第11話 始動/指導/私憧
▲▲スノウ▲▲
「スノウ、まず自分の部屋で身支度整えてきて。これ以上アキラに減滅されたくないでしょ?」
アイにそう言われて借りている自室で顔を洗って、身体を拭いて、髪を梳かしてから服を着直す。そして装備を着けてからアイの部屋に向かった。
トントントン
3回ノックしてから声を掛ける。
「アイ~? アタシだけど~?」
中で人の動く気配がする。アキラにコツを教わってから、このくらいの壁越しなら結構簡単に気配が読めるようになった。
すぐに部屋の扉が開く。
「ようやく見られる格好になったわね。さ、入って」
アイが廊下の左右を確認してからアタシを招き入れて扉を閉め、鍵をかけた。何かを妙に警戒してる?
「で、何なのよ、話って?」
「それを話してくれる人がもうすぐ来るからちょっと待って」
「?」
トントントン
アタシが首を傾げるのと同時に、閉められている窓の鎧戸がノックされる。って、ここ、2階なんだけど!?
それに気付いたアイが窓を開けにいく。
「ちょっと、アイ!?」
「大丈夫、待ち人が来ただけよ」
少しの躊躇もなく窓を開けるアイ。その窓の向こうには……誰もいなかった。
えっ!? 確かにさっき叩いた音がしたわよね!?
「えぇと、アイ? 今のは何だったの?」
「だから、事情を説明してくれる人を招き入れたの」
アタシの問いに、少しニヤニヤしながらアイが返事をしてきた。
「どこに?」
「そこ♪」
アイが指差したあたしの左に視線を向けると……
「よ! さっきぶり!」
「きゃあっ!?」
赤髪の青年と少女の2人組が立っていた。あまりに唐突な登場に、思わず悲鳴をあげて飛びずさってしまうアタシ。
その2人は当然、アキラと、さっき紹介されたシアだ。
「すまん。少しイタズラが過ぎたか。スノウにも話しておきたい事があってアイに手引きしてもらったんだ」
苦笑しているアキラにニヤニヤしているアイ。アタシはアイを睨む。手を頭の後ろに組んで視線を逸らし、吹けない口笛を吹くフリをするアイ。こんのぉ~!
「で、なんなの? 話しておきたい事って」
「ロイド達の事よ」
さっきとは打って変わって、真剣な表情でそう告げるアイ。
「ロイド達は私達をゴブリンの生け贄にしようとしていたの。それをアキラに救われたのよ。気付かなかった? 昨日のロイド達の装備、ゴブリンを突破してきたにしては綺麗過ぎだったと思うけど」
あの時ちらっと違和感を持ったけど、アイに言われて合点がいった。確かにそうだ。夜、街に入れないのに、装備が明らかに綺麗だった。
「それに証拠もあるの。アキラが調べてくれたのよ」
アイがアキラに視線を送ってアキラが頷くと、あたしの目の前に、向こう側が透けて見える四角い板のようなものが現れた。
「なんっ?! 何なのこれ!?」
「私もそうだったから無理もないけど、今は落ち着いてこの中に映るものを見て」
「え、ええ……」
アイの冷静なツッコミに、取り敢えずその四角の中を覗き込む。
映ったのは冒険者ギルドの入り口。他の冒険者が開けた扉から滑るように中に入って、凄いスピードで2階へ。そしてロイド達が閉めかけた扉の隙間からギリギリ滑り込んで一番奥のギルド長の部屋へ。その時出てしまった音をロイド達が誰何してからロイド達とギルド長の話が始まった。
映し出されたものを見終わったあたしは、部屋を出ていこうと踵を返した。
「待ってスノウ! 1人で殴り込んでも何にもならないわよ!」
「あの2人! いけしゃあしゃあと『無事だったか!!』とか『よく無事で!』とか言って! 一発ぶん殴らないと気が済まないわよ!」
殴り込みに行こうとするアタシをアイがあたしの腕を取って引き止める。だけど頭に血が上っているあたしはその手を振りほどこうとする。
「待つんだスノウ。ちゃんとぶん殴る機会は用意するから、俺に免じて今は抑えるんだ。策はある」
うっ……流石にアキラに止められては抑えない訳にはいかない。それに、アキラがその機会を用意出来る策があると言ってるのだから、それに乗った方が確かだろうし。
「……分かったわ。アキラがそう言うのなら信じる。話を聞かせて?」
アキラの話は、街周辺のほとんどのゴブリンをアキラ1人で壊滅させた後、わざと残した1集団を囮にしてギルド長とグルになっていたヤツラを罠にかけるというものだった。
なるほど。最終的にはこの街周辺にはゴブがいなくなるし、ろくでもない事していたヤツラに意趣返しも出来る。
何より、しばらくの間アキラが鍛えてくれるのがいい! 今回出遅れた分を取り戻すチャンスだわ!
