怨6蠢く舌 蓮 死臭 枡 首 鈴
「ねえ、あたしのために泣いてよ」
幽かに声がする。
「ねえ。あたしのために泣いてよ」
暗黒の世界に木霊する女の声は震えていた。
「ねえ、あたしのために泣いてよ。ねえ、あたしのために泣いてよ。ねえ、あたしのために泣いてよー」
お経が聞こえる。
声と重なる。
「南無阿弥陀南無阿弥陀南無阿弥陀 ねえ、あたしのために泣いてよ 南無阿弥陀南無阿弥陀南無阿弥陀 ねえ 南無阿弥陀南無阿弥陀 あたしのために 南無阿弥陀南無阿弥陀 泣いてよ 南無阿弥陀ー」
赤黒く滴り落ちる液体。
鉄の臭いと腐敗臭。
指に出来た切り傷と絆創膏。
指先は水膨れになって、白くふやけた皮が捲れ上がる。
剥き出しになる骨。
白銀。
美しく輝く。
血の世界で溺れる。
声もお経も聞こえない。
白装束の女の首が見える。
縄が掛けられる。
左右に揺れる女の身体。
3人の子供たちが、女の脚を無邪気に引っ張っている。
その光景がしばらく続くと、世界は白へと変化した。
筆が走る。
「怨」「救」「裏通」「三峯」「水」「炎」「死」「念」「枡」
次々と浮かんでは消えていく文字。
絡み合う舌。
男女の激しい息づかいが聞こえる。
顔がない。
蛇のように蠢く真っ赤な舌は、怪しげな糸をひきながらくねる。
その糸は、白から赤へと変化した。
「ペッ」
千切れた舌が足元に落ちる。
女の顔は笑っている。
血に染まる口元。
男の姿はいつの間にか消えていた。
炎がヌラヌラと広がる。
その中央に、炭化した人間が見える。
両手脚を天に掲げているそれは、風に吹かれて灰になって消えた。
鈴が鳴る。
朱色の鳥居が現れる。
また鈴が鳴る。
鳥居の陰に痩せたあの女の姿が浮かぶ。
泣いている。
首に縄をかけられたまま、ただ泣いている。
再び鈴が鳴る。
女は、鳥居の真下に立った。
「ねえ」
次の瞬間、女の足下に穴が開いた。
鳥居と女の首とを結ぶ縄が、一直線に伸びる。
ギリギリと生々しい音が聞こえる中で、靜子はふと思った。
「行かなくちゃ」
水面に、蓮の花が浮かんでいる光景が見えた。
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