第37話 推敲のメモ帳⑤ 代案で広がるイメージ

 はじめての推敲。五回目。

 まずは、音の重なる言葉の多投。ひでぇ実例がここに(^^;


【K初稿】

「ジェイ」

 黙って聞いていたシドが、そっとその名を呼んだ。

「追いつめられてるのは貴方の方だよ」

 そう言って、淋しそうに笑う。

【M】わはは。これは、わたしもよくやるやつです。

 音の重なる言葉の多投(そっと、その、そう)は、やぼったくなるのでできるだけ避けた方がいいです。

 代名詞やこそあど(これ、それ、あれ、どれ系)の使い方は、わたしも苦労します。

【M代案】

「ジェイ」

 黙って聞いていたシドが、そっと制止した。

「追いつめられてるのは貴方の方だよ」

 ジェイの唇の前に手をかざして、淋しそうに笑う。……くらい?


「そっと、その、そう」こうも続くと笑いしか出ない(^^; あうう(^^;

 で、代案を参考にこう変えました。


【K十稿目】

 ジェイの苦渋を黙って聞いていたシドが、そっと彼を制止した。

「追い詰められてるのは貴方の方だよ」

 ジェイの唇の前に手をかざし、シドが微かな笑みを向ける



 さて。ここから佳境!!

 起承転結の「転」。重要な部分なので、みっちり朱を入れてくれました。

 真っ赤っ赤!! 長いので興味のある方だけどうぞ(^^;


【K初稿】

 自分にとってのジェイはどういう存在なのだろう。そう思ってはみたが、考えること自体とても馬鹿馬鹿しく思える。

 そんなことより先にカツミは、全てを自分の肌で感じることができていた。

 その存在の大きさを。かけがえのなさを。そして、あまりにもそれが己の全てとなってしまっている、自分の脆さも。

 こんなことでは駄目なのだ。重荷になることも、呪縛になることも、自分の幼さをまざまざと見せ付けられることにしかならない。大切な人を傷付け、そして己の身一つ、思うように扱えない自分の弱さを思い知る。

 今まで、ずっと一人で生きてきた自分に、はじめて手を差し延べてくれた人。張りつめ、かたく閉ざした心を抱きとめ、惜しみなく温かさを与えてくれた人。

 悲しませてはいけない。苦しませてはいけない。もう、これ以上。

 たった一人、何者にも心を許さず過ごしていた頃なら、どんな人でも簡単に切り捨てられた。残酷な言葉を浴びせる事も、逆に心の中で蔑みながら上手にあしらう事も。


【M】ここは転換点になる重要なセンテンス群になるので、出来るだけ流れをよくした方がいいと思います。わたしならということで、以下参考まで。

【M代案】

 自分にとってジェイはどういう存在なのだろう。考えること自体とても馬鹿馬鹿しく思える。

 何も考えなくても、全てを自分の肌で感じることができていたんだ。

 その存在の大きさを。かけがえのなさを。そして、ジェイが全ての血肉となってしまっている自分の脆さを思い知る。

 こんなことじゃ話にならない。重荷になることも、呪縛になることも、自分の幼さを無様にさらけ出すだけ。大切な人を傷付け、そして自分の身一つ思うように扱えない自分の弱さを思い知らされるだけ。

 今までずっと一人で生きてきた自分に、はじめて手を差し延べてくれた人。

 かたく閉ざした心を抱きとめ、惜しみなく温めてくれた人。

 悲しませてはいけない。苦しませてはいけない。もう、これ以上。

 たった一人、誰にも心を許さず過ごしていた頃なら、どんなやつも簡単に切り捨てることができた。残酷な言葉を浴びせる事も、逆に心の中で蔑みながら上手にあしらう事も……できたのに。



 Mさんの書き方は完全にカツミ視点になっています。

 よどみない流れ。読みやすいです。幼さを見せつけられるではなく、幼さを無様にさらけ出すと強い言葉も出されています。

 ただ何度か推敲をするうちに、この自己肯定感の低い主人公の成り立ちから迫ったほうが説得力があるかなと考え直しました。

 カツミには死に魅入られる「資質」があるんです。もちろん生きたいという「本能」もあるので、揺れ揺れなんですよね。



【K十稿目】

 ──いのちのクリムゾン。死のトパーズ。


 生死の天秤が再びガタリと傾く。

 振りほどいたはずの手が、さらに強く死の淵へと引きずり込もうとする。 生に繋ぎとめるものにカツミはすがる。縋りながらも、ほんの小さな染みを拭いされない人に。


 完全に透明なものなど、完全に純粋なものなど、この世にはないのだ。

 だがカツミに課せられている透明性が、些細な疑いを見過ごせずにいた。

 ロイとジェイの間にどんな想いがあったとしても、色褪せた写真だというのに。


 この世界は混沌のなかにある。生きるものはその色に染まる。

 だがここに、決して染まることを許されない存在がいた。

 彼は透明なプリズム。この世のあらゆる想いを色に変えるプリズム。世界の底に溜まった百年の汚泥を洗い流す、選ばれし者。

 だが今の彼は、課せられたものを担うための資質に押し潰されていた。

 今やジェイはカツミの血肉の全て。失くしてしまえば生きていけないほどの。


 こんなことじゃ話にならない。そう思いながらカツミは腕を伸ばし、ドア横のデスクににじり寄った。

 重荷になり呪縛となることは、自分の幼さを無様に曝け出すのだ。大切な人を傷つけ、自分の身ひとつ思うように扱えない弱さを思い知る。

 こんなことではいけない。こんなことを繰り返していては。もう悲しませてはいけないのだ。もう苦しませては。



 この後も、一行一行丁寧に指摘してくれました。

 で、ここから。カツミの意識が死から生に向く場面。



【K初稿】

 カツミは思っていた。確実に死の間際にいることと、その宣告をされてはいない者との差を。びっしりと死に向かうための項目の書かれていた紙。それは死への判決文だった。残された時間がもう僅かだとジェイが覚ったのは、いったいいつからだったのか。

 言ってくれなかったことに、自分は怒りを感じた。しかし、それを言えなかったことに、自分が言わせてあげられなかったことに、悔しさを覚えた。

(中略)そんな虚しいことを、ジェイはいつもさらりと笑って許しては、また注いでくれた。

(中略)ほんのさっきのことだった。自分が銃弾を己に撃ち込もうとしていたのは。


【M代案】

 カツミは思い知らされる。確実に死の間際にいる者と、その宣告をされていない者の差を。

 死に直行する病徴がびっしり書かれていた紙。それはまさに死刑宣告文だった。

 ジェイが残された時間がもう僅かだと覚ったのは、いったいいつだったのか。

 カツミは、ジェイが病(やまい)のことを教えてくれなかったことに強い怒りを感じた。しかしそれ以上に、ジェイをそうさせていたのが自分だったことに打ちのめされた。

(中略)そんな虚しいことを、ジェイはいつもさらりと笑って許してくれて。尽きせぬ愛を次々に注いでくれた。

(中略)ほんの少し前には。自分にとどめを刺そうとしていた。死とは、自分にとってそれくらいの意味しかなかった。



 Mさんの代案の美味しいところをガッツリ頂きました(笑)


【K十稿目】

 この時カツミは死に問われていた。死の宣告をされている者と、まだされていない者。そこに違いなどあるのかと。

 ジェイに出された診断書。あれはまさに死刑宣告文だった。しかしそれと自分に課せられている任務との間に、どれだけの違いがあるのかと。


 病死と戦死と自殺。全ての結果は同じ。無に帰すだけである。しかしこの一年の間、死の足音を聞きながらもジェイは伝えようとしていたのだ。


 ──それでも、生きたいと願うのは人の本能だと。


 どんな苦悩のうちにあろうと、ほんのひとかけらの希望があれば、人はそれに縋って這い上がるのだと。

 ジェイは最後の拠り所になろうとしていたのだ。この自分が生きていたいと思う日まで。ひとかけらの希望に。最後のよすがに。


 今の今まで、カツミはジェイがやまいのことを黙っていたことに、強い怒りを感じていた。彼を黙らせてしまったのは自分だったというのに。

 彼の苦悩も知らず、与えられるものを当然のように受け流していたのに。求めて求めて、搾り取るように奪い続けていたのに。


 ほんのさっき。ほんの少し前には、自分は自分にとどめを刺そうとしていた。自分のいのちに対して、価値など見出して来れなかったのだ。

 それでも、砂漠に水を注ぐような虚しいことを、ジェイはずっと続けていた。

 何でもないように、死と隣り合わせのこの場所で。何でもないように、死への恐怖を押し殺して。


 死はいつか必ず訪れる。どんな形をとっても訪れる。

 ならば。死がもう決まっているのなら。

 注がれ続けてきたものを返していかなければ。求められているものを知らなければ。


 誰にも明日など確約されてはいないのだ。それでも、この断崖の細い道をどんな人でも歩いていく。

 皆が同じ宣告文を手に。わずかでも道の先に光がある限りは……。 



 推敲のスの字も知らなかった初心者。

 ただ、こうして代案を頂くと、こういう記述もあるんだ、こういう視点もあるんだ、こういう語彙があるんだと新鮮な驚きでいっぱいでした。



【M】文章に照れを感じます。まだお若かったからか、自主規制の枠をがっちりかけてる感じ。語彙の限界のせいじゃなく、カツミのポテンシャルを小さく見積もってるみたいな印象があります。

 発話のところで描かれているカツミの外から見える魅力が、話にほとんど絡まない。カツミの内外のギャップが読者にインプットされない。自虐のところばかりが目について、そういう被虐的なイメージに縮小していってしまう……。いくらいじられキャラとはいえ、もったいない感じです。

 ネガからポジへの転換点。ぎりぎりまで縮んでしまったカツミを、どかあんと水準以上に引き上げないとなりません。

 ここで、読者に変化や明暗対比をしっかり印象付ける必要があるので、描写に妥協しないできっちり構成、文章を磨いた方がいいと思います。

 たとえば墓地の情景描写。とても美しいんですが、それが十分使い切れていない印象です。心理描写とうまく噛み合うようにもっと丁寧に前後の会話や回想をリファインすると、情景描写が生きるかと。



 照れ照れ、見抜かれてます。

 きっちり構成、文章を磨けとどつかれてます。情景と心理をうまく噛み合わせよと言われてます。

 言い方、すんごい優しいけど(^^;


 起承転結の「転」。主人公の変化、明暗対比を印象付けるシーン。

 次回は、この後半です。まーだ続くんかーい。まだまだ(笑)












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