「アキラの話は分かったわ。1人で騒ぎ立てるより、しっかり意趣返し出来そうね。あたしも協力する」
「よし、それじゃ、これを渡しておく」
アキラがどこからともなく頭に着ける防具のような物を取り出し、あたしに渡してきた。何よコレ?
「これは?」
「これは
な、なんかすごいものでたーー!?
アキラの手招きに従って近付くと、その装備をアタシの頭にそっと当てがってくれる。
「コマンド。
アキラが何事か呟くと、程よく頭を締め付けられる感触があった。
「使い方を説明するからよく聞いてくれよ」
アキラの
すごい! これなら不意討ちも受けないし、いつでもアキラと話せるわ!
「よし、大体覚えたな? それじゃ、俺とシアは自分達の宿に戻る。昼飯を食ったら西門の外でシアの訓練をしてるからな」
アキラがそう言って身を屈めると、シアが近寄ってアキラの首に手を回す。そしてそのシアをアキラが左手一本で抱き上げる。
嬉しそうにアキラの首元に顔を
アキラはそのまま立ち上がると、来た時と同じように姿を消して窓から出ていった。今度はアキラが何処にいるか分かるけど。
アキラが出て行ってからアイが窓を閉めてこちらを振り返った。
「私達もギルドで昼食取りながら他のパーティーの女の人にそれとなく注意を促すわ。手伝ってよね?」
△△アイ△△
部屋でアキラとの話を終えてから、私とスノウは冒険者ギルドへと向かった。
私達はギルドに入ると、受付カウンターの職員に軽くお辞儀をして挨拶しつつ、併設されている食堂へと向かう。
昼の冒険者ギルドは然程賑わってない。普通、クエストを受けた冒険者は昼は働いている。今ここにいるのは、クエストとクエストの合間の休息日の冒険者か、好みのクエストを探している最中の冒険者くらいだ。
今、食堂にいるのは、朝、アキラ達の登録をしに来た時には見掛けていない2組のパーティーだけで、女性がいるのは1組だけ。
確か彼女達のパーティーは、私達と同じ男性2人と女性2人の構成だった。でも今は女性2人しかいない。
これはもしかして、アキラの見せてくれた映像にあった、ゴブリンへの食料配達をやりに行ってるんじゃないかしら? 少し話を聞いてみよう。
私はスノウに目配せしてから2人に声を掛けた。
「アーリェ、イレイナ、久しぶり」
「あ! アイにスノウじゃない! 受付のウィタさんに聞いたけど、何か大変だったんだって?」
私の挨拶に応えてくれたのがスノウと同じ軽戦士系のアーリェ。ランクは私達と同じEで、明るくで気さくに話しかけてくれる女性だ。
「そうなのよ。ゴブリンの巣の調査に行って、調子に乗って中に入ったら分断されて、もう少しでゴブリンの慰み物になるとこだったわ。ここ、いい?」
スノウが話題を引き継いで話し手を代わってくれる。そしてするりと同じテーブルの席に着く。こういうのはスノウの得意とするところなのよね。
「でもその代わり、彼に出会えたから良かったわ♪」
「あ、それもウィタさんに聞いた! 赤毛のハンサムさんに助けて貰ったんだって? で、その彼は?」
「さっきそこで別れたんだけど、宿を取りに行くって。昼からは西門の外で訓練するって言ってたわ」
「へぇ~! 今日は休みだから、ちょっと見に行ってみようかな?」
「アタシ達もお昼食べたらそのつもりよ。一緒に行く?」
「いくいく! イレイナは?」
「私も興味あります。ご一緒しても宜しいですか?」
「もちろんよ♪ ところで、男2人は?」
