第36話 決意を新たに
「陣隊長ッ――!」
「みなさん、よくご無事で……」
攻略を終え、凛と頼が製造工場から帰還した三人を出迎える。
「ん……?」
「お目覚めになりましたか、京殿」
眠い目をこする京に陣が声を掛ける。
「――わわわッ!!」
あぶられていたことに驚き、京は思わず陣の背中を叩いてしまう。
「ハハハ、京殿が元気を取り戻されたようでよかった。あの《霊》を斃すのに命に関わるかもしれない禁じ手を使ったと聞いていましたからな」
陣は痛がるどころか、フッと笑っている。このおおらかさが陣本来の性格なのだろう。
「では、降ろしましょうか」
「すみません……」
陣は京を側にあった椅子に降ろす。
「それで、陣隊長、老師殿の命に関わる、とは?」
頼が訊ねてきた。京につらく当たってしまったのを気にしているのだろう、顔に悲壮なものが浮かんでいる。
「陰の《氣》でなければ強い《霊》を斃すことはできぬらしいのだが、どうやら生命活動を阻害する《氣》のようでな」
「……」
頼も言葉が出ない。逃げたと非難した女が死力を尽くすして自分の隊の隊長を守ろうとしてくれたのを知ったのだ、無理もないだろう。
これが嘘ではなく真実だというのは衰弱ぶりを見ればわかるというものだ。
「辛く当たり申し訳ありませんでした、老師様」
「いいの、私もあなたと同じ立場だったら同じことを言ってたはずだから」
頭を深く下げる頼に京は少し弱々しい笑みをみせつつ答える。目を背けたくなる気持ちは嫌というほど味わってきたからだ。
「いきなり乱入してきたクソ女が代わりにやってくれたおかげでヤバイ事にはならずに済んだけどな……」
だから命を失う事態にはならなかったとアイシャが言った。
「陣隊長、アイシャさんの言っているクソ女とは一体……?」
凛は薬箱から気付薬を取り出しつつ訊ねる。
「ヤン将軍の報告にあった、人により近き絡繰兵のようだ。どうやら陰の功夫を反作用なく使えるらしい。どのような理屈なのかは不明だが」
「本当だったのですね……」
話を聞いた凛も現実味を帯びてきたと語る。
「あのような製造工場が存在する以上、あのような絡繰の量産もあり得るかもしれぬ……」
陣が独りごちる。
「陣隊長、報告があります」
凛が報告書を差し出すと、陣は険しい顔をして京に視線を向けると、
「出発はまだなのだろう? 京殿は弟子と一緒に話しているといい、我々はいったん事務作業に戻る」
「了解したわ」
陣の申し出に京が頷く。どうやら厄介な話になるようなのはわかる。
「ババア。ちょっといいか?」
「ん……? いいけど」
アイシャが椅子に座った京に問いかける。
「極陰拳も習ってたのか?」
「そう、習ってる。元は対極拳っていう功夫の流派でね。陰の技はキョンシーや《霊》を斃すのに必要だから、習ってはいたのよ」
京は少しずつ、極陰拳について語り始める。
「俺に極陰拳を教えなかったのは、命に関わるからか?」
「それもあるけど、過去と向き合うのが嫌だったのが本音だったかな……。ほら、ずっと逃げてたわけだし」
本当の理由は過去からへの逃避だ。
「師範が亡くなったのは、多分、極陰拳の奥義を使ったんじゃないかと思うの」
強力なキョンシーに対し、斃すための極陰拳を使ったのが死因ではないかと予測はしていたようだ。ゆえに陰の功夫を教えられなかった。
「あなたに功夫を教えて、山賊とか絡繰兵を退治して過ごそうかなって思ってた。けど」
「けど?」
京の言葉にアイシャが小首を傾げる。
「この国の皇族に連なる者として責任を取らなきゃって、思ってね……」
「過去から逃げてたのは俺も同じだし。……そうか、俺たち似た者同士だったんだな」
二人は笑いあう。過去と立ち向かおうとしているのもまた同じだと。
「それに理想に逃げるんじゃなく、力を妄信しているわけでもないっていうフェイ皇帝にも興味があるから」
「……そうだな。妲己を斃せばいいって話じゃねェわけだしな」
アイシャは頷く。妲己を斃したところで、多くの国に開かれた現在おいて潜在的な敵はまだ存在する。
「それにあの戦役は妲己一人じゃ無理じゃないかなって思うようになったもある」
京が年齢を重ね、熟考できるようになった結果だった。戦役当時の京は二十歳に満たない子供でしかなかったのだから。
「鍵は都か」
「そう。処刑された時の帝が握ってるはずよ」
二人はこうして新たに真実を探る決意を固めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます