神滅治療士の診療日誌

藤色緋色

第1話 炎竜と勇者パーティーの治し方

「……ふぅ。相変わらず暑っちいなぁ、ここは」


 冷えた溶岩で出来た洞窟の中、デコボコの地面を踏みしめながら、俺はひたすら奥へと向かっていた。

 進めば進む程、洞窟の中が熱気で満たされていく。

 それも当然。ここは活火山であるシリウス山の火口内の岩棚へと続いているのだ。

 いよいよもってサウナ風呂の様相を呈してきた洞窟。出口が近い証拠だ。


「グオオオォォォッ!!」


 ようやく目的地か。と思ったのもつかの間、洞窟を、いや、この山全体を震わせる程の咆哮が轟く。


「何かトラブルがあったか!?  ちっ!」


 それを聞いた俺は、舌打ちしてから、大きな荷物を背負ったまま全速力で洞窟の出口に向かって駆け出した。

 程なくしてたどり着いた出口から俺が見たもの、それは、炎の如き真紅の鱗を身に纏う巨大な竜が、四つの人影の前にその身を地に横たえる姿だった。


 ブチッ!!


 俺の中の何かが切れた。


「てめえら!! 俺の患者クランケに何してやがる!!」


 俺は全速力のまま、竜にトドメを刺そうと剣を振り上げている奴に突撃した。


◇◇◇


「もう少し! あと少しで!!」


 シリウス山麓を縄張りとする悪しき炎竜。縄張りに入り込んだ狩人を食い殺し、村を作ろうとしていた人々を焼き殺した邪悪なる存在。

 光と秩序の女神の祝福を受けし勇者リオスをリーダーとした私達のパーティーは、周辺の村々からの依頼を受け、討伐に赴いた。

 勇者ブレイバーリオス・ロードヴィック、重剣戦士ブレイドウォリアーバルカス・バストン、大魔法師アークメイガスアイ・ロスチャイルド、そして私、光と秩序の女神エシュアの高司祭ハイプリーステスシノン・ウィスタリーア。

 何度も死の危機に瀕しながら、あと一歩のところまで追い詰めた。

 あと一撃で倒せる! 私は残る精神力をアイに送った。


「アイさん! トドメをお願いします!!」

「任せて!! 貫け!! フリージングランサーーーっ!!」


 全てを凍りつかせる冷気の槍が炎竜の胴に突き刺さった。


「グオオオォォォッ!!」

 ズズーーン……


 咆哮を上げながら崩れ落ちる巨体。苦しい戦いに、ようやく決着がついた。


「やりましたね! アイさん!」

「ええ! シノンもよく頑張ったわ!」

「いや、まだ息がある」


 勝利を喜ぶ私達の前で、油断せずに構えていたリオスが横たわる巨竜に歩み寄り、聖剣を振り上げた、その時だった。


「てめえら!! 俺の患者クランケに何してやがる!!」


 怒号と共に、私とアイの前を白い疾風が通り過ぎる。


「きゃっ!!」「な、何?!」


 そして次の瞬間、


 メキィグシャア!!


「ぐほあっ!!」


 ドゴオオオン!!


 岩壁に何かを叩きつけた轟音が響いた。

 目を開けた私が見たもの。それは、岩壁に叩き付けられ呻く勇者リオスの姿と、先程までリオスのいた場所に佇む、白衣を着て大きな荷物を背負った男だった。


「もう一度聞く。てめえら、俺の患者クランケに何してやがった。答えに因っちゃあ、そこのマグマに消えてもらう」

「ひっ?!」「あ……う……」


 無造作に下ろした黒い前髪から覗く眼から、凄まじい威圧が叩き付けられる。私は膝から崩れ落ち、アイは尻もちをついた。


「貴様ああああああっ!!」


 ようやく事態が飲み込めたバルカスが雄叫びを上げて大上段からミスリルの大剣を振り下ろした。でも、そう、無造作。まさに無造作に、男はその大剣を、指ぬき手袋をした片手で受け止めていた。