「アインツとツヴェイはギルドからの指名で配達クエに行ってるわ。明日の夕方には戻るって」
やっぱり。つまり、アインツとツヴェイもギルド長の手下側という事ね。片道1日なのは、隣の村まで行ってると見せかける為ね。
これはこの2人に注意を促しておかないと。
食堂の給仕に料理と飲み物を頼んでから、噂話をするようにゴブ養殖の件を伝えてみる。
「そういえば噂で聞いたのだけど、辺境だとギルドの仕事確保の為に魔物に生け贄渡してるというの、本当かしら?」
私の言葉に顔を見合わせる2人。そして、今までよりも小さな声で訊ねてくる。
「アイ、もしかしてロイドやアルベルトを疑ってるの?」
「少し気になる事があって…… 私とスノウが街まで帰ってきた時、門のところで2人が出迎えてくれたのだけど、2人共妙に装備が綺麗だったのよね。ゴブの群れを突破してきた筈なのに」
再び顔を見合わせる2人。その顔には疑念の色が浮かんでいる。上手く注意を促せたようだ。
「私の気にし過ぎで済むのならいいのだけど…… あ、料理が来たわ」
給仕が料理を運んできたから、一旦この話は終わらせて、他愛もない話をしながら舌鼓を打つ。身体を使う冒険者用の食堂だから、濃い味付けでボリュームもあるけど、私は朝食を食べたから軽いもので済ませた。
食事を済ませた私達は、食器を返してから冒険者ギルドを後にした。
「それじゃ、装備を整えてから西門へ向かいましょ」
◆◆アキラ◆◆
アイの部屋を辞した後、俺とシアは昨日とは違う宿を取ってから食事をし、現在西門の外で武器の訓練をしている。
何故西門かと言うと、ここが一番人通りが多いからだ。
宿から出た俺達を尾行している輩がいるが、
これだけ人目が多ければ下手なちょっかいは掛けてこられない。
こちらもRライフルやPブレードの訓練が出来ないが、シアにはまず基礎として、短剣術と杖術を教えようと思っていたので問題はない。
カッ! カッ! カッ! カッ!
木立に木の打ち合う音だけが響いている。シアと俺が手にしているのは、鉄の芯を入れて本物の同程度の重さにした木製の短剣。慣れてない奴に刃物持たせると危ないからな。
「よし、シア、そろそろ休憩しよう。しっかり休むのも訓練たからな」
「はぁ、はぁ、はぁ…… うん、分かった……」
MISEのセンサーに接近アラート。数は4+1。内、2人は登録済でスノウとアイ。+1は彼女達に付いてる尾行だろう。
「あっ! いたいた! アキラ~!」
「お~! お疲れ、2人共。そちらの2人は?」
「彼女達は私達と同じランクの冒険者で、アーリェにイレイナ。アキラの事話したら会いたいって言ってたから連れてきたの」
「そうか。初めまして、アキラだ。アイとスノウの2人には世話になってる。よろしくな」
敬語で喋るとナメられる事もあるからな。失礼にならない程度に留めて挨拶しておく。
「アーリェです! よろしく! 噂どおりハンサムさんですね、お兄さん!」
「イレイナです。よろしくです。アイ? お世話したの? どんな?」
アーリェは気持ちのいい喋り方をする娘だな。そしてイレイナは、ニヨニヨしながらアイに問い掛ける。あぁ、この娘は友人を弄るのが好きなタイプね……
「お、お世話って! 変な事してないよ!? って、私達、何かお世話した?」
「街に入る時に2人で現物買い取って、資金を融通してくれただろう? こっちの通貨の持ち合わせはなかったから随分と助かった」
「「100倍返しされたのって、お世話した事になるのかな(かしら)……?」」
