第85話 状況開始

「功夫遣いは空から麒麟を用いての奇襲、正規軍は正面、帝率いる特殊兵器実験運用部隊は南方より進軍するとの情報が」

 敵側の兵士の姿をした男がアーサーはキリストの修道服に身を纏うブロンドの女に口頭で伝えた、この男はいわゆるスパイである。変装してフェイの陣営に紛れて情報を探っていたようだ。ここは遺跡の最深部であり指令室に当たる部屋だ。

「わかりました。正規軍は絡繰兵を前線に出しつつ、狙撃部隊で敵兵を間引きます」

「すでに狙撃兵は配置についております。しかしクロウリー様。空はどうされるおつもりで?」

 修道服を着た女――クロウリーがどうやら魔術師メイガスの首魁のようだ。

「功夫遣いとドラゴンでの奇襲はこちらの想定内です」

 クロウリーの声は見た目の印象通り、落ち着いている。とはいえ魔術師とキリスト教の修道服と言うのはどうにもミスマッチな組み合わせだ。

「では」

 クロウリーが本を取り出した。しかし中身はキリスト教の聖書ではない。

「……」

 クロウリーは本を捲り、意味の繋がらない言葉を読み上げる。

「なんだ?」

 アーサーは言葉の意味が解らないと頭を振ると、クロウリーはフッと笑い。

「意味が解らなくて当然です。これは悪魔召喚に使用する呪文ですから」

「キリスト教徒が悪魔を召喚するのか、実に笑えないね」

 アーサーはククっと笑うがクロウリーは無視し、詠唱を続ける。ややすると床に魔法陣が描かれ、魔法陣を構成する幾何学模様が光り輝いた。

 そして――。


「座天使ソロネ、招致に従い参上いたしました」


「!?」

 アーサーは召喚された者の姿に驚かせることになる。羽を持った天使だったのだ。 

「天使だと、呼び出したのは悪魔じゃなかったのか!? それも座天使ソロネか!」

 クロウリーが召喚したのは車輪や王座を意味する上級天使、ソロネだった。

「悪魔と天使は同じ性質を持つ者たちですし、何ら不思議でもないでしょう」

「何を言ってる?」

 アーサーは理解できないとクロウリーに訊ねるのだが。

「魔女や魔術師が迫害されたのは《力》なき只人の都合にすぎません。黒死病などの不安に怯える民衆は平穏に暮らす魔術師たちを迫害する事にしたのです。それが魔女狩りです」

「暴走はさらにひどくなり民衆が勝手に裁判に掛け魔女でもない者まで処断し始めたってわけだ。本当に愚かだと思うよ」

 最初は異端審問だけだったのだが、アーサーの言の通り民衆の暴走度は加速し、犠牲者は増え続けた。

「だとすると、お前たちは……。異端審問官か?」

 アーサーがクロウリーが天使を呼べた理由を察した。異端審問官――協会が設立した悪しき異能者を狩る者たちだ。

「その通りです。我々は《力》を悪用する同族を教会の命より処断していたのですが、教会の内部にも我々を異端視する者が出始めまして――、と、昔話をしている場合ではないですね」

 と、つらつらと昔話をしてしまうのだが。クロウリーはそこで話を打ち切った、今は昔話をしている場合ではない。

「ソロネ、私が呼び出すものたちを率い、麒麟と功夫遣いを殺しなさい」

「了解致しました。命令に従い、神の敵をせん滅しましょう」

 ソロネは頷き、クロウリーが呼び出した他の天使や悪魔と共に空へと飛び立っていく。

「しかし、バカな連中だ。こちらが空を警戒していなかったとでも思ったのか」

「敵方は想定をしているからこそ、切り札を空に差し向けたのです」 

 アーサーは立案した博を拙いと嘲笑しているのだがクロウリーは博も想定しているとそう断じた。

「もし功夫遣いたちが空を攻めなければ、地上だけで済んだのですから。霧があるとはいえ、霧はこちらが制御できるわけではありません」

 クロウリーが示唆するのは、南方にある霧の発生源は人口のものではないという事であり、博があえて戦力を分散したのは功を奏しているということでもある。

「……あなた方は戦争の素人なのですから」

 クロウリーは大きくため息を吐いた。事実、妲己が抜けてからは絡繰兵の物量とオートマトンに頼っていたからだ。

 魔術師メイガスをわざわざ外国から呼んだのはアーサーたちに足りない物を補うためだったのだ。

「さすがプロというところかな、来てもらって助かるよ。リスクを冒して呼んだ甲斐があったってわけだ」

「楽観視は出来ません。相手の物量は豊富ですし、そしてあの博という参謀、かなり頭の切れる男のようです」

 クロウリーはアーサーに釘を刺す。

「ふん……、時代遅れの堅物の率いる正規軍を潰せば。その切れ者も黙るだろう」

 アーサーとしては単純に考えすぎている感があった。それを見たクロウリーは

「いつまで子供の振る舞いをしているおつもりですか?」 

「は?」

 アーサーは白けた声を出すと、クロウリーは静かだが、威圧感を

「エリクシルを飲み、ご自分の老化と成長を止めたのは、子供のままでいたいからでしょう?」

「それがどうかしたか?」

 アーサーは苛立ちが見える。

「昔、とある貴族の家に男児が望まれていたのにも関わらず、女子が生まれ、その女児を男児として育てることにしたという話がありまして」

「……」

 昔話をしだすクロウリーはアーサーは黙りこくる。

「男子が生まれてしまい、その少女は他の貴族との政略結婚の道具とされることにな――」

 そこですさまじい音が鳴り響く、アーサーが壁を殴りつけたのだ。

「偶然その話は僕も知っててな、続きがあるんだよ。その少女は大人になることを拒否し、錬金術師の秘薬であるエリクシルを飲み時を止めた――」

「そうです、それがあなたです。アーサーというのは偽名、ですよね、アリシア?」

 アーサーは癇癪を起せず肩を落とす、クロウリーの話ことは図星だからだ。

「……そうだ。なぜ今そんな事を話した?」

「教会で贖罪師もしておりましたので。ただのお節介です」

 クロウリーはこともなげに言う。人生相談のつもりだったのだろうが、アーサーからすれば昔の事を掘り返されるのは鶏冠に来る話でしかなかった。

「そして、あの絡繰にこだわるのは、多分――」

「言うな、今度は殺すぞ?」

 アーサーの殺気が張り詰めるのだが――、

「報告! 敵正規軍が森の端に到達したとの事!」

 今度は偵察兵スカウトが部屋に入り、報告をする。ヤン率いる正規軍が戦端を開いたのだ。

「わかりました。相手は正規軍です、妲己を含む功夫遣いを一度撃退したからと油断なきよう。敵の指揮官を速やかに討ち取りなさい」

「はッ!」

 偵察兵が敬礼を返し、踵を返した。


「状況を開始します。進軍を――」


 クロウリーの鶴の一声、最終決戦がついに開始されたのだった。

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