第22話



「しかし……合点がいったか、と思ったのでありますが……」


 セシエがあごに手を当て、なにやら考えこんでいる。

 そういう仕草も妙にさまになるな。どうにもオヤジくさいが。


「村人でありながら、レジード殿のあの強さ。いかなるカラクリであるものかと、今日は正直、勉強させていただく心づもりでおりましたので……」

「そんなたいそうなものでもないが」

「いえいえ! その実、勇者であったということならば、まさしく納得至極と……けれども、勇者スキルは……」

「見てもらった通りだ」

「であれば、いったい……いったいあの強さは、どういうことなのでありますか!?」


 何度か言ったような気もするんだがな。


「村人スキルだぞ。もちろん」

「いえ、そんな! そんなわけは!」

「うむ?」

「村人があれほどに戦えるなどと、このセシル、見たことも聞いたこともないであります! 村人スキルは器用なものが多く、生活の助けにはなりますが、戦いに使ってみたとてウワアアアアアーーーッ!?」


 なんだ。

 どうした。

 セシエのびっくり顔にびっくりしたぞ。


 振り向くと、パルルが泣いていた。


 両目をカッと見開き、逆にくちびるは引き結び、ただただ無言であらん限りの涙を流し続けている。

 夜中に遭遇したら心に傷を負いそうだな。


「ど、ど……どうなされたでありますかっ!?」

「……い……いままで……」

「今まで……!?」

「お師匠さまの異常さを……知る相手も、わかる相手も、語れる相手も……いなくって……」

「お、おお……!?」

「気づいてくれただけで……かつてない……かつてないぃ……! ぐふっっっ」


 何を言っているんだパルルは……

 本格的に泣き出すようなことか。

 だいたい、自分も使っているだろうに。

 複合技能を。


「セシエ。俺の攻撃方法は、村人スキルで間違いない」

「は、はあ……しかし……」

「複合技能を知っているか?」

「え? ええ。村人の特徴と言いますか、生産技能で唯一、スキル同士の融合を可能にするアビリティでありますね。土スキルと風スキルをまぜて肥料がわりのエネルギーにしたり、火スキルと水スキルを上手に合わせて湯を沸かしたりするという」

「そう。それだ」

「それがなにか?」

「だから、それだ。山で長らく修行するうちに、複合技能の扱いにばかり長じてしまったみたいでな」

「はあ」

「たとえば水スキルのレベル90と、火スキルのレベル90を、こう、まろやかな感じにアレすれば、魔法剣士のスキルに似せられるなと気づいたんだ」


 セシエはしばらく答えなかった。

 大きな両目をぱちぱちさせて、俺の言葉を吟味しているかのようだ。


 説明がわかりづらかったか……?

 なぜかうんうんうなずいているパルルが、今どういうポジションなのかいまいちわからないが。


「4大属性のうち2つをまぜたり、3つにしてみたり、ぜんぶ合わせたり……いろいろ試したレシピがある。たいていのスキルは再現できるぞ。しょせんまねごとだがな」

「……いや……いやいやいやいや。えっと、複合技能は、だって……あくまで低レベルスキルだからこその融合であって」

「そうだな。俺もそうだった」

「そう、だった?」

「80年かけて修行する中で、少しずつ融合できるレベルを伸ばしていったんだ。おかげで、山に住まいを定めても、それなりに不自由なく暮らしてこれた」

「……融合できるレベルを?」

「ああ」

「伸ば……、最大でいかほど?」

「99以内であれば、まあ問題はないな。合計レベルが300を超えると、しんどくなってくるが」


 本当は、3桁レベルでもなんとかなりはするが……

 あまり試す機会には恵まれなかった。

 不安定だし、それに未完成・・・だ。

 なにより、アレをがんばり通すより、本当の勇者になってしまったほうがいいに決まっている。


「いや、ありえ……えぇ? ああでも、ああ~そうか……だからあんなに多彩な……」

「理解してくれたか?」

「理解、というか……理解というか、え、それはもう、え、村人ではないのでは!?」

「うん?」

「スーパーウルトラアルティメットミラクルカスタム村人とでもいうのが適当でありましょう!?」


 なんだそれは。

 素でわからん。


「いやあ~、び、びっくりしたであります……じわじわびっくりしたであります。え、そんな、もうわざわざ勇者になる必要もないのでは……」

「おかしなことを言うな、セシエは」

「そ、そうでありましょうか?」

「イルケシス家に生まれながら、俺は勇者になれなかった。俺は落ちこぼれだ。複合技能がどれほど使えても、ただのまねごと……むしろ、ただのまねごとでも、あれくらいの威力なら出せるんだ」

「! そう、そうでありますよ! レジード殿はもうじゅうぶんに!」

「ならば、本物の勇者スキルであれば、どれほど強力であることか」

「ああ~~~なるほどぉ~~~そっちにいっちゃうんでありますかあ~~~」


 なぜか身をくねらせるセシエの肩を、パルルがぽんぽんとやさしく叩いている。

 やはり、なかよくなれそうな空気だな。

 原因のほどは、俺にはいまいちよくわからないけれど。


「俺は……」


 座ったまま、俺は静かに背筋を伸ばした。


「この、内面のステータス表示や、所持しているはずのスキルが発動しないこと……これらのことは、イルケシスの血がなせることなのではないか、と。そう思いたいんだ」

「イルケシスの血……」

「戒めてくれている。俺を。『おまえなどまだまだ勇者たりえない』と。修行が足りない。今のこの世の中で勇者だと認められることも、きっとそのひとつなのだと思う」


 ステータスに、見えているのか、いないのか。

 基本的には、それがこの世に生きる人間族のすべてとも言える。

 大事なことだ。大切なことだ。

 俺はそのために前世を生き、死んだも同然。


 だが。

 そうだ。きっとそういうことだ。

 俺はまだ、俺にとっての勇者じゃあない。


「ふん。腹の立つ話だ……」

「腹が?」

「ああ。イルケシス家め、消滅してもまだ俺にちょっかいをかけてくる。難儀なことだ。早く勇者になりたい」


 で、では、とセシエが身もだえから復活してくる。


「レジード殿は、あくまで勇者を……ステータスのジョブ適性を勇者にして、村人から勇者に転職なさって」

「ああ」

「そして、本物の勇者スキルを扱う……そのために学ぶ。ということでありますか?」

「そうしたい」


 そのときこそ。

 俺は誰が相手でも……あの恐ろしい祖父でも、勇者団長の父でも、数多なみいる俺を蔑んだイルケシスの勇者たちでも。

 母上でも。

 きっと胸を張れる。


「いまだ険しく遠い道、だとは承知しているつもりだがな」

「……お師匠さま」

「なんだ?」


 笑ってますよ、とパルルは言った。

 自らもやわらかに微笑みながら。


「さっきからずっと、とっても楽しそうですよ、お師匠さま」

「ああ」


 楽しいとも。ここへきてやっと。

 転生前よりも。

 行くぞ、王都へ。



**********



お読みくださり、ありがとうございます。


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「やっと出発か」と苦笑いしていただけたり、

そういうのなくてもお心がゆるすようでありましたら、

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次は10/26、21時の更新になります。

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