第3話

※※※






「奏多くんてさ、何でうちの高校来たのかな?」



 オリエンテーションのグループ会議をしてる中、またも話題は奏多くんの話しへ。



「……え?」


「だってさぁ~。ほぼ満点の、入試トップだったらしいよ? そんなに頭が良いなら、他にもっと良い学校に行けるよね」



 確かに頭が良いのは知っていたけれど、そこまでだとは思ってもいなかったので驚いた。


 確かーー



「通学するのに、無駄な時間を使いたくないって言ってた……かな?」



 そう伝えると、「そうなんだー」と意外にもすんなりと納得してくれる。



「夢ちゃんはさ、何でここにしたの?」




ーーーーーー



ーーーー




『セーラー服、可愛いね』


『制服気に入った?』


『うん』


『夢なら、絶対に似合うよ』




ーーーー



ーーーーーー




 ーー昔、涼くんと交わしたそんな会話を思い出す。



「私は……。近いから……、かな」



 そう答えると、「私も同じー」とニコニコしながら同意する朱莉ちゃん。



「徒歩圏内は、確かにいいよね」



 そう言って羨ましがる由紀ちゃんは、その視線を楓くんに移すと再び口を開いた。



「……楓くんは?」


「え~? それは勿論……。セーラー服が、エロ可愛いからだよっ」



「わかるわぁ~!」と楓くんの返答に同意した男の子達が、ゲラゲラと笑いながら騒ぎ始める。



「ーー由紀は?」


「私は……っ。好きな先輩が、ここにいるから……」


「え~っ! 由紀って、超おとめ~!」


「もぉッ! からかうの禁止だから~!」



 楽しそうに声を弾ませる2人の様子を見ながら、私は1人、涼くんを思い出して寂しさを募らせる。



 私がこの学校を選んだ本当の理由はーー

 昔、涼くんが一緒に行けたらいいねって言ってくれたから。


 

(本来なら……今もここに、涼くんがいたのかな……。私の横で、あの屈託のない笑顔をみせて、笑っていたのかな……)


 