「「100倍返し?」」
アイもスノウも、たまに余計な事をポロリと洩らすよな……ここは強引にでも話題を変えよう。
「いいんだよ。俺が助かったんだから。それで、どうする? 訓練するか?」
「「お願いします!!」」
おぉう……やる気が漲ってるな2人共。
なら、しっかり稽古を付けてやるか。
「なら、まずはスノウからにしようか。スノウはいつもの剣でいいぞ。俺はこれを使う」
俺が手にしたのは木刀。"洞爺湖"とか"浅草雷門"とかも彫ってない、只の木刀。
「木の剣!? さすがにそれで真剣の相手は危ないわよ!?」
「心配しなくても、今のスノウじゃ掠りもしない。攻撃外したらこいつで尻をペシペシするから、尻を大きくしたくなかったら本気でやれよ?」
「お、お尻!? そ、そういうのは部屋で……」
そういう趣味だったのかお前さん……
よし、ここは華麗にスルーだ。
「何か言ったか?」
「い、いえ、何でもないわ! よぉし! いくわよ!!」
2本のセイバーを抜いて構えるスノウ。一方こちらは木刀を握った左腕をだらりと下ろした自然体。
5m程離れて対峙しているが……
「くっ……隙だらけに見えるのに打ち込めない……」
ほう。これに釣られないだけの腕はあるのか。下から2番目のランクとは思えないな。
俺は睨んでないが、睨み合っていても訓練にならないからこちらから行ってやろうか。
「スノウが来ないと訓練にならないだろうに……なら、俺から行くぞ?」
「っ!」
カンッ!
スッと近付いて木刀で下から上に切り上げる。それをスノウが剣をクロスさせて受けようとしたところを弾き飛ばし、正面が開いたところでそのまま振り下ろして頭の上で寸止めする。
「うっ……」
「スノウ、受け止めようとするな。君は素早さが武器なんだろう? この場合は相手の攻撃の始点側、つまりスノウから見て右に半身で避けるんだ。相手が人型なら、武器の持ち手の外側には攻撃し辛い。そこに身体を滑り込ませて避けながら自分の武器だけ突き出しておけば、無用な危険を避けながら攻撃出来る」
「なるほど……もう一回お願い!」
スノウから感じる雰囲気が変わった。今ので手加減無用を分かってもらえたようだ。
今度は双剣を左右に開いて両下段に構え、正面から飛び込んでくる。なるほど、思い切りも判断もいい。これなら最後の一歩まで自分の動きを相手に読ませない。さっき教えたように、俺の左手側に滑り込むのか、そう思わせて俺が武器を持っていない右手側にすり抜けながら切りつけるのか。選択肢が増えた分、相手は判断に戸惑う。
まぁでも、これにも欠点はある。
俺は左手の木刀を脇構えにしてスノウと同じように正面から突っ込む。
意表を突かれたのかスノウの動きに一瞬の戸惑いが表れる。そう、正面を開けている分、相手との間合いに注意が必要になる。だから、自身が思ってもない行動を取られて間合いをずらされると戸惑って隙が出来たりする。
だが、その隙も一瞬だった。
「ハァッ! ハッ!」
牽制を兼ねてスノウの左の剣が切り上げられると同時に右の剣も振り上げ、全身を大きく捻って渾身の2連撃を打ち込んでくる。丁度、巨人を駆逐する皆さんがやるような攻撃だ。
うむ、いい攻撃だ。これが俺じゃなく普通の人間なら躱すのは難しいだろうな。
俺は左足を半歩外側に踏み込んで、身体を捻って木刀で2つの刃に追い打ちを掛ける。スノウが勢い余って前のめりになったところで、更に身体を捻って1回転。そして……
ペシッ!
