或る選挙参謀の死(未完)

与方藤士朗

第1話 訃報

 2019年1月6日、日曜日の夜。


 この日私は、県北の津山市に泊り込みで仕事に行っていた。本来なら日帰りにしてもいいところではあるのだが、日曜朝は諸般の事情により午前中9時過ぎまでは絶対にテレビの前にいなければいけないことと、連日の移動によるダメージをなくすことを考慮し、昨日は津山駅前のビジネスホテルに宿泊した。その仕事を終えて夕方20時過ぎの快速列車で岡山市の自宅に戻っている途中、突如、携帯電話が鳴った。

 「米河君、緊急連絡。永野修身君が亡くなった。今日の夕方6時過ぎだ」

 電話の相手は、岡山市議の常木三蔵氏だった。

 「そうですか、で、葬儀は?」

 「通夜は明日の夕方6時から。岡山市南西区のZ斎場だ。明後日が友引だから葬儀はできないからな、どうするかはご遺族が決められるので、そこはまだわからないが、まあ、明日の通夜が、今生の別れだろうな」

 「申し訳ありません。今列車で移動中ですから、明日、改めてお電話します」


 翌1月7日月曜日朝9時前、私は常木岡山市議に電話した。日曜日のこの時間は電話の電波も切っていて、テレビに向かっているところなのだが、他の曜日は特段の事情の事情がない限り、普通に電波をつなげている。市議会の所用はおおむね10時から始まるので、9時前であれば、何とか連絡もつけられ、打合せもできる。

 「永野さんの通夜の件、どうしましょうか」

 「夕方、クルマで迎えに行く。どこにいるか?」

 「今日は一日、自宅で今度出す原稿の校正をしています」

 「じゃあ、夕方5時にあんたの家に着いたら電話するから、出てくるように」

 「わかりました。それじゃあ、準備しておきます」

 「あ、それから、あんたも知っとる大宮哲郎さんも奥さんと一緒に来られるからな」

 「そうですか。あのおやっさん、永野さんが子どもの頃からのお付合いでしたね」

 「そこはあんたのほうが詳しかろう。永野からよう聞かされたんと違うか?」

 「ええ、まあ」


 私はこの日、朝から3月に出版される小説の校正に励んでいだ。

 昼前には、開店したばかりのO国立大近くのカレー屋「はなゆめ食堂」に行って、カツカレーを食べてきた。何でこんな時にカツカレーなのかというと、ある週刊誌に書かれていた記事に「酒を飲む前にカツカレーを食べたら悪酔いしなくてよい」と書かれていたからで、それなりの医学的? 根拠はあるらしいけど、カレーも酒も大好きで、そういう食生活になる日がどうしても多くなってしまうからだ。

 このカレー屋では「本体」のカレーが出てくる前に、サラダ代わりのキャベツの千切りがプラスチックの皿に盛られて出てくる。いささかやぼったいが、それがまた、いい。これに軽くドレッシングをかける。ドレッシングは2種類ほどあるが、私はいつも、「ごまだれ」のほうを軽くかけている。場合によってはさらに上に福神漬をまぶし、それを豪快に食べる。こうして胃の中をさっぱりさせると、いよいよ、「本体」のカレーが出てくる。ここのカレーはいろいろトッピングできるが、一番安いのが50円のコロッケ(2個)、100円のチキンカツやフィッシュコロッケ(フィッシュフライとコロッケが一つずつ)、それに「ふわとろ卵」などなど、150円のフィッシュフライやとんかつ、250円のエビフライ・・・といった調子で、いろいろ組み合わせることも可能だ。大学生の中には、卒業記念としてすべてをトッピングして食べる人もいるそうだが、50歳前のおじさんの私には、昼間からそんなに食べるだけの元気、ないねぇ・・・。

 この食堂のカツカレーはごくごく普通のカレー屋のカレーではあるのだが、辛口というものの、どこかフルーティーな味わいがある。最初食べたときは、果物を何か煮込んでいるのかなと思ったが、店の人に聞くと、玉ねぎを煮込んでいるからそんな味わいになっているのだとのこと。ひとさじだけ、ルーをさらって口に入れてみると、本当にこれは辛口のカレーなのかと思う。パイナップルでも隠し味で煮込んだのかなと思えるほどだが、二口、三口とご飯に混ぜて食べていくほどに、だんだんと口全体に辛さが広がってくる。ちょっと体調の悪いときなどは、頭から汗が噴き出すことも。

 この店の開店は朝11時。平日昼、O大学が授業のある期間だけ営業している。開店と同時に店に駆け込み、カレーをしっかり食べて腹ごしらえする。私は言うなら自営業だから、何も12時過ぎの昼めし時に食べに出なければいけない必然もない。カツカレー以外にも、コロッケとフィッシュフライが一つずつ入ったフィッシュコロッケカレーというもあって、そちらもよく食べている。コロッケは安いが腹の膨れる揚げ物だ。大学生の頃通っていた「ガラムマサラ」というカレー屋でも、一番安いのはコロッケカレーだったっけ。その店もそうだったが、ここもまた学生街のカレー屋なので、全般的に安くボリュームもある。量も小盛、普通、大盛とあり、味も甘口、中辛、辛口とあるが、基本的には同じ料金。カツカレーは650円、先ほどのフィッシュコロッケカレーは600円。

 50歳近くになって昔ほど大食いできなくなっている筈なのだが、カレーとかラーメンはまだまだ大盛でも食べ切る元気があるのは、我ながらタイシタものというべきか、そろそろジチョウすべきなのか。それが証拠に、いつぞや、トッピングになすとキノコ(それぞれ150円)とチキンカツ(100円)を頼んで、辛口で大盛、合計900円と奮発したことがあったのだが、なすとキノコはカレーに煮込まれていて、ただでさえ多いボリュームがさらに増して、食べ応えはあったけど、さすがに、ありすぎた。

 そのときばかりは、帰ってすぐに横になって2時間ほど休んだほどだからね。


 カレーを食べてワンルームの自宅に戻ったら、再び朝からの続きで出版社から送られてきたゲラとにらめっこ。このゲラをチェックしてパソコンの原稿に落とし込んで次の連休前までにメールで送り返せばいいのだが、こういうことは少しでも早めにこなしていかないと後々大変なので、どんどんこなしていくようにしている。「シメキリなんぞくそくらえ!」の作家もいないわけではないようだが、こちらとしては「仕事」として取組んでいるので、とにかく少しでも早く仕事をこなして相手に投げていくよう心掛けている。

 ひと通りゲラのチェックと落とし込みを終え、メールチェックなどをしてコーヒーをすすっていると、もうそろそろ17時という時間になっていた。準備をしなければということで、香典を用意して法事にふさわしい格好に着替え、常木市議からの連絡を待った。程なくして電話が鳴った。常木市議の運転するクルマが自宅前に来た。大宮の「おやっさん」御夫妻が後部座席に乗られている。息子さんご夫妻はお忙しいから参列されないとのことだが、夕方の少し遅い時間(と言っても20時ごろをめどにしているのだが)にO駅前の居酒屋で合流することになっている。その居酒屋は、永野さんの晩年、と言っても去年から一昨年にかけてよく飲みに来ていた場所だ。永野さんだけでなく、大宮さんご夫妻や内山下商事のX氏ともよくここで飲むし、鉄道紀行作家の上田幸雄氏ともここでお会いして飲んだこともある。こんな日は、ここで飲むに限る・・・。

 ともあれ私たちは、常木市議のクルマの助手席に乗込み、私たちは岡山市南西区の斎場へと向かった。夕方のラッシュ時で結構混んでいるが、約40分後、無事に故永野修身氏の通夜が行われる斎場に到着した。

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