第70話

「恭弥がいないと退屈ですねえ」


 ポリポリとソファに寝そべりながらせんべえをかじっている千鶴が言った。その視線の先には昼の情報バラエティ番組を映すテレビがあるが、惰性で視界に入れているだけで内容の一割も頭に入っていないのは明白だった。


「神楽様と定山渓に行っているそうですね。日頃の疲れを湯治で癒やすそうですよ」


 ダラダラしている千鶴に反して文月は洗濯カゴを両手に忙しそうに家事を行っている。


「そんなのどうせ建前ですよ。今頃は二人でよろしくやっている事でしょう。いいなー私も温泉にゆっくり浸かってマッサージとかしてもらいたいものです」


「マッサージでしたら覚えがあるので、私でよろしければ施術しますが、どうされます?」


「本当ですか? それではお願いします。あ、手が空いたらで構いませんからね」


「かしこまりました。でしたら、洗濯物を干し終えましたら行いますのでご準備をお願い致します」


「はーい。しかし言ってみるものですねえ。文月さん様様です」


 千鶴が文月のマッサージを楽しみに待っている頃、椎名家では桃花が不機嫌そうに執務をこなしていた。


「今頃は神楽と……」


 桃花は親指の爪をカリっと噛んだ。苛つきを抑えられない時に度々行ってしまう。子供じみているとは思うが、なかなかやめられない癖だった。


「っつ……!」


 痛みを感じて指に目をやると、どうやら強く噛みすぎてしまったようだ。血が滲んでいた。ティッシュで血を拭うと、桃花はふぅとため息をついた。


「よくありませんね。妹に嫉妬など。恭弥さんが見たらなんと言うか……気晴らしにでも行きますか……」


 桃花はスマホを取ると、英一郎に電話をかけた。


「よし、二人共霊気の流れは理解したな。優秀だぞ。ま、俺の教え方が上手いってのがある訳だが」


「それ自分で言います?」

 清明は半眼でそう突っ込んだ。


「うるせ」


 英一郎が次の指導を行おうとしたタイミングで、よれよれのスーツの内ポケットに入れてあったスマホが鳴った。画面を見ると、桃花からの電話だった。


「っと、すまんな。電話だ。もしもし?」


『突然すみません。今よろしいですか?』


「おーどうした、椎名からかけてくるなんて珍しいな」


『いえ、少々暇な時間が出来たものですから』


「なんだぁ、狭間の奴にフラれでもしたか?」


『…………』


「お、おい。冗談で言ったんだから黙るなよ」


『笑えない冗談はよしてください。恭弥さんが推薦したというお二人とはもう会いましたか』


「ちょうど今指導してるところだ」


『そうですか。わたくしも見に行って構いませんか? 恭弥さんが推薦するような人物、興味があります』


「お前が他人に興味を持つなんてどんな風の吹き回しだ。陣営に取り込む気か?」

 英一郎は二人に聞こえないよう小声で言った。


『いえ、純粋に興味があるだけですよ』


「ならいいが……今さっき霊気の流れを理解したばかりのぺーぺーだぞ?」


『構いません』


「わかった。俺達は第二修練場にいる」


『わかりました。では、後ほど』


 通話が切れると、英一郎は面倒そうにため息をついて煙草に火をつけた。


「どうかしたんですか?」


 清明の問いに、英一郎はどう答えたものか悩んだ結果、こう言った。


「おっかないお姉さんがお前達の事を見に来るんだと」


「おっかないお姉さん? まさかあの銀髪の人ですか?」


「なんだ芦屋は知ってるのか。せっかく怖がらせてやろうと思ったのに。まさか土御門も知ってるなんて言わないよな」


「あたしは知りません。どんな人なんですか?」


「おじさんは立場上だいぶフィルターかかってるからな。芦屋に聞いた方がいいぞ」


「どんな人なの?」


「えっと、冷たい人、ってイメージかな。あの事件の時、俺の事を守ってくれていた……んだと思うんだけど、一切こっちを見なかったからよくわかんないな」


「ふーん」