「きゃう!?」
スノウのお尻を軽く叩く。えらく可愛らしい悲鳴を上げるスノウ。
「俺の動きに対する反応といい攻撃の鋭さといい今のは中々良かった。だが、些か全力攻撃過ぎたな。次の動きも考えながら動くように。特に自分と同等以上が相手だと、
「わ、分かったわ。もう一本お願い!」
それから何本か仕合った後、スノウを休憩させた。何度かお尻ペシッをする内に、スノウの表情に恍惚としたものが混ざり始めたし……
「さて、それじゃ次はアイだな。杖と短剣ならどっちがいい?」
「そうね……今日は杖の方をお願いしていい?」
「分かった。アイは魔術士なんだから、相手を倒すというより自分の身を護る為の扱い方を覚えるという事でいいよな? 倒すのは魔術を使えばいいんだし」
「えぇ、それでいいわ」
訓練の方向性を決めたところで実践に移ろうとした時、見学者の方から手が上がる。
「はい。私も、参加していい?」
イレイナが飛び入り参加を希望してきた。その意気やよし。
「いいぞ。後衛が自分で護身出来れば前衛も助かるからな。2人は杖での近接戦闘はあまりやった事ないよな?」
コクコクと頷く2人。
「ならまず、近接武器として使う場合の杖の基礎知識からいこうか。そこで暇そうにしているアーリェ君、杖とはどんな武器だ?」
仲間外れは可哀想なのでアーリェに振ってみる。
「えっ!? あたし!? えぇと、分かりません!! 普段使わないので!!」
元気があるのは結構。
「冒険者としてそういう相手もあり得るのだから、覚えておいた方がいいぞ?
元気娘のアーリェと休憩中のシア、スノウを含めて皆頷く。
「杖や棍の攻撃方法としては、殴打と突きになるが、基本的には殴打を奨める。突きは相手との距離を取りやすいが、失敗すると隙だらけになる。短めに持って殴り飛ばしてやる方が相手に当てやすいし距離も開けやすい」
近くの木を標的にして殴打と突きの違いを見せる。一斉に頷く皆。集中していて大変よろしい。
「"武器を振り回す"というが、"回す"という言葉が示す通り、武器を振る時には円を描くのを意識すると隙が出来にくいし自分も消耗しにくい。こんな風に」
ヒュンヒュンヒュン!
訓練用の鉄心の入った棍を旋回させて見せる。右手の指3本が使えなくても手のひらと腕は使えるから、棍を回すくらいなら造作もない。
「これに身体の回転を加えてやれば、ゴブくらいなら簡単に殴り飛ばしてしまえる訳だ」
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン! ピタッ!
身体を捻り回転させながら棍をさっきよりも高速で旋回させ、最後にピタッと止めて見せる。
「「「「「おお~~!!」」」」」
パチパチパチパチ!!
皆が歓声と拍手を送ってくれる。
「それじゃ、まずは身体の前で杖を回してみようか。重心に注意して、最初はゆっくり目に……そうそう、2人共上手い上手い」
2人がバトンを回すように自分達の杖を回す。最初は少しぎこちなかったが、暫くすると滑らかに回せるようになった。
「次は頭の上でそれをやってみようか。さっきは重さの方向と物を回した時に掛かる力、遠心力の方向が平行だったから回し易かったが、今度はそれぞれの方向が違うから回し難い筈だ。手からすっぽ抜けて飛びやすくなるから注意しろ、って! うぉっと!」
アイがすっぽ抜けさせた杖が飛んできた。絶対にどちらかがやると思ったんだ……
「ご、ごめんアキラ! 大丈夫!?」
「問題ない。最初はゆっくりやるようにな? 杖の取り回しの練習なら街の中でもやれるから、周りに気を付けて毎日少しずつやるといい」
「毎日やったら腕がムキムキになりそう……」
「腕だけじゃなく、全身が引き締まるだろうな。頭の上でそこそこ重い物を振り回すには全身でバランス取らないといけないからな。ま、いいんじゃないか? 身体つきのしっかりした健康的な女性は魅力的だと思うし。俺としては、いくら綺麗でもヒョロヒョロのお嬢様よりは、身体の丈夫な健康的な女性の方が好み…… ん? どうした?」
身体の丈夫さでは誰も俺のシアには敵わないだろうけどな。俺の普段の訓練パートナーを務められるのはシアだけで、訓練とはいえ俺と互角に打ち合えるのだから。
それはともかく、俺の言葉の途中で、アイが再び杖を回し始め、休憩中だったシアもさっき俺が使っていた棍を手にして回し、スノウも双剣の素振りを始めた。
やる気が漲っているのは結構だが、それは少しやり過ぎだと思うぞ?