 そんなことばかり、毎日考えてしまう。



「……あっ! そうそう、この学校のジンクス知ってる?」


「ジンクス……? え、何なに?」


「屋上の外フェンスに一緒に鈴を付けた人は、一生離れず、仲良くいられるんだって」


「え~っ。それって、カップル限定じゃん。つまんな~い」



 ブーブー言って、不貞腐れる朱莉ちゃん。



「別に、友達でもいいんじゃない? 一生離れず仲良く、だから」


「……あ、そっか!」



 そんな事を話していると、結局最後まで脱線した話題のままグループ会議は終了してしまった。








※※※








「あっ、あれだ。……へ~意外と少ないんだね」


「……まぁ、定期的に先生達が片付けてるんでしょ」


「えーッ!? 片付けられちゃったら、意味ないじゃん……」


「とりあえず、出てみようか」



『みんなで鈴付けよう』


 昨日、朱莉ちゃんにそう言われた私達は、昼休みに5人で集まると屋上へと来てみた。


 由紀ちゃんから聞いたこの学校のジンクスは、実際に見てみると私の想像とは少し違っていて、フェンスに付けられた鈴は3組みしかなかった。



「本当にやるの?」


「やるよ~! 鈴だって、ちゃんと買ってきたんだから」



 そう言って皆んなに鈴を配り始めた朱莉ちゃんは、私の掌にだけ2つ、鈴を置いた。



「夢ちゃんは……2つ?」



 私の掌に置かれた2つの鈴を見て、楓くんが不思議そうな顔をする。


 昨日、鈴を買いに行くと言っていた朱莉ちゃんに、涼くんの分も欲しいと頼んでおいたのだ。



「うん……。これは、涼くんの分」


「夢ってまだ……」



 楓くんとのやり取りを見ていた優雨ちゃんが、何か言いかけては「ううん……。何でもない」と少し寂しそうな顔をして微笑む。



「じゃあ、付けよっか」



 楓くんの発した言葉を合図に、フェンスに取り付けた金具に鈴を付けてゆく。



「いつまでも、皆んなで一緒にいられるといいね」



 ポツリと呟く優雨ちゃんの言葉を聞きながら、私は今しがた付けたばかりの鈴を眺めて小さくコクリと頷いた。






ーーーーーーーー




ーーーーーー







※※※







 屋上での昼食を終えて廊下を歩いていると、前からやってきた隼人くんがこちらに気付いて笑顔で近付いてくる。



「ーー夢ちゃん。皆んなでお昼食べてたの?」


「うん」


「いいな~。俺も今度、誘ってい?」


「えっ……? あ……、うん」



 ニッコリと微笑みながら、腰を屈めて顔を覗き込む隼人くん。そんな彼に、やっぱりまだ少しだけ苦手意識のある私は、歯切れの悪い受け答えをしてしまう。



「ダメだよ、夢。こんなよくわからない男と仲良くしたら」



 突然腕を掴まれて引っ張られた私は、そのままよろけると奏多くんに向かって倒れ込んだ。

 受け止められるようにして支えられた私は、そっと顔を上げると奏多くんを仰ぎ見る。

 すると、優しい笑顔の奏多くんは、「……許さないよ」とだけ告げると私を掴む手に力を込めた。



「よくわかんない男ってさー、酷くね? 俺、クラスメイトなんだけど。……だいたいさ、2人はただの幼馴染なんでしょ? なんでそんな風に言われなきゃなんない訳?」



 詰め寄る隼人くんに、奏多くんの力は更に強まり私の腕に食い込んでゆく。


 廊下にいる生徒達からは、「え、何なに。痴話喧嘩?」などと言う声がチラホラと聞こえ始め、奏多くんと隼人くんのやり取りにオロオロと焦り始める朱莉ちゃん。



「夢はーー誰にも渡さない」


「……は? 何それ」



 キリキリと痛み出した腕に耐えきれなくなった私は、掴んでいる奏多くんの手を離そうともがいてみる。けれど、隼人くんを睨みつけている奏多くんには離してくれる気配がない。


 痛さと恐怖で、涙が出そうになったその時ーー



「奏多、やめて! 夢が痛がってる!」



 奏多くんの手を掴み、離そうとしてくれる優雨ちゃん。

 それでも離そうとはしない奏多くんに、我慢しきれなくなった私の瞳からはついに涙が溢れた。



「ーー奏多。いい加減にしな」



 珍しく真顔を見せた楓くんが、奏多くんの手を掴むとアッサリと私の腕から離してくれる。



「……大丈夫? 夢ちゃん」



 心配そうに私の腕をさすってくれる楓くん。



「授業始めるぞー。皆んな教室に入りなさーい」



 いつの間にかやって来た先生のその声で、廊下にいた生徒達が散り散りに教室へと入って行く。



「夢ちゃん、行こう」



 そう言って優しく手を引いてくれる楓くんに連れられ、私はそのまま奏多くんを置いて廊下を後にした。





 その日の放課後、私は初めて奏多くんを避けると一人で帰宅した。


 それがどんな事になるかなんて、考えもせずにーー









※※※









 ーー次の日の朝。


 私は眠たい瞼を擦りながら早起きをすると、いつもより早く学校へと登校した。

 こんな風に避けていては良くないとわかってはいるものの、昨日の奏多くんを思い出しては小さく溜息を吐く。



(私、何か悪いことしちゃったのかな……。やっぱり、奏多くんに会ってちゃんと話さなくちゃ)



 そんな事を考えながら、自分の下駄箱に手を掛けたーー




ーーー!!!?




 下駄箱の扉を掴んだままの右手が、カタカタと震えては音を立てる。

 

 私の目の前にある、開け放たれた下駄箱。

 

 その中にはーー

 ズタズタにされた私の上履きと、その上に、鮮やかな赤文字が印刷された黒い紙が置かれている。




 その黒い紙には、たった一言



 【ーー許さないーー】



 と、それだけが印刷されてあったーー




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