第18話 泡と消えた選挙話

 私の人生における「損得勘定」をベースに熱く語ってくださるのはありがたいし、それだけでも幾分元気も出ようものではあるが、少し引いて冷静に聞いていれば、何だか、滑稽ささえ見えてきて、「おいおいオッサン」とか、「こら貴様」とか、そんな次元をはるか彼方に通り越して、「おお、すげえなぁ・・・」みたいな印象さえも抱き始めた。

 だけど、はいそうですか、じゃあ「夜露死苦(よろしく)!」、なんて、ホイホイとダボハゼよろしく飛びつくわけにもいかないよ。だってさ、今言われていること自体があくまでも、「希望的観測に基づく、壮大なだけが目玉の理想論」だし、悪く言えば、「捕らぬ狸の皮算用」のテイにさえもなっていない。


 「そういうものですかねぇ・・・」

 合いの手を打つ私に、永野さんは、さらに話を乗せてくる。

 「あんたにさほど金がないことは、わしもよくわかっとる。金が足らんなら、スポンサーも用意せんことはない。それから、市議の場合は公職選挙法上の居住用件があるから、住居もいる。遅くとも3か月前には宇野市に住民票を移しておく必要がある。したいとかしたくないじゃない、それが要件として法令上必要な以上、そうせざるを得んし、ドーセなら極端な話、そこにいなくてもいいから、電気をつけっぱなしにしておけば、住んでいることに十分なる。時々こそこそと来て、酒飲んで寝て帰っていけばええ。そんな程度で十分じゃ。わしの知合いの持っとる空き家状態の家があるから、それ使えばええ。家賃も激安で、うまく交渉すれば管理料もらう形でもええから、そこらから逆に資金を作ることもできんことはない。今岡山市の中心部のワンルームに住んで3万円も共益費込みで払っとるようやけど、それよりも、住居費の負担は減る。どんなもんかな?」

 「交通費がかかれば結果的にそれ以上の金が必要になるように思いますけどねぇ・・・。それはひとまずいいとしまして、いつごろから宇野市に転居しろと?」

 「今すぐやっても、あちこちからヨッテタカッテ、挙句に潰されるのがオチじゃ。時期を見て、動いてもらう。あとな、常木には一応、この話はしとるけど、悪い話ではないと言っていたぞ。そういうチャンスがあるなら、やってみる価値はあろう、とな」

 「はあ、そんなものですかねぇ・・・」

 「まあとりあえず、わしがかれこれ当たってみるから」

 選挙がらみの話は、この日はそこまでで終わった。その後は、昔のプロ野球の話などをしながら、2時間近く「くしやわ」で飲んで帰った。

 その後たびたび、宇野市の市議選に出馬しないかという話が断続的に出るには出たが、永野さん自体、本当に何か動いているのかどうかは、どうもよくわからなかった。

 後に北林氏に聞くと、確かに何人かの関係者には話を持っていっていたようだが、それで何かが動くようでもなかったとのこと。もっとも、北林さんの話だから、失礼ながら100%真に受けてとらえることはできない。

 話を聞かされた北林さんご本人がどうこうという問題も去ることながら、永野さん自身の話の内容や日ごろの言動内容にもよるところがあるから、二重の意味で、オブラードがかかっている。

 その分、本体の味を確かめるのが厄介なだけの話だ。


 この件はその後、それ以上の進展を見ることなく、結局は、岡山市西大寺区の話と一緒で、うやむやのうちに立消えになった。

 

 かくして出馬話が立消えになった後は、特に選挙がらみで出てみないかという打診を永野さんから受けることはなくなった。


 次の一斉地方選挙まで生きられたらええけど、このままなら、あの時の谷橋の岡山県議選がわしの最後の選挙になるだろうな。あんたが宇野市議選に出るなら、今からでも応援してやりたいのはやまやまだが、もう、それだけの力が残ってない。というか、選挙の時期に、わし自身が、この世にいるかどうか・・・

 まあ、無理だろうな・・・。


 2か月に1度、例の店で飲むたびに、永野さんは私によく言っていた。

 そして確かに、その言葉通り、2019年の一斉地方選挙を前にした2019年1月6日の日曜日の夕刻、永野修身氏は、この世を旅立ってしまった。

 私が最後に会ったのは、その前年、2018年の10月中旬の年金が入って間もない日の夕方、時間にして約2時間だった。これは前に述べたとおりである。

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