第22話  闇に蠢く白衣の者たち

「理解不能だね、道具同然のオートマタに自我があるなんて思い込むのは」

 嘲笑が聞こえてきた。少年と少女の中間だと感じさせる声だ。おそらくオートマタというのは絡繰兵からくりへいの事を指しているのだろう。

「……。アーサーか」

 妲己は聞こえないように舌打ちし、声の主の名前を口にした。

「やァ、妲己。相変わらず、難しい顔をしているねェ」

 現われた声の主はその通りまだ子供に見える。短めの金髪に整った顔、そしてわざとなのかサイズの合わないブカブカの白衣を着ている。 

「絡繰兵の思考の調整中ではなかったのか?」

「からくりへいって呼び方、やっぱり慣れないなァ。それはいいとして誰かさんがユーザー登録してしまったせいで搭載しているAIの調整が面倒だ」

 妲己が睨むのだが白衣の子供――アーサーはそれを気にも留めてない。

「ゆーざー、登録? どういう意味だ?」

 妲己が首を傾げる。横文字が苦手なのは妲己もそうらしい。

「物分かりが悪い女だな。……何度も説明した筈なんだけど。僕がこの場所に来る前、つまり我々の部下が君と一緒に絡繰兵を運用しようとした際、ユーザー登録しただろ?」

「ああ、そういうことか。本当ならば京に登録させたかったんだが……」

 妲己が昔を懐かしんでいるとアーサーは頭に手を当て、

「アハハ、転生だっけ? 殷の王だったとかいう紂王ちゅうおうの。千年前に殺されて生まれ変わったっていう人間のために健気だね、呆れるぐらいに」

 アーサーは大仰なポーズをとりつつ、笑う。妲己が意固地になっている事への嘲笑だった。

「……!」

「おーおー、怖いなァ」

 妲己が拳を握ると、アーサーはおどけて見せ、そして――。

「悪いけど。僕、これでも結構強いんだよね」

 アーサーはホルスターから銃を取り出し、それを妲己に突きつける。まさにクイックドローを思わせる程の速度だった

 近接用のブレードを付けたリボルバーだった。


「キミが瞬きしている間に、こいつで殺せるよ」


 頭脳だけではないと暗にアーサーは言うと、リボルバーをホルスターにしまう。

「その時代遅れの功夫でどうにかできると思わない事だね。ん――?」

 アーサーが嘲笑を向けていると、妲己は姿を消していた。

「怪我はまだ癒えていないが。仙人の功夫、舐めてくれるなよ?」

 極陽拳と対になる流派なのだから、当然このような縮地も存在する。太公望と渡り合った仙人というだけあり、殺気もかなりのものだった。

「……」

 アーサーの額に冷や汗が流れる。

「話を戻そうか。オートマタのAIは調整した方がいい。京とかいう女を探してるのに、無暗に殺戮してたんじゃ話にならないだろ?」

「……確かにな」

 アーサーの報告に妲己は溜息をつく。妲己の思考をある程度真似ているのか戦いを求めているらしい。ただし、状況に関わらず戦いを始めてしまうため、警戒される羽目になっている。

「だから試験的に人間サイズのオートマタを造ったのに、あろうことか君に懐くとはね……」

「私に似ず、優しい子だろう?」

 妲己は自慢げにフッと笑うのだが、アーサーは肩をすくめる。

「兵器としては失格だろ。……まったく、稀有な古代文明の遺産を見つけたのに。錬金術師アルケミストとして研究に勤しみたかったんだけどね」

 錬金術師――金属を金に変えるという者たちとされているが、実際は科学の発展に貢献した科学者である。

 しかし、アーサーの言葉には普通の錬金術師とは違う響きがあった。

「忘れるな。あくまで協力関係に過ぎない」

 ぼやくアーサーに妲己は釘をさす。

「せっかく、エリクシルを飲んだというのにね。永遠に子供のまま、この頭脳を生かせる、――ね」

「えりくしる……?」

 妲己が間髪入れずに訊ねると、アーサーはククっと笑い。


「君も僕と同じ錬金術師のようだし、別に明かしてもいいだろう。まァ、君たちの言うところの銀の水だよ。まさかこの国にも存在するとは思わなかったけど」


「仙人が西洋の国にも……」

 妲己は驚きを隠せない。不老の人間がこの国以外にも存在し、歴史の闇に蠢めいているなど思っていなかった。

「自分たちだけだと思っていただろ? まァ、こちらも秘密を打ち明けたんだ、仲良くやっていこうじゃないか。クククッ……」

 そういってアーサーは手を差し出したのだが、妲己はアーサーの弾き飛ばす。

「いやいや、怖いねェ。それじゃ、僕は引き続きオートマタの調整をしているよ」

 アーサーは手もふらず、背中を向けて去っていった。


「……やはり、西洋の連中など引き入れるべきではなかったか」


 妲己は己の後悔を口にしたが、しかし、時は戻らない。

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