第29話



 さて。

 こっそり、ゆっくり、しっかりと覗くぞ。

 ここは緑濃き野山だ、と想定して進むのだ。

 

 忍び歩きはいささか得意だ。

 山ウサギなどをよく仕留めたものだが、しかしここは勇者になるべく学ぶ者たちがひしめく場所。

 果たして通用するだろうか。


 しかし、パルルの技術もなかなかのものだな。

 まったく音もなくついてきている。イバラの痛みを忘れていないのは本当のようだな。


「よし……」


 問題なく、目的のドアまでたどり着き、小さなはめこみ窓から中をうかがった。

 昨日のF組教室と同様、個人用の机とイスが大量に並べられている。

 Fと違うのは、その半分近くに人が座っていることだろう。

 皆が教室正面に立った指導員に注目し、その言葉に耳を傾けているようだ。


「おお~……」


 俺と頬をくっつけんばかりに覗きこんだパルルが、なにやら納得したようにうなずいている。

 彼女にはなじみのある景色なのだろうか?

 記憶にあるイルケシスの『修行』とは、ずいぶん勝手が違うが。


「ダンジョンにでも、いきなり放りこまれるものと思っていたが、そうでもないんだな……」

「そうですねえ。思ったよりずっと普通の授業風景です。なつかしいですう」

「こういう感じが、学校の『普通』なのか?」

「エルフの授業はだいたいこういう雰囲気でしたよ。魔法学校とか、弓術士の学校とか」

「なるほど……。ああ、そういえば……ふむ」


 母上に、読み書きや計算を教わったときが、こんな感じだったかもしれない。

 俺のための机に紙とペンを用意して、丁寧に教えてくれた。

 他の家族……勇者の血をしっかりと継いだ者たちは、1人1人に専属の家庭教師が、両手の指では足りないほどもつけられていたが。

 俺にはまったく縁のない人々だったからな。


 あのとき母上は、何度か俺に謝罪していたような、そんな記憶がある。

 そうだ。家庭教師をつけることもできず、イルケシス家の体面上、普通の学校に通わせることもできず、すまないと確かに言っていた。

 俺はまるで気にしていなかったし、なんなら母上に教わる時間が楽しみですらあったのだが。


 まさか転生後、このようなかたちで、学校に通うことになろうとは。

 そう考えると、がんばらねばと期する気持ちがより強まるようだ。うむ。

 すばらしいところではないか、勇者学校。


「指導員殿!」


 パルルとともに覗き続ける窓の中で、ずいぶんとめりはりのきいた声がした。

 えらい勢いで挙手した男が、自信満々の表情で起立する。

 ……立つなら挙手はいらんのではないか?

 いや、それよりも彼は、確か……?


「ファズマ、とかいったか……」

「お師匠さまのお知り合いですか?」

「入学式で、少し話した。名前と、あとAクラス槍兵だということくらいしか知らないが」

「ほー、槍でもA」


 印象としては、いささか変わった男だったように思う。

 いや、山にこもってなどいた俺がそんなことを思うのは、失礼というものだな。


「つまるところ!」


 ファズマは、まるで軍勢の先頭に立つ指揮官のごとく、指導員に向かって胸を張っている。


「生まれながらの勇者適性所持者、いわば天然の勇者は減少傾向にあり、ここ10数年は見つかってもいない! その原因もわからないということ!」

「そうですね」

「ゆえに勇者免許の発行は止めることができず、アミュレットの作成に莫大な予算が割かれている! ならばだ! このおれ様がその原因を突き止めることができたとして! するとどうなる!?」

「まあ、国家王宮勲章は間違いないのではないでしょうか」

「やはりかッ!! 古の勇者たちはみな持っていたというな! おお、やる気がみなぎってきたぞ! ちなみに指導員殿はなにが原因だと思われるか!?」

「わかりません」

「であるか! やはりぜんぜんだなこの学校、はっはっははは!」


 どこからどう見ても変わった男だ。

 彼をあっさり受け入れている(ように見える)指導員やA組の者たちも、やはりただ者ではなかろう。

 誰もが静かに帳面に書き込んでいるが、今のやりとりのどこを、何を思ってメモしたのだ?


「勇者マニアみたいなお人ですねえ」

「言い得て妙かもしれんな。行くか」


 彼らに気づかれず授業をうかがえただけでも、まあよしとしよう。

 続く大部屋はB組だというが、室内には誰もいなかった。

 屋外で実践授業と掲示板にあった、とパルルが教えてくれた。

 俺も早く体験してみたいものだ。Fのままでは、ままならないかもしれないが。


 B組をすぎると、大きく広い階段がある。

 上階は後期クラスのテリトリーなので、もちろん行く必要はない。

 ……ふむ?


「外からは、3階建てのように見えたがな、この校舎は」

「ありますねえ、3階」

「そこも教室なんだろうか」

「んあーなんか、特A組だかいうのがあるらしいですう」

「特A?」


 初耳だな。

 AからF組でぜんぶではなかったのか。


「それはすごそうだ。行ってみるか?」

「いえいえ、あのーほら、そろそろF組行かなくっちゃですよお!」

「? 別に用事も授業もないが」

「いえいえ、まあまあ、いえまあまあ」


 パルルにぺしぺし背中を押されて、階段を素通りする。

 ……まあ、むやみに探検のようになっても、アレか。パルルはけっこう方向音痴だからな、はぐれてもよくない。


 C組、D組の教室も、B組と同様に無人だった。

 入学から間もないというのに、どの組も活発で、うらやましいことだ。

 残るはE組だが――


『かったりぃってんだよ!!』


 大きな怒声が聞こえ、俺はパルルと顔を見合わせた。

 続いて、物が倒れるような音もする。

 どうやら、俺たちのつま先が向く先からのようだ。

 E組……?


「おしょさま」


 わくわく感を出すな、パルル。

 俺は小さくうなずき、再び足音を忍ばせた。


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