第3話:困惑

「あの、父上、一体どこまでついてこられるのですか?」


 グレイスが困惑した表情を浮かべているが、その表情すらとても可愛い。

 そんな表情を見る事ができるのなら、わざと困らせてしまいたくなる。

 その誘惑に負けそうになる心を叱咤激励して抑える。

 

「当然だよグレイス、この学園は危険に満ちているのだ。

 グレイスを悪の道に引き入れようとする性悪な令嬢が数多くいる。

 そんな連中をグレイスに近づかせないのが父親の責務なのだよ」


「そんなことはありません、そんな悪い方はこの学園にはいません。

 全部父上の誤解です、間違いです、誰かが父上に嘘を教えたのです」


 グレイスは本当に好い子です。

 こんな好い子を悪役令嬢に落とすなんて、腐れ令嬢どもは絶対に許さん。

 どれほど卑劣な方法を使ってでもグレイスを護る。

 

「あの、ちょっとだけ離れてくれませんか、父上」


「ダメダだめだ駄目だ、絶対に駄目だ、悪人が蔓延るこの学園でグレイスを一人にする事はできない、だから絶対に駄目だ」


 グレイスがとてもモジモジしているが、なにかあるのか?


「あの、その、父上、わたくし、花を摘みに行きたいのです……」


 ああ、ああ、ああ、申し訳ないグレイス。

 そんな恥ずかしい事をグレイスに言わせるなんて、俺は父親失格だ。

 最後は消え入りそうになるくらい言葉が小さくなっていた。

 このまま時間をかけたらグレイスは膀胱炎になってしまう。

 直ぐにトイレに行かせてあげたいが、虐めの定番は女子トイレで行われる。

 それに女子トイレでグレイスが腐れ令嬢に感化されても困る。


「私が悪かったグレイス、だが女子トイレは危険なのだ。

 本当なら私が女子トイレについて行ってやりたいが、それが許されないのは分かっているから、この子を連れて行ってくれ。

 何者かが不意に襲ってきたとしても、この子が必ず護ってくれる」


「そんな、狼を連れてトイレに行くなんてできません……」


 最初はそう言って抵抗していたグレイスだが、我慢の限界だったのだろう。

 私がついてこないか何度も振り返りながら、小走りにトイレに向かった。

 流石に俺だって女子トイレに入るほど非常識ではない。

 ちゃんと女子トイレの前で待つくらいの常識はある。

 女子トイレの中にいるグレイスが心配なのは同じだが、狼達は警戒してくれているから、少しは安心する事ができる。


「父上! なぜここにおられるのですか!?」


「なぜって、グレイスが心配だからに決まっているじゃないか」


「知りません、もう父上の事なんて知りません、父上なんて大嫌いです」


 ああ、グレイスが泣きながら走っていってしまった。

 私の目の届かない所は危険だから、直ぐに追いかけなければ。

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