第59話

「生きてるかー狭間」


「英一郎さん……なんつー美味しいタイミング」


「軽口叩く余裕があるようで何よりだ。立てるか?」


「お陰様で」


「ならよし! 動き止めろ。俺が仕留める」


「了解です! 臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前! 星の導き、天は雷、雨を晒したその先に光あれ。地水縛ちすいばくじゅ!」


 恭弥の手に水の力を纏った霊力の糸が生み出された。糸を操り、キメラの身体を絡みつかせると、地の力を借りて地面に固定する。


「よーしいいぞ。石下灰燼流……」


 英一郎が爆発的な速度でキメラに肉薄する。そして、速度そのままに石化させた右拳をキメラの心臓に撃ち込んだ。


 打ったではなく撃ったのだ。およそ人体が出せるスピードの限界を超えた速度で撃ち込まれたその一撃は、果たしてドパンという水風船が弾けるような小気味よい音を立ててキメラの胸に風穴を開けるに至った。


 ぐちゃりとそれまでキメラの体内に在った心臓が遅れて地面に落ちた。


飛火とびひばな……ってな」


 英一郎は加速で燃え尽きてしまった煙草を携帯灰皿に入れて、新しく懐から煙草を取り出し火をつけた。不味そうに吸うとプハーと煙を吐き出した。


「流石です。英一郎さん」


「んー? 伊達に年上やってねえよ。早いとこ狭間も強くなっておじさんに楽させてくれ」


「俺の退魔師としての実力は頭打ちですよ――危ない!」


「何!?」


 仕留めたと思われたキメラはしかし、起き上がり、気色悪くヌメった触腕を英一郎に突き出した。英一郎は咄嗟に後ろに飛び退き難を逃れたが、肝が冷える思いだった。


 更にどうした事か、先程体外に排出された心臓が蠢き質量保存の法則を無視して膨張を始めている。ぐんぐんと膨れ上がり、やがてそれはもう一体のキメラになった。


「マージか。ひょっとしておじさんやっちゃった?」


「最悪だ……時間ねえってのに」


 と、そこで一枚の式神が恭弥の元まで飛んできた。千鶴の分け身だ。二人の前で止まると、それは人の形を取り始めた。


 ゆっくりと透けた人体が色を持ち始め、最終的に妙齢の美しい女性が立った。流石に顔は能面で隠しているが、見る人が見れば千鶴である事は明白だった。


「ふふん。お困りのようですね」


「……なんだってこう大人は美味しいタイミングで現れてくれるんだ」


「やっぱり生きてやがったな、千鶴」


「なんの事でしょうか。私は恭弥のお助けキャラ月兎です。千鶴など知りません」


「あくまでそういうスタンスな訳ね。ま、なんにせよ助かった。子守しながらあいつの相手は厳しいからな」


「あ、そういう事言う。じゃあこの場は大人に任せちゃってもいいんですね」


「そうだな。急いでるんだろ? なんだか知らんがここは俺達に任せて行け」


「そうですね。すぐに片付けて後を追います。恭弥は自分のやるべき事をやりなさい」


「ありがとうございます。それじゃ、後は頼みます」


 恭弥は空中に足場を作り、清明の後を追った。


 それを見届けた二人は眼前の敵、もとい的に狙いを定める。どちらか一方でも安心感がとてつもないというのに、二人揃えば鬼に金棒、駆け馬に鞭。怖いものなどなかった。


「そういやあんたと一緒の現場は初めてだったな。最強の陰陽師の血筋の力、見せてもらうぞ」


「ですから私は月兎だと……まあいいです。二人がかりです。苦戦は許されませんよ」


「俺は右をやる。あんたは左を頼む」


「わかりました。臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前。八卦滅界門はっけめつかいもん!」


 キメラの周囲に「乾」「兌」「離」「震」「巽」「坎」「艮」「坤」を意味する八つの門が突き刺さった。地面に陰陽のマークが生まれ、そこを中心に全ての生き物が滅していく。


「おっかねえ術使う女だなあ。ま、おじさんも頑張りますかね。石下灰燼流……」


 英一郎が駆ける。一瞬にしてキメラの懐まで潜り込むと石化させた拳を撃ち込む。撃ち込む。撃ち込む。これでもかと撃ち込む。


 やがてキメラはその形を保てなくなり、びちびちと周囲にキメラを構成していた肉の破片が飛び散っていった。そうして、最後の一撃を撃ち込んだ時にはキメラの胴体は跡形もなくなっていた。


「――みだれざくら。流石にこんだけ細かくすりゃ復活出来ねえだろ」


 果たして一瞬の内に二体のキメラを屠った二人だったが、その表情は優れなかった。


「勘弁してくれ。残業確定かよ」


「恭弥がここを離れたのは幸運でした。流石にアレを相手にするのは骨が折れるでしょう」


 二人の視線の先には群れをなして大挙するキメラの姿があった。パッと見ただけで十や二十ではきかない数がいる。


「しゃーない。やるとしますか。あれを街中に連れ込む訳にゃいかんしな」


「早く片付けましょう。恭弥が心配です。無茶をしていないといいのですが……」


「あんたそんなに過保護だったのか?」


「可愛い弟子を心配するのは師の務めですよ。あなたも弟子が出来ればわかります」


「どうだかな。男なんて案外放っといても勝手に成長するもんだぜ?」


 フーっと英一郎は煙を吐き出す。そして首をポキポキと鳴らして迫りくるキメラに備える。千鶴も丹田に気を込め直す。


「さて、無駄話は終わりだ」


「ですね。では先鋒は私が。臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」


 空中に「乾」「兌」「離」「震」「巽」「坎」「艮」「坤」を意味する八つの門が生まれた。筒型の形状を取ったそれはゆっくりと回転を始めた。


八卦はっけえん獄門ごくもん!」


 千鶴の言葉と共に全てを溶かし尽くす地獄の焔が放たれた。キメラの先頭集団に直撃したそれは当たったもの身体をズブズブと融解させた。


「よーし次はおじさんの番だな。れん気衝きしょう撃っちゃうぞ」


 石化させた拳を電光石火の速さで次々と繰り出していく。霊気を乗せた拳圧が次々とキメラの頭を潰していく。しかし、


「あーアホくさ。数多すぎだろ。倒しても倒しても出てきやがる」


 拳の石化を解くと、終わりの無い援軍にため息をつきながら、英一郎は吸い終わった煙草を携帯灰皿に仕舞う。


「ぼやいてる暇があったら手を動かしてください。距離を詰められたら厄介ですよ」


「へいへいっと」

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