第2話



 2本の糸が結び目を作るように、俺の意識は呼び覚まされた。

 遠い遠い、ちっぽけな青空と、視界の大半を覆うみどりの草花が見える。


「あぅああっ……」


 ここは、と口に出したつもりだったが、まるで言葉にならなかった。

 今の声質。

 全身を包む、ふしぎなこの感覚。なるほど。


 俺は幼児であるらしい。


 いや、違うな。もっと小さい、赤子だ。

 生まれて間もない。まあ、『生まれる』という表現が適切かどうかは、このさい置いておくとしよう。


 転生宝珠が、つとめを果たした。


 俺は死んだときと同じ場所、まったく変わらぬ位置に、新たな人間として出現したはずだ。

 あばら屋の中……だったのだが、屋根も壁もすでにない。

 わずかな残骸だけが、草の向こうに見て取れる。

 どうやら、転生にはよほどの時間を費やしたようだな……


 当然ながら、弟子もいない。

 深い山の中、大自然に囲まれて、人の赤子がもぞもぞと。


 ……うむ。

 これは。


 詰みだ。


 なんということか。転生宝珠め、杓子定規にもほどがあるぞ。

 せめて近くの村の人間としてでも生まれ変わらせるとか、多少の気遣いができてもばちは当たらんだろうに。


 …………。

 近くの、村の人間……か。


 村人として……職業『村人』として送った生涯は、はっきりと記憶に残っている。

 勇者になるためにすごした、猛然たる修行の日々。

 よし。

 たとえまた村人となろうとも、今度こそ目標を達成してやる。

 80年では足りなかったが、もう80年を上乗せすればどうだ。

 今度こそきっと、勇者に――


「あれぇ~? おいおい、なんだこりゃー?」


 いきなり降ってきた声のほうに、俺は視線を向け……ようとして、苦戦した。

 さすがに赤子。方向転換すらままならん。


 服は風化したのか、それとも一度弟子に埋葬でもされたのか、完全に全裸だ。そう意識してみると、砂利でケツが痛い。

 どうしてくれよう。泣いてみるか?


「人間……? だよなー? え、しかもなにこれ!? 赤んぼうー!?」


 視界に現れたそれに、俺は目を見張った。


 妖精……

 妖精?


 いや、確かに妖精だ。さっきからしゃべっていたのは、背中に蝶の羽を生やし、ぱたぱた宙に浮いている小人。

 驚いた顔つきで俺を見下ろしている妖精を、俺もまたしっかりと見つめ返している。

 どういうことだ?


 妖精は、勇者や・・・魔女・・にしか目視できない・・・・・・・・・、はずだぞ……!?


 俺は意識を集中した。

 この世界に生まれた子どもが、最初に親から学ぶこと。

 それは愛と、笑顔と、ステータス確認だ。



名前 :レジード

適性 :勇者

レベル :1

体力 :1

魔力 :5000

スキル :村人の地 ランク99

:村人の水 ランク99

:村人の火 ランク99

:村人の風 ランク99

:勇者の光 ランク1

:勇者の闇 ランク1

アビリティ :<複合技能>ランク99

:<次元視>ランク1



 脳裏に浮かんだその情報に、愕然とせざるをえなかった。

 適性欄にある、2文字。

 今までの人生とは、違う2文字。

 待ち望んだ、2文字――


 勇者


 うそ偽りなく一生を賭して追い求めてきた、勇者の適性がある。

 見間違いじゃない。ステータスは間違わない。

 転生したことで……いったい、何がどう作用したのかは、まるでまったくわからない。けれども。


 俺は、勇者になっている。

 村人じゃあない。


 鍛冶師でも剣士でも格闘士でもない。

 この世の適性の特なるひとつ……!

 勇者に、なったんだ。


「あぅあーっ!」

「わっ、び、びっくりした。元気のいい人間だなー」


 お、っと。

 落ち着け。

 じわじわ湧き上がってきたよろこびで、転生した事実の数百倍もどうにかなりそうだったが、状況は変わっていない。このままここにいるわけにはいかないからな。


 しかし、手段は増えたぞ。

 村人のままでは持ち得なかったスキル<次元視>が、ステータスに現れている。妖精が見えているのはそのためだ。

 ひとまず、しゃべるのはあきらめて……


 ――おい、そこの妖精。俺を運んでくれ。


「いっ……え!? な、なんだ……!?」


 ――目の前の、俺だ。水が必要なんだ。


「こ、こいつ、直接脳内に……!? まさかっ、勇者の人間なのかあー!?」


 ――残念ながら違うが、そもそも声を届けていることに、勇者かどうかは関係ない。


 ――スキル 村人 地ランク85+風ランク90による擬似的顕現<テレパシー>だ。


 ――本物のテレパシーは、司祭などが持つ神聖技能でしか使えないからな。これは村人として生きたときに磨いた、いわばものまねスキルだ。


「そんな宴会芸みたいな言いぐさで語れるクオリティじゃないよ!? な、何者なんだ、ほんとに人間かー!? 魔族じゃないのかー!?」


 ――いいから、水場まで運んでくれ。飛ぼうと思えばできなくはないが、この体ではコントロールミスがこわい。


 ――よほど地形が変わっていなければ、近くに川があるはずだ。


「あ、ああ……いいけど。とんでもない生き物だなあー、人間って……」


 ――あと、仲間の妖精がいるなら、呼んでくれないか。ヤギか、それに近しい動物の母乳が必要だ。


「なんだ? 勇者のくせに、母親とかいないのかよー。珍しいな! お安いご用だ!」


 妖精は、俺の首根っこをつかみ、宙づりにして運びはじめた。

 犬猫のような扱いだが、ありがたい。生前(というべきか転生前というべきか)、文献で調べた通りだ。


 妖精は人間、特に勇者に好意的。

 光を操る存在に、本能的に惹かれるのだとか。

 そして、人間側にとっても、重要な存在……


 特に、生まれつき勇者の適性を持っていない者が、それでも勇者になろうとする場合には、極めて。


 俺の修行も、いわば妖精に会うためのものだったと言っても過言ではない。

 80余年を費やしても、結局見ることはかなわなかったが……まあ、過去のことだ。

 今はこうして接触し、協力までしてくれているのだから、そのあたりはどうだっていい。


 むしろ、気をつけなければならないことは、別にあったはずだ。

 そうだ、思い出したぞ。

 妖精は……基本的に何も考えていない存在で、注意散漫かつ記憶力に欠ける――


「お、もう木イチゴがなってる。はやいなあー」


 ――おいっ、力を緩めないでくれ。落ちそうだぞ。


「あ、しまった。あぶないあぶない。ごめんよー」


 ――かまわん。世話になっているのはこちらだし、ぎりぎりセーフだったからな。


 ――だが今度気を抜いたら、いささか信じられないレベルのマジ泣きをお見舞いする。


「なにそれ妙にこわい!? わ、わかったよー」



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