第151話

 翌日、再び話し合いの場を設けた一同は結論として秋彦を味方につける事にした。すなわち、恭弥の知っている事を全て話し、関係者の中で一番強い千鶴に桃花を護衛してもらうのだ。


 そういう事で、椎名姉妹経由で秋彦を狭間家へと招待し、話しをしている最中だったのだが、秋彦の表情は終始険しかった。


「つまり、現状一番危険なのは桃花なんです。なので、表に出られない千鶴さんにこの家で桃花を護衛してもらって、その間に俺達は先んじて冥道院を殺そうと思うんです」


 説明の結びとしてそう言った恭弥だったが、やはり感触は良くなかった。秋彦は難しい顔をして茶をすすっている。


「一応、全部話したつもりですが、何か質問があればきちんと答えます」


 恭弥は秋彦のその態度が、自身の説明下手からくる疑問の表情だと誤解したが、どうやらそうではないらしい。


「いや、そういう訳ではない。君は自分が荒唐無稽な話をしているという自覚はあるかね?」


 その発想はなかった。確かに、いきなり時を遡れるだの、桃花の死が確定しているだのと言われて信じる事が出来る方がおかしい。


 桃花を始めとする女性陣が疑問に思う事なく信じてくれたのはこれまでの信用があったからだ。秋彦と恭弥の間にはそれがない。


「でも、本当の事なんです! 信じてください!」


「仮に君の言う事が本当の事だったとして、千鶴女史がウチの娘を守りきれる保証がどこにある? その冥道院なる妖は特級なのだろう。しかも、開祖が使用したとされる未知の術を使用するそうではないか。陰陽術を得意とする彼女とは相性が悪いのではないか?」


「それは……」


 確かに、千鶴が得意とする汎式はんしき陰陽術は開祖が生み出した陰陽術を素養のあるものであれば誰にでも使えるように整備されたものだ。

 対する冥道院は汎式から一歩遡った蟲術むしじゅつや、開祖が禁術とした祝姫を使用している。相当に汎式陰陽術の造詣が深くなければ使用出来ないだろう。そうした人物であれば、汎式の穴を突かれてしまう懸念はある。


「確かに、秋彦さんの懸念はもっともです。実際に戦った事はないのでなんとも言えませんが、聞いた限りでは相性は悪いでしょう。ですが、特級として死力を尽くすと約束致します。それではいけませんか?」

 千鶴の問いかけに秋彦は首を横に振る。


「死力を尽くすでは足りないのだ。求められるのは結果だ。それに、私が一番引っかかっているのは君の過去に意識を戻すという異能だ。決定的な証拠となるのに何故今使用して見せない。何か使えない理由があるのかね?」


「その……結局は元の俺の異能なので、俺自身は使い方がよくわかってないんです」


「話にならないな。そのような不確かな情報で娘を他家に預ける訳にはいかん」


「そんな……!」


「だが、桃花の身に危険が迫っているという事は信じよう。桃花は我が家の結界で守る」


 話し合いはそれで終わってしまった。


   ◯


 結論から言うと、二周目の世界は失敗した。秋彦との話し合いの日以降、桃花は自宅に軟禁される形で保護された。だが、一周目の世界で言う所の退魔師能力検定が行われた日に、冥道院が椎名家を強襲、桃花は奪われ、白面金毛九尾の狐の依り代となった。


 恭弥は依り代となった桃花の意識を取り戻す過程で命を落としてしまった。雷斬に喉を切り裂かれ、溢れ出る血でうがいをしたのが最後の記憶だった。


「――はっ!」

 意識が戻ると、見慣れた光景が目に飛び込んできた。白い天井に壁にかけられた安物の黒い霊装、間違いない、ここは自室だった。


 スマホの電源をつけて時刻を確認する。すると、今の日付は二周目の開始時刻から一日経った日の深夜である事がわかった。つまり、桃花達に事情を説明した日の深夜だった。


 恭弥は慌てて階段を下りた。そして、部屋を回って全員を起こした。恭弥の鬼気迫る表情に一瞬で目を覚ましてくれた一同は、再び居間へと集まり恭弥の話しを聞く流れになった。


「一体全体何があったんですかー。すごい怖い顔してましたけど」

 神楽の問いかけに恭弥が話し始める。


「夜中に起こしてすまない。実は、今さっき二周目の世界から戻ってきた」


 その一言で空気が変わった。ピリっと張り詰めた空気の中、全員が恭弥の続く言葉を待つ。


「今日の話し合いが終わった後、秋彦さんを呼んで事情を説明したんだけど、納得してもらえなくて桃花は椎名家で軟禁される事になったんだ。そしたら、冥道院に襲われて依り代になった。で、俺はその桃花に殺されて戻ってきた」


 この言葉に反応したのは千鶴だった。


「妙ですね……恭弥の話しでは過去に戻れる地点に楔を打つのですよね? 二周目のスタート地点は昨日の昼頃だったはず。楔を打つ場所が変わっていないのであれば昨日の昼に意識が戻るはずです。なのに、今回はスタート地点が遅れている。何かしましたか?」


「いや、特には何も……」


「であれば、もう一人の恭弥が何かしたと考えるのが妥当でしょう。やはり、彼には恭弥にさせたい何かがあるのではないでしょうか」


「かもしれません。でも、どの道失敗したんです。今回は別の方法を取らないと……」


「父にはなんと言ったのですか?」


 桃花の問いかけに、恭弥は覚えている限りの秋彦との話し合いを伝えた。すると、桃花と神楽は納得といった表情を見せた。どういう事かと思っていると、桃花が説明してくれた。


「あの人は現実主義者ですからね。自分の目で見たものしか信じません。恐らく、恭弥さんが実際に過去に戻ったという証拠を見せられなかったので信じきれなかったのでしょう」


「チクショウ、そうか……確かに一周目の俺は秋彦さんに実際に過去に戻って見せてた」


「だから一周目の父はそれを信じて、わたくしを海外へとやったのでしょう」


「そうなれば、秋彦さんを頼るという選択肢は潰れましたね。恭弥、桃花さんが冥道院に襲われる日時はわかりますか?」

 千鶴の問いかけにカレンダーを見る。


「7月の21日です。なんで、大体今から一週間後ですね」


「そうですか。では、ここは少し強引ですが、その日が近くなれば桃花さんには行方を眩ませてもらいましょう。我が家の地下に籠もってもらいます。私が隠形の術を使用すれば少なく見積もってもXデーまでの時間は稼げるはずです」


「そうしましょう。念の為それまでの間も桃花の周りには俺らが護衛としていて、その日が近くなったら神楽は俺の家で寝泊まりしてくれ」


「近くなったらなんて言わずとも今からでもいいですよー」


「アホ、それじゃ自宅にいる桃花は誰が守るんだよ」


「んもう、冗談ですよ。そんなに怒らないでください」


 話しが決まり始めた段になって、文月が控えめに「その……」と意思表示をした。


「ん? どうした、なんでも言ってくれ」


「桃花様の身を一番に案じるのであれば、期日が近づくまでの間恭弥様も桃花様達の家で寝泊まりされてはどうかと……」


「その手があったか!」


「じゃあそうしましょうか。恭弥さんなら大した理由がなくても暫く泊めてくれると思いますし。ついでに父様と仲良くなっちゃいましょ」


「今後の事を思うと実際そうした方がいいだろうな。よし、じゃあ明日から早速そうしよう」

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