6月④

※※※






「ーーはい、夢ちゃん」



 ニッコリと微笑んで、私に向かって裁断バサミを差し出す楓くん。


 明日の昼までにハチマキを提出しなければいけなかった私は、今日の内に終わらせて提出してしまおうと、放課後に残って作業をする事にした。


 

 ーー昨日の約束通り、今日は一日中ずっと私の側にいてくれた楓くん。


 朝は自宅まで迎えに来てくれて、休み時間とお昼休みは私と共に過ごし、放課後になった今も、こうして一緒にいてくれる。


 ーー昔から、いつでも優しかった楓くん。


 昨日、告げられた楓くんの言葉に、私は今すぐどうこう答える事はできなかった。

 だって、私の”心”の中には今でも涼くんがいるからーー


 目の前で小首を傾げて優しく微笑む楓くん。



(こんなに優しい楓くんと、ずっと一緒にいられたら……。きっと、とても幸せなんだろうな……)



「……ありがとう」



 裁断バサミを持ってきていなかった私は、楓くんから借りると早速作業に取り掛かる。



「夢ちゃん、上手だね」



 そんな事を言いながら、嬉しそうに私を見守る楓くん。


 暫くすると、朱莉ちゃんがジュースを抱えて教室へと入って来た。

 腕に抱えたジュースを、私と楓くんにそれぞれ1つずつ渡すと、隣りの席に座って残りの缶ジュースを2つ、机の上に置く。



「優雨ちゃんは……?」



 そう尋ねてみれば、先生に捕まったと笑って答える朱莉ちゃん。


 成績、態度共に優秀な優雨ちゃんは、何かにつけてよく先生に捕まっては用事を頼まれている。

 ジュースを買ってくると言って出て行った2人は、戻ってくると朱莉ちゃんだけだった。


 先生に捕まり、ウンザリしたような顔をみせる優雨ちゃんを想像して、私はクスリと声を漏らした。


 今日は、久しぶりに4人で帰ろうと楓くんが提案してくれて、今、こうして久しぶりに皆んなで集まっているのだけれど……。


 ーー本来なら、奏多くんもここに居たはず。


 そう思うと、やっぱり少し寂しさを感じるけれど……。

 少し前までの辛かった日々を思い返すと、今、この瞬間が凄く幸せに思えた。




ーーーガラッ




 教室の扉が開かれ、優雨ちゃんが帰ってきたのかとそちらに視線を移してみる。


 すると、そこに居たのはーー

 怒りに満ちた瞳でこちらを睨みつけているーー奏多くんだった。



「……夢」



 怒りを含んだ重い声に、私の身体は恐怖でビクリと震える。


 無言でこちらを睨みつけたまま、教室内へと歩みを進める奏多くん。

 そんな奏多くんを見つめたまま、私と朱莉ちゃんは恐怖で身体を固めた。


 すると、目の前に座っていた楓くんはスッと立ち上がると、私の目の前に立ち塞がった。



「……奏多。それ以上、夢ちゃんに近付くな」



 奏多くんに向けて楓くんがそう発した、その時ーー


 開かれたままだった教室の扉から、今しがた戻って来たばかりの優雨ちゃんが姿を現した。


 奏多くんの姿を捉えた優雨ちゃんは、一瞬驚いた表情をさせると、すぐに奏多くんに駆け寄りその腕にしがみついた。



「ーーやめてっ!! 夢に近付かないで!! あんたでしょ!? あんたが……っ、夢にあんな酷い事したんでしょ!!?」



 奏多くんの腕を引っ張りながら大声を上げる優雨ちゃん。

 そんな優雨ちゃんに向けて冷たい視線を送った奏多くんは、おもむろに右手を動かすと優雨ちゃんの肩に触れた。


 その、次の瞬間ーー

 奏多くんに突き飛ばされて、床に倒れ込んだ優雨ちゃん。




ーーー!!!




 思わず飛び出して行こうとした私を、後ろ手に抑えた楓くん。

 その腕にしがみつきながら、奏多くんに向かって声を上げる。



「……っやめて! 奏多くん! 優雨ちゃんに、酷い事しないで!」


「奏多……。女の子に暴力振るうなんて、最低だよ。……優雨ちゃん、大丈夫?」



 私を庇いながらも、床に倒れている優雨ちゃんを気遣う楓くん。



「……夢。こっちにおいで」



 楓くんの言葉がまるで聞こえていないかのように無視をすると、私に向けて右手を差し出した奏多くん。

 その背後で、ムクリと立ち上がった優雨ちゃんが奏多くんを鋭く睨みつけながら口を開いた。



「あんたなんかに……っ、夢は渡さない!!」



 そう言って、再び奏多くんの腕にしがみついた優雨ちゃん。

 そんな優雨ちゃんを引きずる様にして、ゆっくりとこちらへ近付いてくる奏多くん。



「……っ。嫌っ!! 私……っ、皆んなと一緒にいる!!」


「夢は、こんなやつらと一緒にいるべきじゃないよ」


「……っ! 皆んなの事を、悪く言わないで!!」


「ーーいい加減にしろっ!!!」



 楓くんの後ろに隠れていた私は、突然荒げたその声に驚いてビクリと肩を揺らした。


 恐怖で私の指先はカタカタと震え始め、それは徐々に身体全体へと広がってゆくと、ついには全身をガタガタと震えさせる。



「っ奏多……」



 目の前の奏多くんを見て、怯えた表情をさせる朱莉ちゃん。


 ガタガタと震える私を抱き寄せた楓くんは、「大丈夫だよ。……指一本、触れさせないから」と言って目の前の奏多くんを睨みつける。


 優雨ちゃんを引きずるようにして近付いてきた奏多くんは、私達の目の前まで来るとピタリと足を止めた。

 その口元にゆっくりと弧を描き、私達に向けてニヤリと不気味に微笑む。



「ーー涼を殺したのは、優雨だよ」


「…………え?」



 一瞬、奏多くんが何を言っているのか意味がわからなかったーー


 涼くんは岩から足を滑らせて、川に落ちてしまった事故で亡くなったと……。


 確かに私はーーそう聞いていた。



(……っ優雨ちゃんが……。涼くんを殺したって……、何……?)



 まるで鈍器で頭を殴られたかのような衝撃が走り、グニャリと歪んだ視界に足元がふらつく。


 私は呆然とした頭で奏多くんから視線を外すと、その隣へ向けてゆっくりと瞳を動かした。



 その先で私の視界に映ったのはーー



 蒼白い顔をした優雨ちゃんが、怯える様な瞳で私を見つめている姿だったーー






ーーーーーー




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