「なっ?! この!! ふぬううううううっ!!」


 いくらバルカスが顔を真っ赤にして力を込めて押し込もうとしてもびくともしない。


「それがお前の答えか? なら、消えろ」


 男はそのまま大剣ごとバルカスを放り投げた。岩棚の向こうへと。


「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」


 ……


 バルカスの声が聞こえなくなってから数瞬の後、岩棚の向こうに一筋の薄い煙が上がった。


「バ、バルカスゥゥゥゥゥゥ!!」


 リオスの絶叫が火口に響く。そして歯を食いしばり、聖剣を杖代わりにして立ち上がり、男を睨みつける。


「何なんだ貴様は?! 俺達を勇者のパーティーだと知っての所業か?!」

「勇者ぁ~? 世間知らずっぽいバカヅラだとは思ったが。とっとと帰れよ、バカ勇者」

「貴様あああっ!!」


 聖剣を振り上げ男に切りかかる。でも、聖剣すらも片手で受け止められてしまった。


「何なんだ?! 貴様は一体、何なんだ!!」

「俺か? 俺はレック・セラータ。治療士だ。お前達が集団リンチしていた奴は俺の患者クランケだ。神との約定により、俺の患者クランケには、人族に限らず誰も手出し出来ない事になっている。つまり、お前の勇者としての力は全く役に立たない。この剣も、装飾の多いだけのただの剣さ。もし今、お前に力を貸せば、約定を破ったあいつらは消滅する事になるからな」

「何だと?! そんなバカな話があるか!!」

「信じられないなら、直接聞けばいい。おい、そこの神官の姉ちゃん。降神コールゴッドくらい使えるよな? とっととエシュアを呼べ。後、ローリアも一緒に来いと伝えておけ」


 なっ!? 光と秩序、闇と安息の女神を呼び捨て!?


「あああ、貴方!! 女神様を呼び捨てとか、不敬にもほどがありますよ!!」

「不敬も何も、その二人以外、俺が全部ぶっ飛ばしたぞ?」

「「「はぁっ?!」」」


 何言ってるのこの人?! 神様ぶっ飛ばしたとか、頭おかしい!!


「いいから、さっさと呼べって。本人達に聞いた方が早いだろうがよ」

「そんな事で女神様方をお呼びする訳にはいきません!!」

「何だよ、役立たずな姉ちゃんだな。分かった、もういい。俺が呼ぶ」


 そう言うと、レックと名乗ったその男は、火口から見える空に向かって叫んだ。


「おい!! エシュア!! ローリア!! どうせ見てるんだろ!! とっとと降りてこい!! でないと……」


 最後の一言の前で一旦区切り、息を吸い直してこう続けた。


「またそっちに行ってシメるぞ」


 今までより更に一段トーンが下がった重い声。私の背筋に言い知れない恐怖が走る。それはリオスやアイも同じようで、二人共血の気の失せた顔をしていた。

 そして、この男が最後の一言を言った瞬間、火口から見える空から、二筋の光が私たちのいる岩棚へと降り注ぎ、次の瞬間、その場所に二人の女性が立っていた。


「あ…… エシュア様…… ローリア様……」


 高司祭である私には、その姿に見覚えがあった。間違いない。光神エシュアと闇神ローリア。

 茫然と私たちが見守る中、お二方が瞑っていた目をゆっくり開き、目の前のあの男を見た瞬間、


「「もももも、申し訳ありませんでした!!」」


 土下座した。


 余りの事に、私達全員固まった。女神様が土下座…… 女神様が土下座……


「俺は話も聞かずに折檻するのは嫌いだ。言い訳は聞いてやる。言ってみろ」

「「それは"聞くには聞くけど折檻はする"って言ってませんか?!」」

「もちろんだ」

「「ひぃーーーーーーっ?!」」

「冗談だ。それは被害者のガーネットが決める事だ。とにかく、俺はガーネットの治療をする。その間、そこのバカ共に説明しとけ」

「「は、はいーーっ!!」」


 女神様に命令口調でそう言うと、その男、レックは倒れた炎竜の方へ向かった。


◆◆◆


「すまん、ガーネット。俺が遅くなったせいで……」

「グルルルル……(いいえ。貴方のせいではありませんよ、レック。運が悪かっただけです)」

「とにかく、生きていてくれて良かった。生きてさえいてくれれば、俺が治療出来るからな」


 俺は炎竜ガーネットの頭のすぐ横に立ち、その首に手を当てて治療術を発動しながら話しかける。


「グルルルル……(また手間を掛けさせて申し訳ないわね)」

「自分が助けると決めた患者クランケを最後まで面倒見る。それが治療士だ。だから、お前が恐縮する必要なんてないんだ、ガーネット」

「グルルルル……(ありがとう、レック)」


 治療術。それはただ漠然に"治れ"と思っても効果を発揮しない。治す相手の身体の構造を理解し、その傷や病気を理解して初めて癒す事が出来る。俺がガーネットを治療出来るのは、当然、炎竜の身体を熟知していて、その傷が剣や冷属性魔法でのものだと分かるからだ。

 ガーネットの身体が大きい分時間は掛かるが、傷は徐々に塞がっていった。


「ところで、ルビーは? まさかっ!?」


 嫌な考えに色めき立つ俺。ルビーはガーネットが産んだ娘で、母親似の綺麗な真紅の鱗を持つ幼竜ドラゴネット。もしルビーに手を出してやがったら、女神も勇者もぶっ殺す!!


