第10話 じゃんぐるちほー

 目が覚める。電気がついているということは誰かが先に起きているということか。


 時計を見ようと頭をひねると俺の頭から何かが滑り落ちた。アオの手だ。昨日撫でられるような感触があったのは幻覚ではなかったのか。昨日の朝のお返しということだろうか?


 何はともあれぐっすり眠ることができたんだ。あのまま話さずに布団に戻ってもきっと俺は嘘をついた罪悪感で寝れなかっただろう。


 折れて正解だったな。


 時計は9時を指している。いつもより遅い起床だ。


「ん…おはようグン。よく眠れた?」


 手が俺の頭から滑り落ちた時の感触で起きたのかな?


「おはようアオ、よく眠れたよ。昨日のことは秘密にしておいてよ?」

「分かってるよ、でも何か問題が起きた時は相談してほしいな。悩んでいるグンは見てられないよ、グンは笑顔が一番だからね。」


 その言葉にちょっとドキッとしてしまった。きっと深い意味はないんだろうけどなぜか俺の心に深く響いた。


「ところで指は大丈夫なの?」


 そういえば昨日俺は自分で指を切ったのだ。言われて思い出した。


 俺は切った左手の指を確認する。おそらく治っているだろうけど。


 ばっちり治っている。もうこれに関しては考察しないし、する必要はない。


「治ってるよ。心配してくれてありがとう。」


 早朝は構ってこられると照れるんだよ…多分いま頬が赤い。


「お?いい顔頂き♪照れちゃってかわいい。」

「からかうのはやめてくれよ、とりあえずここから出るためにツチノコさんを探そう。」


 ツチノコさんを探すために体を起こすと普通にいた。今までの会話を全部聞かれてたと思うと恥ずかしいな。


「…聞いてた?」

「ばっちりな…お前ら今日はもうここから出るんだろ?案内してやる。」


 それならアミメキリンちゃんを起こさなければ。だがここにアミメキリンちゃんはいなかった。


「あれ?アミメキリンちゃんは?」

「あいつはスナネコに連れられて先に外に出てる。オレたちも行くぞ。」


 スナネコさんも結構ここには詳しいのか。そういえばツチノコさんがスナネコさんを見たとき「いつの間に」って言ってたな。ツチノコさんがいなくてもあそこにたどり着けるということは彼女もまたここには詳しいのかもしれない。


 それか道を知ってただけなのかな?


「ここだ。」


 え?出口があるようには見えないんだけど本当にあってるのか?


「出口どこ?」


 そう聞くとツチノコさんは壁に手を当てて強く押した。すると壁がくるっと回転した。


「うおっすごい。」


 俺たちも後に続いて壁を回転させた反対の通路に行き、光のあるほうに進む。


「どうやってこんなの見つけたんだ?」

「かばんが見つけたんだ。どうやって見つけたかは知らん。オレも最初はここから出れるって知らなかったんだ。」


 いったいどうやって見つけたんだろうか?ちょっと俺も考えてみるか。


 …まるで分らん。行く先々で思う。かばんさんってすごいな。


「おぉ、これがこの迷宮のゴールなのか?」


 そこは砂漠の中でありながらも緑が生い茂る場所だった。それと石でできた建造物がいくつかある。


 そこにはそれらを見てはしゃいでるアミメキリンちゃんがいる。


 ともあれ外に出られた。ツチノコさんには感謝だ。あとスナネコさんも。


「おはようアミメキリンちゃん、楽しんでるね?」

「あ、遅いわよグン!はやく次のちほーに行きましょ!」


 まあそう焦らないでよ、朝ごはん食べてないでしょ?


 …食べてないよね?


「朝ご飯食べた?」

「起きるのが遅いから私は先に食べたわ。」


 えぇ…じゃあ移動しながら食べるか。


「じゃあ出発しようか、つぎはじゃんぐるちほーに行くんだよね?」

「そうだよ、じゃあまたね!ツチノコさん、スナネコさん!また遊びに来るよ!」


 別れの言葉を告げて俺は2人に手を振る。


「次来たときは外の話聞かせろよ!」

「もう行っちゃうですか?まだ遊び足りないのでまた来てくださいね?」

「お前は早く帰れ!」


 ハハッ、きっとあの2人は良いコンビなんだろうな。


 そう思いつつ俺たちはさばくちほーを後にした。


_____


 ここは結構たくさんのフレンズと出会えるな。もうすでに4人とは会ったぞ。


 次はどんなフレンズと会えるかな~。


「ん?なんだあれ。」


 俺の目は森を抜けたところに小さな川があった。滑り台のような形をした何かが浮いている。


 それをずっと見ているとひとりのフレンズがいることに気が付いた。


「わーい!たーのしー!」


 ずいぶんと元気な子だな…何のフレンズなのかな?


「もういっかーい!たーのしー!」


 ありゃ話しかけないと気付いてもらえそうにないな。


「おーい!そこのフレンズさーん。」

「ん?」


 とりあえず呼んでみた。するとこちらに気付いたのかすいすい泳いでこちらに来る。そして俺の目の前で立ち止まった。


「私、コツメカワウソ!今日もいい滑り日和だねー!」


 そ…そうですか。とりあえず俺も自己紹介しとこう。


「俺はグンって言うんだ、よろしく。」

「よろしくね!んー?タイリクオオカミとアミメキリンがここまで来るなんて珍しいねー、いったいどうしたの?」


 不思議そうな顔をして問いかけてくる。それもそうだろう、普段はここから反対側の場所に住んでるフレンズがこんなところまで来ているのだから。


「グンの旅のお供さ。おかげでいい顔がたくさん見れてるよ。」

「旅ー?かばんさんと一緒だね!ねえねえ、グンも一緒に滑る?」


 え、そんなこと急に言われても、俺水中じゃ呼吸できないし。人だからね。


「遠慮しとくよ。」

「そんなこと言わずにこっちにきて一緒に滑ろー!」


 俺の手が強引に引かれて川の上にポツンとある滑り台に連れていかれる。


 冷たい川の中に連れ込まれる、俺はとっさに息を止めた。冷たい水が俺の全身を濡らしていく感触が伝わってくる。


 そう簡単にはたどり着けないはずだ。なにしろ俺は水中じゃ息ができないのだから。


 だがそんな予測は無慈悲にも外れる。そう、彼女はフレンズ、俺の息が切れるよりも早く滑り台にたどり着いたのだ。


「ぶはっ…ちょ、ちょっとまって。」

「あっごめん、大丈夫?」


 大丈夫…と言いたいところだが服がびしょ濡れである。これじゃあ風邪をひいてしまうかもしれない。


 でももうここまで来たら滑らないわけにもいかないよな。どうせ服も濡れちゃってるし、これ以上濡れても変わらないだろう。


「大丈夫、ではないけどここまで来たらひと滑りしていこうかな。」

「わーい!じゃあいっくよー?それー!」


 俺の体はコツメカワウソちゃんと共に滑り落ちていく。


 ザバーン。


 滑り心地が良いとは言えなかったが滑り切った先に水があるのは新鮮な感覚だ。これはもう何度かやっても飽きなさそうだな。


 俺は水中では息ができないので急ぎ水面を目指す。


「ぷはっ。」


 俺が水面から顔を出すと隣にはコツメカワウソちゃんがいた。のだがその距離は遠ざかっていく。


 そりゃそうだろう、だって川なんだから。とりあえず流される前に陸に上がらなければいけない。


 俺は泳いで陸を目指す。が、その距離は全然縮まらない。川の流れに負けてしまっているのだ。


 これはまずいな。コツメカワウソちゃんに助けを求めなければ。


 と、思ったが俺の手が何かに引かれて陸に向かいだす。どうやら別のフレンズが助けてくれたようだ。


「はあ…はあ…助けてくれてありがとう、俺はグンって言うんだ。あなたは?」

「私はジャガーだよ。久しぶりに泳いでたら君が流れてくるのが見えたからね。特に怪我はない?」


 ジャガーさんか、確か猫科では珍しい泳げる動物だったかな?ミライさんがよく話してた気がする。


「おかげさまで。」

「おーい、大丈夫かーい?」


 アオとアミメキリンちゃんがこちらに駆け寄ってきた。溺れてた訳ではないからそこまで心配しなくてもいいのだが。俺を守ることを言い渡されているアオにとっては結構な問題なのだろうか?


