第1話 桜の花が咲く頃に
桜が満開に咲く春の小道はまるで未知の世界に繋がっているような気がした。
古いとも新しいとも言えない病院が僕の目の前に佇んでいた。
病院内に入ると冷房が強力に入る夏でもないのに薄っすらとした冷たい空気を感じた。
僕は待合室の椅子に浅く腰掛けながら目の前にあるモニターに目を移した。
「病気を予防しよう」などつまらない語句が並べ立てられているそれは僕の興味を一気に失わせた。そっとため息をつくと看護師さんがよく通る声でアナウンスをした。
「
「君は健康みたいだね。じゃあ、一応カルテ見せるからもう一回呼ぶまで待っててくれるかな?」
僕は診察室を出てまた元の席に座った。
すると呆然としていた僕の目に一人の女性が目に入った。
女性というよりも僕と同い年ぐらいだろうか。
点滴を引きずって待合室を横切った彼女を僕はどこかで見たことがある気がした。
すると静かな待合室に大きな声が響いた。
「あれ?中村君?」
急に自分の名前を呼ばれ、僕はびっくりして振り返った。
僕を呼んだ人物はさっき見た同い年くらいの女子。
気がつくと彼女が近くまで来ていた。
「久しぶりに見たかもー最近学校行ってないからなー」
無遠慮に僕の隣の席に座った彼女はニコッと笑った。
「え……っと、誰ですか?」
「え!?嘘でしょ!?クラスメイトの顔も忘れるとか最低―」
意味が分からない。僕はこの人と一緒のクラスになんてなったことはない……はずだ。
「私、
「あぁ、そんな名前の人もいた気がする」
「君って最低だね。クラスメイトの名前を覚えるくらいの努力ぐらいしたらどう?」
余計なお世話だ。そう言おうと思ってやめた。これ以上張り合っても面倒くさい、そう感じたからだ。
「君はどうしたの?そんな点滴持って」
僕がそう尋ねるとなぜか彼女は慌て出した。
「え?えーっと……ねぇ……あ!健康診断……とか?」
「……とか?」
僕が聞き返すと彼女は「健康診断!」と大きな声で言い切った。
「健康診断でなんで点滴持ってるの?」
僕の素朴な疑問に彼女は言葉を濁した。
「えっと……なんかちょっと熱っぽかったらしいから渡された!」
熱だけで点滴が渡されるのかと不思議に思ったが僕はその時何も聞き返さなかった。
彼女は普段教室でも僕とは正反対の立場にいるので話し方とかがよく分からなかった。
僕が色々考えあぐねていると彼女が唐突に言い出した。
「ねぇ、今度花火大会あるでしょ。まだ先の話だけど。君、行く人決まってる?」
「いや……決まってないし、行く予定もな……」
彼女は僕の言葉を途中で遮り、僕に華やかな笑顔を見せた。
「そうなんだ!ならさ、一緒に行かない?」
「……はい?」
一瞬僕は何を言われたか分からなかった。
「だーかーらー!一緒に行こうって言ってるの!」
「いや……友達とは?行く予定はないの?」
僕は縋るような気持ちで彼女に聞いた。
彼女は友達が多いのできっと行く予定があるのだろう。
半分安心しかけたが、その予想を彼女は裏切った。
「残念―そんな予定ありませんー美花もなんか予定合わないし、ぼっち同士一緒に行こ?」
彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
僕は半ば強制的に花火大会に行くことになった。
翌日学校に行くと彼女の姿はなかった。
まぁ、いつものことだが。一学期の最初ぐらいしか学校に来ていなく、何かの手術をしていると前、担任から聞いたような気がする。
席について早速文庫本を開く。
僕は友達と呼べる友達がいないため、いつも一人で過ごしている。
だが、一人が寂しいなんて一度も思ったことがない。寧ろ一人の方が気が楽な気がする。
僕は小説の世界に入っていければそれで良いのだから—。
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