「ま、冷たい人って評価は間違ってないかもな。あいつは一部の人間を除いてまともに取り合わないからな。そんな人間が気にかけてくれてるんだ。精々失望させないこったな」


「……なんかどんどんプレッシャーかけられてる気がするんスけど」


「あたし達だけ特別扱いされ過ぎな気がする……」


「ま、そんだけ期待されてるってこった。椎名が来るならちょうどいい。予定を変更して二人のスタイルを探るとしよう」


「スタイルってなんスか?」


「例えば俺は手足を硬質化させて戦うが、今のところお前らにその異能は見られない。だから、異能が発露するまでの間武器を使ってもらう事になる。その武器選びだ」


「あたし武器なんて使った事ありませんけど大丈夫ですか……?」


「そのための訓練だ。小屋を漁ろう。あそこには武器が腐るほどあるからな」


 三人は協会の武器保管庫へと向かった。広い室内に所狭しと並べられた武器の数々に清明と小春は目を奪われた。命を奪う事を目的に作られた品々は怪しい光を放っていた。


「この中から気になるのを一つ選べ」


「選べって言われても……何かおすすめとかないんスか?」


「心配すんな、大抵は武器の方が持ち主を選ぶ」


 英一郎の言葉を受けて二人はキョロキョロと見渡しながら部屋を歩く。


「あ、あたしこの武器が気になります」


 そう言って小春が手にしたのは、任侠映画でヤクザが使用している長ドスの形をした刀だった。


「……よりによってそれを選ぶか。まあいい、抜いてみろ」


 硬い木で出来た鞘から抜き放ち刀身を明かりに照らすと、独特の嫌味が感じられた。


「この刀、なんか変わってますね。日本刀っぽくないです」


「気付いたか。そいつには通常の日本刀に見られる遊びが無い。攻撃的な直刃で、銘も刻まれていない。いわゆる人斬り包丁だ。由来も出処も不明。だがよく切れる。切れ過ぎるくらいに切れる。その不気味さから一度手にした人間はすぐに保管庫に戻すといういわくつきの物だ」


「ええ……そんな物気になっちゃったんですか」


「どうも使ってる内に使用者の攻撃性を増幅させる効果があるらしい。だが、武器としての出来は一級品だ。もし本当に武器に呼ばれたのだとしたら何か意味があるはずだ。とはいえ、お前の不安はわかる。もし使っていく内にヤバいと思ったら俺が取り上げるからとりあえずはそれを使ってみろ」


「うぅ、怖いなあ。本当に頼みますよ?」


「そう心配すんな。芦屋は見つかったか」


「うーん……よくわかんないスけどこれなんてどうですかね」


 そう言って清明が適当に掲げたのは名刀正宗だった。


「おいおいマジか。お前ら揃ってすげえ武器に呼ばれたな」


「これそんなすごい刀なんですか?」


「一般人でも正宗って刀くらいは知ってるだろ。それだ」


「え、正宗って、あの? 博物館とかに置いてあるやつですよね」


「それだ。博物館に置いてるのは精巧に作られたレプリカだ。本物は決して刃こぼれなんかしないし、錆びたりもしない。刀そのものが霊力を持ってるからな」


「へえ……」


「試しに抜いてみろ。抜けたら本物だ」


 言われて清明は正宗を鞘から抜き放とうとするが、どれだけ力を入れても抜けなかった。


「これ接着されてるんじゃないスか。全然抜ける気がしないんスけど」


「まあ、流石に抜けないか。そいつは刀が認めた相手でなければ抜けないようになってるんだ。でも持てるだけでもすごい事なんだぞ。貸してみろ」


 清明は英一郎に正宗を手渡した。すると、英一郎が柄を握った瞬間バチっという弾ける音と共に正宗は床に落ちてしまった。


「普通はこうなる。刀に拒否されるんだ」


「そんなすごい刀なのか……」


「ま、武器が決まったら戻るぞ。そろそろ椎名が着いてる頃だ。ああ、武器はそのまま持っていっていいぞ。持ち出しの契約は俺がやっとく」


 三人は第二修練場へと戻った。

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