「溺れてたわけじゃないから大丈夫だよ。ところでアンイン橋ってどこにあるか知ってる?」

「知ってるよ、そこまで行きたいなら私が案内しよう。」

「わたしも行くー!」


 ジャガーさんの後に続いて俺たちは歩き進める。すると大きな川にかかる作りかけの橋があるのが見えてきた。


「あれがアンイン橋?」

「そうだよ、かばんと私とサーバルとカワウソの4人で作ったんだ。」


 マジかよかばんさん。料理だけじゃなくてこんなのも作れたのか。しかしこれは作りかけ、基礎しかできていないのだ。これでは渡れない。


「うーんこれじゃあ渡れないな…」

「そうだね、まだ完成はしてないからね。」


 それなら同じヒトである俺が完成させるべきなのではないだろうか。かなり謎理論ではあるが実際問題完成させないと渡れないしこれからここを通るときも不便にダルだろう。


「じゃあ俺たちで完成させないか?」

「なにか案でもあるのかい?」


 ないことは無いが確実にできるか?と言われたらあまり自身は無い。でも作らないと渡れないからな。背に腹は代えられない。


「とりあえず素材から集めないと、お願いできるかな?」

「分かったよ。」

「また作るの?たのしそー!やるやる!」


 こうして俺たちは素材集めを始める。が、みんなが集めてきてくれるらしいので俺は組み立て方を考えるのに専念してくれとのことなのでそうする。


 考えていく中、思っていたより早くに俺に声がかかった。


「このくらいでいいのー?」

「おぉ、もうこんなに集まったの?すごい…これだけあればきっと足りるよ!ありがとう!じゃあ組み立て作業を始めようか。」


 ちょうど案も固まったところだった。だがこの案は非力な俺には到底できない作業だった。フレンズ頼りになってしまうのが申し訳ない。


 集まった素材の中からいくつかのパーツを完成させた。あとはこれを橋に追加していくだけだ。


「その縄の上からかぶせる感じでお願いするよ。」

「こう?」

「そうそう、いい感じ。これをできるだけ隙間なくお願いするよ。」


 それからは俺の指示通りにみんな協力してくれたおかげで無事に完成させることができた。その時にはもう日は沈みかけ、空は赤くなっていた。


「みんなありがとう。おかげで完成させることができたよ。任せっきりでごめんね…俺が非力なばっかりに…」

「いいのさ、その分グンは組み立て方を考えてくれたじゃないか。熱心に考える姿はかっこよかったよ。」


 またそうやって褒めてくる、絶対からかってるでしょ。でももう突っ込まなくていいか。


「ありがとう、じゃあみんなでご飯食べよっか。」


 俺が立ち上がってみんなが話しているところに行こうとすると右腕を掴れた。


「たまには2人で食べない?」


 え、なんで?って思ったが俺はすぐに承諾する。2人だけの秘密も少なからずあるからな。と言っても全部俺の秘密なんだけどね。


「いいよ、じゃあどこで食べようか?」

「2人きりで話せるところがいいな。」


 うん、まあそう来るとは思っていたよ。ならばアミメキリンたちに伝えなければならない。


「とりあえず2人で食べるって伝えてくるよ。」


 こう言ってアミメキリンちゃんのほうに向かう。


「アミメキリンちゃん、俺たちアオと2人でご飯食べることになったから、みんなで楽しんでて。」


 と、そう伝えてアオのもとへ戻ろうとするとなぜか呼び止められた。


「待って。」

「ん?どうしたのアミメキリンちゃん。」


 足の向きはそのままで上半身だけ振り返って返事をする。いったい何の用なんだ?


「その”アオ”って先生の事?」


 そういえば伝えてなかったな。まあ俺が「アオ」って呼んだ時にタイリクオオカミさんが反応してたから何となく分かってただろうけど一応確認してきたのかな?


「そうだけど、それがどうかしたの?」

「……欲しい…」


 なんて?いま欲しいって聞こえた気がしたがまさか呼び名が欲しいとか言わないよね?あれ考えるの結構難しいんだぞ。


「私も呼び名が欲しい!!」


 予想って当たるもんなんだな。これから嫌なことが起きるんじゃないかって時は何が起きるか考えなければ嫌なことが起きないのではないか?


