第124話
無事立派な寝床を作り終えた恭弥達は、ついでに作った更衣室で男女に分かれて神楽が持ってきた水着に着替えている最中だった。
火も起こし終え、水分補給用のヤシの実も潤沢に集め終えた。後は海を楽しみながら夕食の魚を獲れば万事オーケーという状況だった。
男の着替えなど数分もあれば事足りる。先に着替え終えた恭弥は、一足先に海辺に行って水面の様子を確認した。
どこまでも透き通ったスカイブルーのその奥に目をやると、白い砂が波の押し引きの度に揺れ動き、水に付けた足に爽やかに触れてきた。
「すげえ綺麗な海だな……普通にバカンスで来たかった……」
夕暮れも近いだろうに、未だ西日が燦々と照りつけ、肌をジリジリと焦がしていた。それがまた、南の島に来たのだという事を強く実感させた。
「きょ、う、や、さーん!」
いい感じに黄昏れていたというのに、雰囲気をぶち壊しにするように大声を出しながら神楽がこちらに向かって走ってきたのがわかった。
やれやれと思いながら振り返ろうとするよりも先に、走ってきた勢いそのままに神楽が思い切り身体をぶつけてきた。
「おぶっ!」
見事に態勢を崩した恭弥は顔面から海へとダイブしてしまった。微妙に水深が浅いせいもあって、真下の砂浜が身体を打つ。
「ありゃ、倒れちゃった」
すぐさま身を起こすと、ちょうど神楽が身をかがめて見下ろす態勢になっていたようで、眼前に水着に包まれた彼女の立派なものがあった。それに少々気勢をそがれながらも、
「……ありゃ、じゃねえよ。せっかく人が黄昏れてたのに台無しだよ! お前はもうちょっと落ち着きを持て!」
言う事は言わなければ彼女は反省しないと思いそう言った。
「まだ黄昏れるような時間じゃありませんよー! 南の島はこれからです!」
言ったところで反省しない彼女にまったく、と思いながらも改めて神楽の水着姿を観察する。
黒の三角ビキニを着た神楽は、そのグラマラスな肢体も相まって正直目のやり場に困るほどだった。布の面積が少ないのは奔放な彼女の性格を反映しているようだった。
「まあ、なんだ……水着、似合ってるよ」
男性の礼儀として褒めたつもりが、何を勘違いしたのか神楽はその言葉を聞いた途端ニマニマといやらしい笑みを浮かべてこう言った。
「なんですかぁ、私の水着姿見てムラムラしちゃいました?」
「……お前にはがっかりだよ。エロい事しか頭にないのかな?」
恭弥は立ち上がりスタスタと寝床へと歩いて行った。
「あ、待ってくださいよー! 冗談ですってー!」
神楽はすぐに追いかけてきてピッタリと恭弥の横についた。そして腕を絡ませて「ごめんなさい」と上目遣いで言った。
「まったく……桃花と小春は? まだ着替えてるのか?」
「今来ると思いますよー。あ、ほら出てきた」
風になびく髪を抑えながら先に出てきたのは桃花だった。暗い藍色のコルセット水着を着た彼女の胸は、神楽の言っていた通り寄せて上げられている事で普段よりもワンサイズ上がっているように見えた。
胸の谷間部分にスニーカーに用いられている程度のサイズの白い紐が何本も左右に通っている。あれを締める事で寄せて上げているのだろう。機能的な事を考えてしまうと台無しだが、純粋にデザイン面にだけ目をやると、大人っぽい雰囲気の桃花に実によく似合っている。
「おー、すげえクール。神楽センスあるんだな」
「やっぱり姉さまに似合いましたね。絶対似合うと思ったんですよー」
「少し胸が窮屈ですが、こういうものなのでしょうか」
「寄せて上げるってくらいですからねえ、多少キツイのは我慢ですよ」
「ふむ。まあ、よいでしょう」
次いでこっそりと小春が出てきた。自信なさげにしている彼女は、この場で唯一神楽チョイスの水着ではなく、元から自分で持っていた水着を着たようだった。
そんな彼女が着ているのは比較的布面積の少ない、キャラメル色のタンキニだった。椎名姉妹が綺麗系の水着だとすれば、小春が着ているものは可愛い系だった。人懐っこい彼女の気質によく似合っているように思えた。しかし、
「どうしたんだよ、小春。そんなコソコソして」
「いやいや、お二人の水着姿見せられたらこうもなりますって。なんかキラキラしてますもん。ソレに比べてあたしなんて……」
と、気恥ずかしそうにしている。恭弥に言わせれば三人とも毛色が違うだけでどこに出しても恥ずかしくないほどの美しさを持っている。しかしそこは同性同士、何か感じるものがあるのだろう。恭弥にはわからないが、とりあえずフォローを入れておく事にした。
「小春もよく似合ってるぞ。可愛いじゃないか」
「いやいやあたしなんて……お二人に比べたら子供ですよ」
そう言った小春の視線は神楽と桃花の胸に向いていた。先程の桃花もそうだったが、女性は水着姿を披露すると途端に胸の大小を気にするものなのだろうか。それともこの二人が特別胸にコンプレックスを抱いているのだろうか。
確かに小春の胸は三人の中で一番小さいが、無い訳ではない。小さいが、しっかりと主張するだけのサイズはある。そんなに気にしなくてもいいのにと思うが、ここで余計な事を言ってしまえば機嫌を損ねかねないので恭弥は黙る事を選択した。すると、代わりに神楽が口を開いた。
「いいじゃないですかー、小春ちゃんぽくて可愛いですよ? 姉さまもそう思いますよね?」
全力で褒める神楽に対して桃花は、
「まあ、よいのではないですか?」
と、どこまでもクールに返した。姉妹の性格の違いがこんなところにも現れていて面白かった。とはいえ、褒められた事で小春も自信を取り戻したのか、常の明るい笑顔を見せた。
「姉さまもこう言っている事ですし、せっかくの海を楽しみましょー!」
神楽は小春の手を握ると、そのまま海へと引っ張って行った。100%バカンス気分の神楽を見て、なんだか肩の力が抜けた恭弥と桃花は、互いの顔を見やると小さくため息をついた。
「まあなんだ、俺達も行くか」
「あら、エスコートはしてくれないのですか?」
それは桃花なりの冗談のつもりで言ったのだろう。彼女も彼女なりに、今この時間を楽しもうとしているのだ。それを察した恭弥は、すかさず桃花の前に膝をついて差し出された手を握った。
「これでいいか、お嬢様?」
「ええ、結構です」
握りしめたその手をそのままに、二人は優雅に海辺へと向かった。
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