「グルルルル……(あの娘は大丈夫。"私かレックが呼ぶまで出てくるな"と言って隠れさせたの)」

「なんだよ…… びっくりさせるなよ…… おーい! ルビー! 俺だー! もう大丈夫だぞー!」


 声を掛けてからしばらく待っていると、何処からか鳴き声が聞こえてきた。


「ミュイ?! ミュイミュイ~~ッ!!(お兄ちゃん?! お兄ちゃあ~~ん!!)」


 岩棚の向こうから馬くらいの大きさの真紅の竜が飛び上がってきた。ガーネットの娘、ルビーだ。相変わらず可愛いな。


「ミュイミュイ!! ミュイミュイ!!(お兄ちゃん!! お兄ちゃん!!)」


 ルビーにはガーネットを治療し始めた事で懐かれた。ぐいぐいと身体をすり寄せててきたルビーの首を優しく撫でると、安心したように目を細めた。


「大丈夫だ、ルビー。もう大丈夫だからな」

「ミュイ!!(うん!!)」


 ガーネットの傷を粗方治療治療し終えた俺は、最後にもう一度、ガーネットの身体の具合を確認してから手を離した。


「さて、これで大丈夫だ。お前達は生命力が強いから、後は飯食ってしっかり休めば治る」

「グルルルル……(感謝を、レック)」

「さっきも言ったが、これが俺のやりたい事でやるべき事だ。だから、お前が恐縮する必要なんてないんだ」

「ミュイミュイミュイ!! ミュイ!!(お兄ちゃん優しい!! 大好き!!)」


 またもやルビーがぐいぐいくる。可愛いドラゴンに懐かれるのは嬉しいが、ルビーの将来が心配になる。


「ガーネット。早くルビーに彼氏見つけてやれよ? 将来が心配だ」

「グルルルル……(レックがいるじゃありませんか)」

「ちょっ!? 竜族のだ竜族の! 俺は一応人族だからな。寿命が違いすぎて、ルビーを悲しませることになる」

「グルルルル……(大丈夫。いざとなったら私の竜核を貴方に託すから)」

「いやいやいや!! それ一番ダメなやつだろ!! 孫の顔見ないでどうすんだ!!」

「ミュイ……ミュイミュイ……ミュイ?(お兄ちゃん……ルビーのこと……きらい?)」


 ルビーが上目遣いで俺を見ながら問いかけてくる。お前、それ、ズルい……


「そんな訳あるか! 好きだからこそ、お前には幸せになって欲しいんだ!」

「ミュイ! ミュイミュイミュイミュイ!(じゃあ! お兄ちゃんが竜化術覚えるまでわたし待ってるから!)」

「グルルルル……(孫が楽しみにだわ)」

「お前らなぁ…… ったく、物好きな。なら、ルビーが人化術覚えるのと、どっちが早いか競争だ!」

「ミュイ! ミュイミュイミュイ! ミュイミュイミュイ!(そっか! それもいいね! わたし頑張る!!)」

「グルルルル……(良かったわねルビー。レックならきっと幸せにしてくれるわ)」


 はぁ…… まぁ、いいか。んで、向こうはどうなった? まだ説教中か?


◇◇◇


「貴方達! 正座!!」


 エシュア様の厳しい声に、飛び上がるようにして正座する私達。下がゴツゴツしているからかなり痛い。


「貴方達、やってくれましたね。ここより3キルム(=3キロメートル)以内には近付かないように、半年前に神託を下した筈ですが?」

「お、お言葉ですがエシュア様! 周辺の村々から……」


 代表してリオスが女神様に釈明している。でも、女神様は厳しい言葉で遮った。


「黙らっしゃい。それは3キルム(=3キロメートル)以内に入ったからでしょう? あまつさえ、新たに村まで造ろとしたとか。神託を軽視する者には救済も祝福もありませんよ」

「う…… しかし、それでは村が飢えてしまします」

「それは、村の生産性を考えずに人口を殖やすからでしょう?  無計画に殖えて、飢えるから神託を無視したというのは言い訳になりませんね」

「……おっしゃる通りです。でずかエシュア様、それでは人族の繁栄が……」

「貴方達は大きな勘違いをしていますね。神が特定の種族を優遇したりはしませんよ。世界のバランスを保つ事が神の使命。バランスを崩すようなら、人族もまた淘汰の対象です」

「そんな…… それでは勇者の使命とは?!」

「他種族に対する抑止力です。それは魔王デモンロード竜王ドラゴンロードも同じ事。力ある者がいるお蔭で、大きな戦争が起きずに各勢力のバランスが取れるのです。神が勇者に望むのはそれだけです。ちなみに、魔王には闇の女神ローリアが、竜王には蒼空の神アクラが祝福を与えていますが、アクラは炎の神マルーズと共に、彼、レック・セラータに滅されてしまいましたから、現在いまは私が代わって祝福を授けています」

「「「え……? 滅された……? ええーーっ!?」」」


 さっきのあの男の言葉、本当だったんだ…… というか、神を滅したとか、何なのあの男!?


「そして、レック・セラータに負けた私達は、ある約束をする事で彼の許しを得ました。その約束が、"彼の患者には何人なんびとたりとも手出ししない、させない"でした」


 それもさっきあの男が言ってた…… 待って。という事は、今回私達のした事は……


「その通り。貴方達がした事は、彼との約定破りに他なりません。さて、どうしてくれますか、貴方達?」


 私の心を読んだかのような女神様の言葉。不味い、不味過ぎる。信仰する神様を窮地に立たせて、勇者とか高司祭とか名乗ってられない。

 私もリオスもアイも、顔から血の気が失せていく……


「おい、エシュア。説教終わったか?」


 タイミングが良いのか悪いのか、炎竜の治療を終えたあの男がこちらにやってきた。後ろには炎竜の子供を従えている。


「説教は終わりましたが、まだ処分を検討中です」

「そういうのは、被害者本人に聞くものだと思うぞ? ガーネット、どうする?」


 恐怖に顔を歪ませる私達。殺されそうになったんだもの、バクッとやるに決まってる!


「グルルルル……」

「えっ?! いいのかガーネット?」

「グルルルル……」

「いや、お前がいいなら、俺は構わんが……」


 仕方ないな、でも、分かっていたという表情で炎竜を見上げる男。この男、竜族語を習得してるようだ。何事かを炎竜と話し合った後、こちらに向き直った。


「被害者本人からのお達しだ。よく聞け」


 女神様も含めて、喉をゴクリと鳴らす私達。


「ここから2キルム以内を炎竜の狩場としてずっと認めてくれるなら、今回の事は不問にするとさ。お前ら、相手がガーネットで良かったな。こいつは白竜じゃないかと思うくらい優しいからな。恩に着とけよ」

「「「「「(こくこくこく)」」」」」

「それと、ガーネットはああ言ってるが、実際傷を負っていたし、全くお咎めなしというのはどうかと思う。そこでだ。まず、エシュア。神託を軽視したという理由で、こいつらにガーネットの討伐を依頼した村々の加護を1ヶ月間解いてやれ。村が魔物に襲われても、自分達で何とかさせろ。神託を軽視するとどうなるか、骨身に染みさせないと、何度でもやらかすからな」

「妥当ですね。そのように致しましょう」

「それと、勇者パーティーの面々の魔力を1ヶ月間封印な。依頼とはいえ、自分達で意思を持って実行したんだからな」

「「「そ、そんな! そんな事されたら!!」」」

他人様ひとさまより能力はあるんだ、相手する魔物の事を調べて上手く立ち回ればいい。普通の奴らはそうやってるんだからな。経験も知識も上乗せ出来るだろう。ついでだから、精神こころも身体も鍛え直しておけ。特に姉ちゃん二人。いくらなんでもひ弱過ぎる。頭脳労働メインだからって、最低限は身体も鍛えろ。んで、その間、世界全体のパワーバランスが崩れるから、ローリアは魔族の、エシュアは竜族への加護を絞ってバランス取っとけ」

「「仰る通りに」」


 あれ? 最初言われた時には無茶苦茶だと思ったけれど、理由を聞くとまともな事に思える。厳しいけれど出来ない事ではない。むしろ私達に成長の機会を与えてくれてる?

 それに気付いた私が、この男、レックの顔をじっと見ていると、私の視線に気づいたレックが溜息をついた。


「神官の姉ちゃんは気付いたようだから教えといてやる。神も含めて、誰だってミスくらいする。それが、取り返しのつかない事だってあるさ。それを糾弾して相手を貶める事は誰だって出来る。だが、それじゃ意味ないだろ? 重要なのは、二度とそんなミスをしない、させないで済むか考え、手を打つ事だ。今回の事で一番悪いのは、自分達の利益しか考えない村人共。次に、そんな奴らに乗せられて実行犯していたお前ら勇者パーティー。んで、管理監督を怠った女神共。だから、舐めた真似した村人共にはキツイ制裁。勇者パーティーには唆されないように精神修養と、ついでに基礎の底上げ。女神共には管理監督の強化。この中のどれか一つでも機能すれば、今回のような事は起こらないよな?」


 まともだ。ものすごくまともで妥当な意見と方策だった。粗野な物言いはあれだけど、もし今、「俺、神だから」とか言われたら信じてしまいそうなくらいには。

 リオスとアイも同じ感想を抱いたみたいで、レックを見る目が明らかに変わっていた。


「それじゃ、エシュアが勇者パーティーに魔力封印マナシールを掛けたら解散だ。ガーネット、また2か月後に様子を見に来る。ルビー、ちゃんと練習しておけよ」

「グルルルル……」

「ミュイミュイミュイ!」


 レックが炎竜達と別れの挨拶をしている間に、私達はエシュア様に魔力封印を掛けてもらった。正直、心細い。でもそれは、道を間違った私達が受け入れるべき罰だ。


「さ~て、行こうか勇者パーティーズ。耐熱防御ヒートプロテクトが解ける前に出ないと焼け死ぬからな」

「分かりました。アイ、シノン、行こう」

「分かったわ」「えぇ」


◆◆◆


 洞窟の出口まで後500ルム(=500メートル)程度のところまで戻ってきた俺と勇者パーティーズ。さて、少し揉んでやるか。


「おい、勇者パーティーズ。折角だから少し運動させてやる。ここから洞窟の出口まで500ルムくらいだが、今から100数えてから俺が洞窟を崩す。死にたくなかったら全力で走れ」

「「「ちょっ?! そんないきなり!?」」」

「勇者の兜に光明ライトくらいは掛けといてやる。それじゃ、始めるぞ。い~ち! に~い! さ~ん!」

「「「うわあああっ!!」」」

「転んでもカウントは止めてやらないからな! 足元に注意して走れ! な~な! は~ち!」


 溶岩洞窟は足場が悪い。平地なら1キルム3メニト(=3分)で走れたとしても、ここだとそうはいかない。魔力を封じられて身体強化も使えない今、如何に足元に注意を払いつつ速度を維持出来るかが大事になる。これからこいつらはそういう場面が増えるだろう。魔法でしか倒せない相手が現れたら、逃げるしかないからな。


「きゅうじゅうは~ち! きゅうじゅうきゅ~う! ひゃ~く!! おらああああああっ!!」

 ドゴオオオン!! ズガアアアン!!


 壁や天井を力いっぱい殴りつける。


 ビシッ! ビシビシビシッ!!

 ドスッ!! ドンッ!! ドガッ!!


 溶岩が急激に冷えて固まった岩、火成岩は脆い。ちょっと殴ってやれば崩れ始める。

 崩落し始めたのを確認して、俺は出口へと走り出した。


◇◇◇


 ドゴオオオン!! ズガアアアン!!

 もう見えない洞窟の奥からそれは鳴り響いてきた。


「あいつ本当にやりやがったあああっ!?」


 洞窟内を、勇者リオスの、悲鳴とも取れる叫びがこだまする。

 足場も悪く、まだ出口の明かりも見えない。リオスの兜に掛けられた明かりを頼りに、出口へと必死に走る。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、アタシ……もうダメ……」

「はぁ! はぁ! アイさん! しっかりして! 下さい!」

「そうだ! もう結構走った! もうすぐ出口だ! 頑張れ!!」


 遅れそうになるアイを激励して、三人で出口を目指す。

 ズズゥゥゥン! ズズゥゥゥン!

 後ろから洞窟全体に響く振動が迫ってくる。


「こうなったら!! シノンはまだ走れるか?!」

「はい!! まだ何とか!!」

「よし!! アイ!! 気に入らないかもしれないが、しっかり摑まっててくれ!!」

「えっ?! きゃあ!?」


 リオスが両手でアイを抱き上げ、再び走り出した。

 ズズゥゥゥン! ズズゥゥゥン!

 もうすぐ後ろまで振動が迫っていた。


「! 明かりが見えた! もう少しだ!!」


 出口の明かりが見えた! もう少しで出られる!


「あっ! きゃあ!!」


 そう思った瞬間、私は岩の出っ張りに足を取られて転倒した。


「「!! シノン!!」」


 ズズゥゥゥン!! ズズゥゥゥン!!

 パラパラパラ!!

 私の頭の上から、岩の欠片が降り始めた。


「う……く…… あうっ!!」


 立ち上がろうとしたけど、転倒した時に足を痛めたのか、激痛が走った。


 ドスッ!! ドンッ!! ドガッ!!

 とうとう欠片だけでなく、岩そのものが落ち始める。


「「シノン!!」」

「リオスさん!! アイさん!! 行って!! 私の事はいいから!!」


 私は覚悟を決めて、二人にそう言い放った。

 でもそれは、無駄な覚悟で終わった。


「えっ?! きゃあ!?」

「今回は特別だぞ、神官の姉ちゃん。ほら勇者! さっさと行け!!」


 私はふわりと抱き上げられ、レックの腕の中に収まった。

 そして……


 ズドドドドドドォン!!


 私達は間一髪、洞窟から脱出した。


「「「はぁはぁはぁはぁ……」」」


 地べたに座り込んだリオスとアイ、そしてレックに抱きかかえている私は、荒い息を整えようとしていた。


「姉ちゃん二人。これでどれだけ自分達がひ弱なのか分かっただろう? これからお前達は魔法なしで1ヶ月間過ごさなければならない訳だが、魔法しか効かない相手が現れたら、こうやって逃げるしかないよな? そんな時にこうやってへばってたら生き残れんだろう? だから、最低限は身体も鍛えておけ。勇者は今回、及第点をやる。へばった仲間を見捨てずに抱えて走って間に合わせたからな。だが、慢心せずに鍛錬は続けろ。それが仲間を護る事にも繋がるんだからな」

「「「は、はい……」」」


 やり方は荒っぽかったけど、意図していた事はやっぱりまともだった。


「どれ、神官の姉ちゃんは足を診せてみろ。俺の本職はそっちだからな」


 私をそっと降ろしたレックは、私の足を丹念に調べ、そして治療術を掛けてくれた。激痛が、嘘のように引いていった。


「これでよしっと。後は、お前達に三人三日分の食料をやる。それだけあれば近くの街まで行けるだろう? あぁ、お前らに依頼した村には寄るなよ? ボコられるからな」


 ちゃんと帰る為の最低限の用意もしてくれている。私達三人は、レックを尊敬の眼差しで見た。


「さて、それじゃ俺は行くわ。あぁ、折角だから名前くらいは聞いておこうか。勇者、名前は?」

「お、俺……私は、勇者……いや、元勇者のリオス・ロードヴィック、です」

「リオスな。魔法使いの姉ちゃんは?」

「あ、アタシ……私は、元大魔法師のアイ・ロスチャイルド、です」

「アイか。神官の姉ちゃんは?」

「私は、光と秩序の女神エシュアの元高司祭、シノン・ウィスタリーアです」

「シノンな。リオス、アイ、シオン。しっかりやれよ。よく鍛え、よく考え、やるべき事をしっかり見定めろ。それが力を持つ者の責任だ」

「「「は、はい!!」」」


 "力を持つ者の責任"。その言葉は私達の胸に深く刻み込まれた。


「それじゃあな。またどこかで逢ったら、その時は飯くらい食わせてやる」

「「「ありがとうございました!!」」」


 頭を下げる私達に、背中越しに手を振って応えながら、神滅の治療士、レック・セラータは、大きな荷物を背負って、山を西の方へと降りて行った。

 彼の背中を見送った後、私達は彼に分けてもらった食料の入った袋を担いで東へと歩き出した。


「なぁ、アイ、シノン。俺は2ヶ月後、もう一度ここに来てみようと思う。あの人に、レックさんともっと話をしてみたいからな」

「アタシも賛成。2ヶ月しっかり鍛えて、アイツを驚かせてやるんだから!」

「私も賛成です。怖いところもある人でしたけど、誠実な人だと思いました。話をすれば、また何か得るところがあると思いますから」


 みんなの意見が一致した。なら、後はレックに認めてもらえるように鍛え直さないと!


「それじゃ、ますはエアストの街へ向かおう!」

「えぇ!」「はい!」


 新たな目標を胸に、私達は一路エアストの街へと向かった。

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