 いや、これを嫌なことに分類するのはいけないな。アミメキリンちゃんを拒絶してるみたいになってしまう。


 ともあれ頼まれてしまったからには考えなければならない。今日さんざん頭使って疲れてるのに…。


「分かった、考えるからちょっと待ってね。」


 …だめだ、橋のことで頭を使いすぎた。名前からとった「アミ」か「リン」しか出てこない。もう考えるの放棄したい…もう放棄すっか。


「”アミ”か”リン”が思いついたんだけどどっちがいい?」


 よし、どっちがいいかは彼女に考えてもらおう。よしこれで俺はアオのとこに戻れるな。


「うーん、じゃあどっちも!」


 なんでぇ?そこまでして俺に考えさせたいの?それはそれに考えさせるための駆け引きかなんかなの?もう頭使いたくねえよ。


 うわぁ…「さあどうする?」と言わんばかりの顔で見つめてくる。


 放棄したいけどこのまま放棄してはアミメキリンちゃんの伸び名が「アミりん」になってしまう。これじゃない感がすごい。でも他の名は浮かばない。


 もう「アミりん」でいいんじゃないか?いやダメだここまで来たらどっちかにしないと負けな気がする。


「いや、やっぱり”リン”にしよう。それで決定だ、異論は認めん。」


 こう答えるとリンは満足そうな顔で俺に言ってきた。


「ありがとうグン!」

「じゃあもう行くからね。」


 と言い残して俺はみんなに背を向けてアオのほうに向かう。リンのあの顔を見るにどちらでもよかったのだろう。でもちょうどよかった、毎回「アミメキリンちゃん」って呼ぶのはちょっと辛かったからな。


 アオがいるところに戻って2人きりになるとこんなことを言われてしまった。


「どうしたの?すごい疲れてるように見えるけど。」


 俺ってやっぱり顔に出るのかね、昨日ナイフが見つかったときもそうだった。


「さっきアミメキリンちゃんとしてきた会話で一気に疲れたんだ。」

「一体なんの話をしてきたんだい?」


 まあ気になるやろうな。俺を疲れさせる会話だもんな。まあもともと疲れてたってのもあるけど。


「アミメキリンちゃんに呼び名を考えてほしいって言われて考えたら疲れた。ちなみに”リン”ってつけた。」

「いい名前じゃないか。さあ、ご飯食べようか。」


 そう言うとアオがジャパリマンを一個差し出してくれた。


 俺はそれを受け取ってその場に座り込む。そのままジャパリマンを食べているとアオが質問を投げかけてきた。


「グンのポーチに入ってるもう一つの武器ってどんなのなんだい?どんなものか分かれば戦う必要が出てきたときに合わせやすいからね。」


 これは自分のためでもあり俺のためでもあるのだろう。俺が使うものを知っておけば効率よくセルリアンとやらが排除できるし俺が彼女たちを傷つけずに戦える。


 俺はポーチから拳銃を取り出して見せる。


「これだよ、込めた弾を発射する武器なんだ。」

「へえ、興味深いね。実際に使ってみてくれないかい?」


 これを使うには弾とマガジンがいるんだがないんだ。見せてあげたいけど見せることはできないしこの先も使うことは無いだろう。


「見せてあげたいところなんだけど弾と専用の入れ物がないからこれは使えないんだ。多分この先も使うことが無いと思う。」

「そっか…それは残念だね。」


 そんな残念そうにされると心が痛むじゃないか。できないものはできないのだ。ごめんねアオ。


 そして俺はジャパリマンを食べ終える、今日は頭使いまくって疲れたからもう寝るか。と思った時である。


「ところでさ、グン。いつになったら見せてもらえるのかな?」


 へ?何の話だ?拳銃なら今見せたじゃないか。まさか!?


 俺はゆきやまちほーでの出来事を思い出す。まだあきらめてなかったのかよ…。


 でも見せればアオのが見られる…いやダメだ。付き合ってもいない女の子の体を見るなんて。


 考えている中ふとアオのほうに目を向けると服を脱ごうとしているのが見えた。きっとこう言いたいのだろう。「見せてあげてるんだから、ね?」と。


 俺はとっさに目を腕で覆い、アオに言う。


「やめてよアオ、付き合ってもないのにだめだよそんなの。」


 俺がこういうと潔く引き下がってくれた。なんか「いけず」って聞こえた気がするけど知らないぞ俺は。


「じゃあそろそろ寝ようか。」


 こう言ってアオが横たわったので俺もすぐ横で横になる。が一応釘を刺しておく。


「寝てる間にどうこうとか無しだからね?」

「そんなことしないよ、言ったじゃないか。見せてくれるときは見せてあげるって。」


 なんか不安だがこの感じなら大丈夫だろう。それに寝ている間であっても服を脱がされ始めればさすがに目が覚めるはずだ。


「信じるからね?じゃあおやすみアオ。」

「うん、おやすみ。」


 その返事を聞いた俺は頭を使った疲れからか、すぐに眠りについた。

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