第8話 熱量にかけ合わせるモノが・・・0?!
この後私は、太郎さんご夫妻とO駅前の居酒屋「くしやわ」に場所を移し、そこで飲みながら私の「武勇伝」を話した。その一方で、太郎さん、このところちょくちょく××ラジオ本社に来られているという、宇野市在住の北林信哉氏なる人物について、いろいろ語ってくれた。実は私も、その人は永野さんからの紹介で知っているのだが、正直、何とも言えない人だ。どんな人なのかは、この後ご紹介する太郎さんのお話をご参照願いたい。
まずは適当につまみを注文し、飲み放題で生ビールを注文した。太郎さんとたまきさんは中ジョッキだが、私は大ジョッキだ。
おいマニア君、ところでだな、あの北林さんなる人物、いったい何よ?
地域社会育成会とか何とか、まあ、お話を拝聴していれば理解できないことはない。何よりだ、すごい情熱をもって、うちだけじゃなくて、あちこちで語っておられるようだな。
そうそう、君がいつぞや、県北の津山市あたりまで行って城見節代市議と2時間近く延々、理想論のようなことを話しまくったと言っていたじゃないか。うちに来ても、オンナジ調子だ。熱い理想があるのはわかる。御説御尤も。
だけどな、それではあなた、何を、これから、どんなところに訴えかけて、どんな行動していかれるのか? という段になると、途端に具体策がない。
何か、支離滅裂なしゃべり方になったよね。
まさに彼の論理は、今のぼくがしゃべったような感じでな、何て言えばいいのか・・・「わめいとるだけ」っていうのが正直なところか。この言い方するのは、君か瀬野君ぐらいだろうけど、その言葉がまさにぴったりだ。もしうちのラジオ放送で彼の「御高説」なんか流そうものなら、クレームがいくらでも入りかねないよ。
まあ、賛否両論でいろいろな議論を巻き起こすきっかけにはなるかもしれないが、ちょっとなぁ・・・。
その彼だが、ご両親が公務員か何かをされていて、その年金でずっと食ってきたようだな。去年の夏ごろだったか、父経由で永野さんに聞いたら、どうも、そういうことらしく、まともに就職して働いていた時期が、全くないそうな。自営業で何かを興したなんてこともないし、当然、親の後を継いで何とかとか、そういうのもない。まあ、いいご身分ですなと、幾らぼくでも言いたくなるよ。
そうそう、この前彼が来たときは、たまたまぼくは取材とスポンサーの打合せがあって会社にいなくて、番組が終わった後たまたま時間があったからってことで、たまきちゃんが応対してくれたそうだけどね。
ここで、たまきさんが太郎さんの後をついで、私にその時の話の内容などの状況を教えてくれた。私は例によって生ビールの大ジョッキのお代わりを頼み、適当につまみながらひたすら飲みつつ話を聞いていた。
生ビールの大ジョッキも3杯目になろうかという頃、たまきさんが意外なことを話し始めた。私が幼少期にいたことのある養護施設のよつ葉園にまで、あの北林さんが行ったという話だ。ホント、神出鬼没って言葉、彼のためにあるのかとさえ思えてならない。
確か先月だったかしらね、太郎君がいなくて私だけで番組を担当したときがあって、終わってしばらくしたころ、たまたま、その北林さんが来られたのよ。かねてせいちゃんからも聞いていたし、太郎君と一緒に応対したこともあったから、どんな成行きになるかは、ある程度予想もついていたけどね。
そうそう、去年、養護施設の特集をしたでしょ、うちの番組で。永野さんに紹介されて、彼、いつも聞いてくださっているみたいで、それはそれでありがたいことだけど、あれから何を思ったのか、彼、よつ葉園だけじゃなくて、岡山市内の養護施設にもあちこちに出向くようになって、それで、いろいろと職員さんや施設長さんと「意見交換」をされているみたいだけど・・・
「やっぱり、具体的に何かを企画して動き出すことには、至らない、と」
「至るわけ、ないじゃないか。もし動き出せていれば、とうの昔に何かできているよ」
「相も変わらず、理想論をアツくお語りなんですなぁ・・・」
私と太郎さんのツッコミともつかぬ会話を制して、たまきさんが話を続けた。
そのとおりね。
何かを企画して動き出す、ってことには、あの人、つなげていくような努力はされていないとは言わないけど、そのようには、どうも見受けられないのよね。相も変わらず、あちこちに行って理想論を説くだけ。地元を大事にしよう、子どもたちにずっと地元にいてもらえるようにしよう、これは確かにいいと思うけど、お年寄りと子どもたちを結びつける接点を社会全体で作る必要がある、とか何とか・・・。
そんなことばっかりあちこち行って話しても、どうかしらねぇ・・・。
そうそう、去年の秋ごろ、岡山県立大学とO国立大学の両方に行って、そのあたりにいた学生さんに、例によって色々話しかけて、意見を聞いたみたいなのよ。
で、北林さんがおっしゃるには、県立大の学生さんは割に素直に聞いてくれていたけど、O大の学生さんはというと、その人、法学部の男の子だったらしいけど、地域を大事にはわかるが、いつまでも同じ地域にいてどうこうという人ばかりじゃないし、冗談じゃない。私は大学を卒業したら大阪の会社に行きますよ、あなたは職業選択の自由や居住移転の自由をご存じないのか、そういうのを余計なお世話というのです、って調子で、随分ツッコまれたって。
なんだか、若いころのせいちゃんみたいな気がしなくもないけど。
「ほっといてくださいよ」
私がそれとなく異議を唱えた。これに対し、太郎さんが言うのは、こうだ。
「夫だからかばう、ってわけじゃないけどな、その学生さんのようなこと、君も大学生の頃、散々言っていたじゃないか。というか、大体、報復人事をするために岡山県知事選に出るなんて口にするような奴が、そんなことで文句つけるな。それはいいけど、実はぼくもその話、たまきちゃんから自宅で聞いた。確かにO大クラスになると、彼の言うような地元に住んでどうこうということに対して懐疑的な学生が多いのは確かだ。しかもそれなりに勉強できた学生が多いからね、ぼくがそうだとは言わないが」
「そうそう、その件、私はたまきさんからこそ初めて聞きましたけど、実は、永野さんから、ズバリこの店で、散々聞かされましたよ。あの北林のウルトラ馬鹿が、とか、愚痴りながらね。大学生にもなって、素直なことなどが評価されるようでは、先が思いやられるわいと仰せでした。まあ、それには私も同感ですけどね」
ここでたまきさんが、ぼくらを制してある企画の話をし始めた。
「ちょっと二人とも、もう少し私に話させてくれる? あのね、実はあの北林さんを番組に呼んで、彼の地域社会活性化への思いを述べてもらおうと思って企画を立てようとしたのよ。そうしたら・・・太郎君が・・・」
「あの話ね、悪いこと言わないからやめとこう、って、止めた。君もご存知の土井正博君、あの営業部長に尋ねてみたのさ。彼も一度、北林さんの話にお付合いしたことがあったからね。彼、おおむね2時間ばかり御高説を拝聴した挙句、何て言ったと思うか?」
「何か、すごいこと言われたとか?」
「ああ。ここから何かが生まれるとしたら、奇跡ですよ、なんてね・・・」
「わっはっは、そりゃ、名言ですな。さすがは土井大明神!」
「こら、せいちゃん! 笑い事じゃないわよ。しょうがないから、お義父さんに頼んで永野さんに電話で連絡を取ってもらってね、とにかく、北林さんがうちの会社に来られても困るから、ご遠慮願えませんか、って、私からお願いしたの。そうしたら、永野さん、それはわかった、申し訳ないと言いつつも、太郎君に電話変わってくれと言って、どんな話になったかと言えば・・・」
「あの北林さん、地元の宇野市だけじゃなくて、岡山市やら児島市やら真備市やら、マニア氏ご存知の津山市の嶋中議員さんやら議会事務局やら、もう、あちこちに出回って、同じような調子でしゃべっていて、なぁ。さすがに、仕事の邪魔になるからやめろと言ったんだが・・・、そうしたら今度は、あちこちの幼稚園やら小学校やら、しまいには君もご存知の児童養護施設だ。あのよつ葉園に、くすのき学園に、昭和館に・・・。あまりにひどいから、しゃべる内容をこちらで作ってやったのはいいけど、それを書いた紙、というより、下書を相手に渡しかけて呆れられて、しょうがないからおまえ書いてみいと言って原稿を書かせたのはいいけど、その原稿がまた、支離滅裂で誤字脱字だらけときたものだ、って。そこで、米河君に清書というか推敲をさせて、幾分ましになったはいいけど、これまた、永野さんの知っている牛窓市の議員のところに行ってしゃべって、ところがそこでまた、ボロを出してくれて・・・」
「その話、聞きましたよ。そこでも、私が永野さんから受け取っていた地域社会育成会の校正中の原稿をパンフレットと勘違いして渡しかけたってね」
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