第226話 おっさん、告白する

 戦いに勝ちイリスを前に俺のコアは沸騰した。

 血が吸いたくて堪らない。

 ヘルメットを脱ぎ捨て、イリスを押し倒し首筋に牙を押し付ける。


「やめて」


 俺はその一言で少し我を取り戻した。

 長く持たない。

 廃城の壁を突き破ると森で動物を探した。

 熊のモンスターがいたので押し倒し、首に噛みつき血をすすった。

 どれぐらいそうしていただろう。

 熊のモンスターの鼓動は聞こえなくなっていた。


 そして、完全に我を取り戻した。

 なんでこんな事をしているんだ。

 アイテムボックスには血がまだあるじゃないか。

 血の渇きに負けてアイテムボックスの存在を忘れたのか。

 完全に理性の敗北だな。


「ヴァンパイヤだと知ってはいたけど、ヴァンパイヤらしさを見たわ。一時期はもしかしたら人間だと疑ったのよ」


 いつの間にかイリスが背後に立っていた。


 ヴァンパイヤではない。

 俺は人間だ。

 少なくとも心はそうだ。

 そんな目で俺を見ないでくれ。


「実は元人間だ。生前の記憶がある」

「それは辛いわね」

「今でも心は人間だと思っている。人間に戻る方法はあるんだ。しかし、人間戻ると復讐が果たせない」

「人間を捨ててまで果たしたい復讐って何? そんなものがあるの。もうその時点で人間とは言えないんじゃないのかな」


 そうか、俺はモンスターに心を支配されていたんだな。

 この機会に人間に戻るか。

 そう言えば選択を間違えるなと言われたな。

 今が選択の時なのか。


 人間に戻れるのは一度きりだ。

 よく考えないと。

 はっ、考えるなんて考えてる時点で選択の時じゃない。

 そうに違いない。


「ある存在に選択の時を間違えるなと言われた。今が選択の時だとは思えない。俺は皇帝を倒したい」

「それじゃ、私と目的は一緒ね。モンスターに身も心もならないように、私が人間の楽しみを教えてあげるわ。まずは食事ね」

「血以外、味がしない」

「それが本当だとしても、肉はどう。血を含んでいるから、食べられるんじゃない。肉料理も沢山あるわよ」

「そうだな。挑戦してみるか。食べる事を忘れたら、人間らしくないものな」


 俺とイリスは村の酒場で祝杯を挙げた。


「どう、ガーリックステーキの味は」

「うん、少し美味い。血が滴るようなレアだともっと美味いかも」

「血で作ったソーセージもあるわ」

「おう、これは美味いな。これが好物になりそうだ」


 俺は少し人間を取り戻した気がした。


「次は演劇よ。この村に小さい劇団が来ているんだって、見ていかない」

「そうだな。娯楽なんてのも忘れてた」


 ゲームは暇つぶしに少しやったけど、遊ぶ事を忘れてた気がする。


 劇団は5人の役者の集団で、演目は三角関係の恋物語だった。

 村に来るぐらいだから、お世辞にも上手いとは言えない。

 しかし、こういうのもいいなと思った。

 少し人間らしくなった気がする。


 村を出て馬車をアイテムボックスに収納する。

 イリスは馬に乗り、俺はスクーターにまたがった。

 風を切る感覚が気持ちいいのはヴァンパイヤも同じだ。


「新しく獲得した能力を試したい」


 到着した野営地で俺はそう切り出した。


「能力に溺れてはだめよ。人間である事を強く意識しないと」

「ああ、分かっている」


 真祖のヴァンプニウムを検証する事にした。

 真祖のヴァンプニウムは日光に耐える。

 昼間、陽の下を歩いても煙がでない。

 劣化はするけど許容範囲だ。

 昼間だと幾分パワーは落ちるがな。


 それと完全に動物に化けられる。

 コウモリの群れに化けるなんて事も出来る。

 分身を制御できるのだ。

 霧にもなれる。

 ただし、コアはむき出しだが。


 真祖の力は凄い。

 石なんか簡単に握りつぶせる。

 鉄も潰せる。

 ドラゴンと肉弾戦が出来る。

 スキルなしで砲弾にも耐えられる。

 それにコアを潰されない限り、即座に回復できる。

 この世に俺以上強い生物はいない。


 俺は全能感に浸った。

 敵なしだ。

 そうじゃない。

 敵は人間。

 それも違う。

 モンスターの意識の引きずられないって事が、本当に負けない事だ。

 そうだろう。


 全能感に浸ってる場合じゃない。

 これでは人間と言えない。

 人間はもっと悩むものなんだ。

 モンスターの意識と戦おう。

 そう心に誓った。

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