「待て待て。訓練には緩急が大事なんだ。やる時はしっかり負荷を掛けて、休む時はしっかり休む。負荷を掛け続けても身体壊すだけだから休憩はしっかり取れ。それが一番早く鍛えられるんだ」
俺の言葉に渋々といった様子で素振りをやめる3人。そして、アーリェとイレイナはニヨニヨと笑っている。
「それじゃ、そろそろ街に戻ろうか。今日、訓練した者は部屋に戻ったらしっかり身体をマッサージするようにな。でないと明日が大変だぞ? あぁ、シアは俺がやってやるから」
「! やった!」
「「ええ~~っ!? なにそれズルい~~!? い、今からアキラ達と同じ宿に移ろう!!」」
アーリェとイレイナからのニヨニヨ視線が止まらない……
◇◇シア◇◇
講義の後、自分に割り当てられた部屋に戻った私は、部屋に備え付けられた机の前に座っていた。
机の奥側には鏡が収納されていて、それを引き上げてロックすれば身支度を整えるのに使える。
私はその鏡に写る自分の顔をじっと見た。
表情も乏しく生気もない顔。
当たり前だ。私は
でも、今の私にはどうしても欲しいモノだった。
アキラは今の私でもある程度は想いを汲み取ってくれている。
結婚指輪を欲しがったあの日、アキラの困った顔を見て私は"
だけどアキラは、表情に出ていなかった筈のその気持ちを汲み取ってくれて、私の左手の薬指に指輪を嵌め、誓いの口づけをしてくれた。
とても嬉しかった。これでアキラとずっと一緒に居られると思った。
でも、妻になってからの方がアキラは私を遠ざけるようになった。特に危険だと考えられる状況の時、アキラは必ず退避を命じた。
他の人にそれを話すと、みんな口を揃えて「それは当たり前だ」と言った。「愛する人を危険に曝したい人などいない」と。
その言葉の意味は私もよく分かる。私だってアキラを危険な目に合わせたくはない。
だからこそ私はアキラと一緒にいたい。1人よりも2人で協力した方が危険は減らせるのだから。
それをアキラに分かってもらう為に、私には表情を出せる身体が必要だと思った。
そしていつか、私の憧れた"我が子を抱き上げて幸せそうに微笑むアキラと自分"という光景を実現する為にも。
私は意を決して立ち上がると、虚空へと言葉を紡ぐ。
「
程なくして返答の通信が入る。
『
「ありがとう」
私は自分の部屋を出て、ミウの部屋へと向かった。
ミウの部屋の扉の前。呼び鈴のパネルに触れる。
『はぁ~~い!』
「ミウ、私。話がある」
シュン!
少ししてから扉が開いた。
「シア、どうしたの?」
「リィエと話がしたい」
その言葉で私が何をしに来たのか分かったミウが顔色を変えた。
「ダメ! 絶対にダメ!! ちゃんとアキラさんやコウの言う事を聞いて待つの! でないとあなたとアキラさんが……」
「ミウ、ごめん」
私を説得しようと近付いてきたミウの脇をすり抜けて後ろに回り、ミウの首筋に手刀を落とした。
「シア……ダメだから……絶対に…………あいたたた。結構手荒な事するのね、貴女」
「こうでもしないと、リィエが、出てこれないと、思ったので」
「それで? 私の所に来たという事は……?」
「お願い、します。私に、身体を下さい!」
MISSION "身体を手に入れろ" CONTINUED
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます