第20話



 セシエから受け取った魂色視鏡ステータスミラーを、パルルが真剣な表情で覗きこむ。

 床で打って少し赤くなっているあごをさすりながらでなければ、なかなかサマになっていたのに。


「……これは。……なるほどお」

「どうだ?」

「お師匠さまのお話通りですう。このミラーには、お師匠さまの適性は村人と映ってます」

「む……やはり、そうなのか」

「そのまま書き写すと、こんな感じです」


 パルルがさらさらと、紙に俺のステータス(外面)を書いてくれる。


「お師匠さまの内面は、こうじゃないってことですよね?」

「ああ。俺に見えているのは、こうだ」


 俺も同じく、自分のステータスを書き表した。

 ……なんだか、少しだけ楽しいな。


 他人のステータスは、それこそ魂色視鏡ステータスミラーを通し、なおかつ当人が心を開く『協力』がなければ見ることができない。

 だから、初めてパーティを組む冒険者たちは、互いのステータスを正直に紙に書き、見せ合うことを最初に行う。

 自己紹介も兼ねて、できることとできないことを共有するのだ。


 パーティを組んだ経験がない俺は、一度もやったことがなかった……

 まさかこんな機会があろうとはな。


「書けたぞ」


 3人で顔を寄せ合い、ふたつのステータスを見比べてみる。



(外面)

名前 :レジード

適性 :村人

レベル :2

体力 :9998

魔力 :4999

スキル :村人の地 ランク1

:村人の水 ランク1

:村人の火 ランク1

:村人の風 ランク1

アビリティ :<複合技能>ランク1

:<次元視>ランク50


(内面)

名前 :レジード

適性 :勇者

レベル :2

体力 :9999

魔力 :9999

スキル :村人の地 ランク100

:村人の水 ランク100

:村人の火 ランク100

:村人の風 ランク100

:勇者の光 ランク1

:勇者の闇 ランク1

アビリティ :<複合技能>ランク100

:<次元視>ランク50



 ええぇー、とセシエが不気味な声をこぼした。


「どちらも……体力と魔力がバグって見えるでありますが。特に内面のほう」

「セシエはギルドで、外面のほうを見ていたのではなかったのか?」

「適性だけは。そも、かなり高純度の魂色視鏡ステータスミラーでなければ、数字までは読み取れないであります」

「なるほど。では、パルルのこれは」

「かなりのデキかと。普通に、地方貴族あたりに高値で売りつけられる気がしま……、まさか、教団の運営資金は?」


 えへへぇ、とパルルが照れたように笑う。

 断じてほめるばかりの意味合いではないと思うが。


「にしても、お師匠さまのぶっとび体力は、昔っからですねえ。ありえないような修行、ずっとしてましたから」

「なるほどであります……」

「でも……お師匠さま、このただごとでない魔力は? カンスト状態ですよ? パルルだってまだですのに」


 妖精たちとずっといっしょにいたら、自然と。

 そう答えると、パルルとセシエは無言で顔を見合わせた。

 2人ともなにごとか言いたげだったが、やがてそろってため息をつく。

 今日知り合ったばかりとは思えない息の合いかただな。


 まあ、重要なのはそこではない。

 ふたつのステータスを見比べて、俺なりにわかったことがある。


魂色視鏡ステータスミラーに映し出されるステータスは、転生したあとの累積だと思う」

「転生した、あと……?」

「ああ。転生前に備えていた村人スキルや、アビリティランクは含まれていない。体力や魔力も、転生したあとに鍛えたぶんだけが、外面ステータスに表れている……」


 特にわかりやすいのは、まさしく体力と魔力だろう。転生したときのステータスは、よく覚えている。

 赤んぼうになった当初、俺の体力は1だった。魔力は5000だ。

 パルルは昔からと言ってくれたが、体力のほうは一度最低値に戻っている。そのあと修行したり、妖精たちと遊んだりしているうちに、急激に成長した。

 その成長したぶんだけが、魂色視鏡ステータスミラーに拾われている。


「と……」

「いうことは……」


 理解したらしいパルルとセシエが、再び顔を見合わせた。

 直後、互いにパンッと手のひらを打ち合わせる。


「お師匠さまは今! 実質的に勇者!」

「しかもとってもお強いであります!」


 おいおい。


魂色視鏡ステータスミラーがどう混乱してるのかわからないけど、大事なのは中身ですう!」

「きっと転生前のステータスが、妙に影響しているだけであります!」

「つまりお師匠さまこそ真の勇者、真の勇者は最強なのですう!」

「勇者免許なんてちょっと気が利くだけのペンダント、別になくてもいいであります!」


 わーい、とひとしきり2人で盛り上がっているところに、


「それが、そうもいかないと思うんだ」


 申し訳ないが、俺は水を差した。


「確かに俺も、パルルやセシエに世界の現状を教わった今……勇者免許さえ手に入れれば勇者になれる、などと考えているわけじゃない。だが俺は俺で、今の自分が勇者なのかどうか、はなはだ疑問に思っている」

「どういうことですう……? お師匠さまの内面ステータスが勇者なら、それはもう、勇者では?」

外見そとみがどうあれ、俺もかくあるように振る舞いたいとは思う。だが……」


 俺は、神殿の奥に向けて右手を掲げた。

 昨日の記憶が脳裏をよぎる。

 あの勇者もどきたちと、戦ったとき――


「スキル 『勇者』 光ランク1」

「!」

「〔勇〕技能・攻撃、光弾<ライトバレット>!」


 勇者の持つ、汎用的な遠距離攻撃スキル。

 見守るパルルたちの前で、俺の手のひらからは……何も生まれなかった。

 そよ風のようなものすらも。


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