第62話 はじめて校閲をしてもらった(15)

 五章八話。


 驚いて目を丸くするシドに、ジェイが言い足す。

 ← 時制調整。現在形にすると、一人称的な響きになります。ナレーターがナレーションを制御しにくくなるんです。現在形を乱用せず、効果をよく見極めてください。「驚いて目を丸くしたシドに、ジェイが言い足した。」


 語尾を「~た」じゃなく、過去形にする方法を教えて下され(汗)

 何度も「~た」「~た」と続くのが嫌で、それを避けようとすると現在形になってしまうんだなあ。


 シドの目頭が熱くなる。いつもの苦笑を返したつもりが頬に涙が伝った。切なさを断ち切るように背を向けると、ジェイの声がそっと投げかけられた。

 ← 視点揺れ。シドのモノローグとナレーションが変な感じで混じってます。「シドは感情が抑えられなくなっていた。口を塞いでも、感情が目からこぼれ落ちてしまう。いつもの苦笑を返したつもりなのに、頬に涙が伝った。切なさを断ち切ろうと向けた(シドの)背に、ジェイの穏やかな声がふわりとかぶさった。」

 ……これでもまだ混じっているけど、シド寄りナレーションということで。(^^;; モノローグとして、もっとダイレクトに整備してもいいです。


 最終的にこうなった。


「貴方の幸せを見届けるくらいは、させてもらえるだろう?」

 シドは感情を抑えられなくなっていた。目頭が熱くなる。いつもの苦笑で誤魔化そうとしたが、頬には涙がこぼれ落ちた。切なさを断ち切ろうと向けた背に、ジェイの穏やかな声がふわりと被せられた。


 話の最後。


 確かに心は痛かった。血を流し悲鳴をあげていた。まだ小雪が舞っている戸外に、一歩足を踏み出す。そのとたん、押し殺していた嗚咽が堰を切って、口からどっと溢れた。こんな想いはもう二度と味わうことがないだろう。ジェイ以上に想いを募らせる相手など、決して現れない。そんなことは自分が許さない。

 ← 表現調整。感情表現の強弱がでこぼこで、読者が困惑します。どうしようもないほど痛い失恋なのに、表現が軽かったり重かったり。「まだ小雪が舞っている戸外に一歩足を踏み出したとたん、装っていた許容や従順の仮面がむしり取られた。切り裂かれた心がだらだらと鮮血を流し、絶望を叫び続ける。押し殺していた嗚咽が、堰を切ってどっと溢れた。これほどの幸福と苦痛は、二度と味わうことができない。ジェイ以上に想いを募らせる相手など、決して現れない。そんなことは自分が許さない。」……これでもまだ練り足りない感じ。ここは、従順の仮面をかぶっているシドの心の表裏を、シド自身のモノローグで見せる大事なパートです。妥協せずに表現をしっかり研いでください。


 推敲後。


 確かに心は痛かった。血を流し悲鳴をあげていた。まだ小雪が舞っている戸外に一歩足を踏み出したとたん、押し殺していた嗚咽が堰を切って口からどっと溢れた。被り続けてきたペルソナはむしり取られ、切り裂かれた心からは鮮血が滴り落ちる。

 愛する人の幸福は喜びであるはずなのに、それが自分の願いであったはずなのに。なのになぜ、こんなに辛いのだろう。心が絶望を叫ぶのだろう。

 これほどの幸福と苦痛は、二度と味わうことはない。ジェイ以上に想いを募らせる相手は決して現れない。そんなことは自分が許さない。


 ふむ。私の方が師匠よりさらっとしてるかも。シドはねー。この先、どんどん沼に落ちていくからねー。ジェイが生きているうちは、まだそれがブレーキになってるけどねー。ねー(笑)


 五章九話。


 どんなことも淡々と終わらせてしまうジェイでも、誰にも言えない悩みがあるはずだとカツミは思う。

 ← 表現調整。カツミとジェイの思考の対比です。書き出しをきちんと各人で揃えましょう。そうしないと視点が揺れます。「カツミは思う。どんなことも淡々と終わらせてしまうジェイでも、誰にも言えない悩みがあるはずだと。」……かな。


 誰の思考かを最初に提示して揃える。なるほど。

 確かにこの話、カツミと他キャラの対比で構成してるからな。


「俺にできることないの?」

 カツミは思う。どんなことも淡々と終わらせてしまうジェイでも、誰にも言えない悩みがあるはずだと。

 だがジェイの望みはカツミが生きて自分を受け入れること。それだけなのだ。リクエストをさらっと脇に置いたジェイが、カツミの唇にキスをして隣に横たわった。


 長い五章が終了。次の六章で、ようやくルシファーが登場。カツミのパートナーとなる人物ですが、最低、最悪の出だし。お約束だな(笑)


 今回の校閲。師匠に初稿の推敲指導をしてもらった時からそれなりの時間が経っているのだけど。なんせ、四年かけて推敲したし。

 その期間で師匠も変化してるのよね。以前に出してくれた代案を、師匠みずから変えてきたりしてるし。

 たかが四年。されど四年だな。私は読むほうが多いけど、師匠は書かない日はないだろうしな。


『ONE』は群像劇なので、とにかく視点ゆれに気を配ることが大事。章ごとにメインとなるキャラを変えて視点を固定してる作品って見かけるけど、一話のなかでカメラ移動が目まぐるしい作品は、少ないかもしれない。

 とにかく主語を書くのを疎かにしないこと。カメラ位置が変わる時を意識して書くこと。


 あと、動作の語彙を増やすこと。会話劇でもあるので単調になりやすいし。「言う」を「向ける」「返す」に変えたら、そればっかになってる。かと言って、地の文を削ってセリフばっかなのは嫌いなのね。脚本じゃないんだから。その方がシンプルで読みやすい時もあるけどね。


 会話の時のちょっとした仕草、目線、表情。そういうものって、「言葉そのもの以上に」心理を反映するものだと思う。一瞬目が泳いだとか、唇を噛むとか、片頬を歪ませるとか、そういうの。いまさらメラビアンの法則を持ち出すまでもないけど、小説って「文字だけ」だからなあ。それを絵にしたいのかもしれないなあ。


 さて、ルシファー。読者によって呼び方が変わるんだよね。このキャラだけ(笑)ルッシー、ルシくん、ルシルシ。他にあったっけ。ある意味、親しみやすく、読者に「近い」キャラなのかもしれないな。


 では、またあ!












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