郎さんとたまきさんが、それぞれ、マスターと奥さんにごあいさつ。
さっそく、コーヒーを4人前頼んだ。
程なくして、年のころ80代の年配の男性が現れた。身長165センチの私よりも幾分背が高く、今でこそ年を召されて痩せておられるが、昔はさぞかしがっちりしていたのではと思わせる体型だ。それに加えて、来ている服もさることながら、全身から気品のあるオーラも放っている。ひょっとして、この人・・・
「皆さん、お待たせしました。西沢と申します」
え? 西沢さん・・・?
「おい哲郎、神戸におる俺を急に呼び出しよって・・・、まあ、ヒマで金もあるからええけど、何考えとるねん」
「すまんな、茂、せめて1週間前なら、こだま号の6割引チケットで来れるところを、えらい、金かけさせてしもたな」
「コーヒー1杯のために往復1万円か、たまらんな・・・。まあ、行きはひかりのグリーン車だから、もう少し金、かかっとるがな」
「なんやかんやで、ぜいたくやないか。優雅にそんなもん乗ってお越しになられるようなご身分のお方が、まあそう言いなさんなって。元は取らせてあげるよ」
「あなた、ひょっとして、滝沢旅館の息子さんの、滝沢卓司さんですか?」
西沢さんがマスターに尋ねる。パンがオリーブオイルの小皿に置かれたままだ。
「ええ、そうです。滝沢卓司と申します。大宮哲郎さんの話では、今日、元川崎ユニオンズの西沢茂さんが来られると言われましたが、その、西沢さんですね」
「ええ、そうです。しかし、お久しぶりだね、あの時の坊やが、あなたか・・・。それから、あの本屋の息子の修身君は、先日亡くなられたが、それにしても、俺が哲郎に電話をかけたのが、葬儀の翌日の朝だったとはなぁ・・・」
挨拶がおおむね終わったところで、おやっさん、私に声をかけてきた。
「米河君、早速で申し訳ないが、修身のこと、聞かせてくれるか。あの子は選挙がらみでは、きちんと仕事、できていたのか?」
「それにつきましては、何とも、微妙と言いますか、芳しからざる話も結構お聞きしましたよ。ナンダカンダと言っても、その手の仕事をやれば、実力のある人だったとは思いますけど、毀誉褒貶の、悪いほうの話を結構な割合で聞かされましてね・・・」
「米河さんですね、はじめまして。大宮哲郎さんから今日電話で聞いて、永野修身君が生前、選挙がらみの仕事をしていた様子を聞いてみるかと言われましてね、私が知らない彼の姿、ぜひお聞きしたいと思って、神戸から出てきました。あなたのお名前は、うちの本店に昔からよく来られる芸術家の瀬野一宇さんからお聞きしております。ご存知の、瀬野八紘君の親父さんです。一宇さんから、あなたと八紘君の対談のCDを聞かせていただきましてね、ぜひ一度、お会いしたいと思っていました。私からも、ぜひお願いしたい」
「そういうわけだ。それから、卓司君も、よかったら話を聞いてやってくれるか?」
「兄さん、私も修身君のこと、聞いてないから、ぜひ、米河さんに聞かせてもらうよ、米河さん、いいかな」
「ええ、ですが、あまりいいお話ばかりじゃなさ過ぎまして・・・」
「そんなことは予想ついている。構わず、話してください」
「卓司もそう言っていることだし、ではそろそろ、話してやってくれるかな」
こういうときのために、ノートパソコンとタブレットを持ち歩いているので、早速電源を借りて、ノートパソコンを立ち上げた。タブレットも併用しながら、お話することに。
コーヒーが運ばれてきたので、一服して、早速話し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます