第20話 敗北

熊剛体シィォンガンディッ!」

 京が前に出て硬化させた身体でズーハンの拳を受け止めた

「――ッ!」

 熊剛体は、あくまで一部を硬化させ痛覚をマヒさせるだけだ。痛みを完全に消すわけでも治療するわけでもない。

「大丈夫かッ!」

「まァ……、ね」 

 アイシャに対して今日は気丈に答える。とはいえどうにかこの人形ヒトガタを退けなければならないのは変わりない。

 しかし、ズーハンの黒曜拳ヘィヤォチュェンによるダメージはかなりのものだ。

「しっかしまァ、極陰拳ジーインチュェンか。確かに妲己の弟子だわ、アンタ」

「ちょっと待て。それって俺らの流派と……」

 アイシャが極陰拳と対をなしていると指摘すると、ズーハンは嘲るように笑い。

「野盗あがりにしては賢いですね。その通り、極陰の功夫は妲己様が修めている流派です」

「いらねェ解説どうも、ポンコツ」

 見下したように語るズーハンの態度に思わずアイシャが毒を吐く。

 対になっているというのは事実なようで、極陰拳の技の名前は無機物を冠しているようだ。

「お安い皮肉ですね」

「ふざけんな、クソ女……。俺がこうなったのも――」

 再びの嘲笑、アイシャは思わず拳を握っていた。


「お前らが俺の家族やみんなを皆殺しにしたからだろうがよ――ッ!」


 アイシャの視界はすでにズーハンしか見えなくなっていた。

 

「醜い感情を剥き出しにするなど、愚の極みです……」

 ズーハンは努めて冷静に言葉を口にするのだが、僅かながら動揺が見えていた。

「あなたの一族郎党を皆殺しにしたのは私ではない。私ではないのです」

「同じなんだよ、ポンコツ女!」

 アイシャは何もかもかなぐり捨ててズーハンへと拳を振り上げた。

「……。怒りに我を忘れたようですね。石英脚シーインジャオッ」

 ズーハンが白く輝く氣を纏った飛び蹴りを繰り出し、それが鳩尾に当たる。

「ぐあッ……!」

 そして、失速――。

「クソ……!」

 アイシャはその場に倒れ、ズーハンを忌々しげに見上げるのだが、

「情けない。あの紅機ホンチーを斃したのは、やはり偶然でしたか」  

 二人を見下ろすズーハンの表情は冷たい。

「京、あなたの愛弟子はこの程度ですか? この様では妲己様が失望されます」

「……」

 アイシャの雪辱を晴らさんと京が立ち上がり、拳を構えるのだが。

「京。私は事を荒立てに来たわけではありません。紅機を斃したヒトがどの程度なのか、確認したかったまでの事」

 その言葉は京も斃せるという自信の表れだ。 

「しかし、この程度とは……。常に強者を求めこの地を彷徨っていた紅機が浮かばれません」

「もっと強くなれって事かしら? 完全に舐められてるわね……」

 京が自嘲するように言うと、ズーハンはその通りだと頷き。

「その通りです。妲己様は今、先の大戦の傷を癒されている最中。京、あなたには強くなってもらわねば」

「お望み通り、強くなってやるよ。そして、妲己と一緒にお前もぶっ潰す……ッ!」

 アイシャが吠えるのだが、ズーハンは背を向け、

「なら強くなりなさい、楽しみにしています。では、またいつか、会いましょう」

 そうして、ズーハンは竹林に姿を消した。


「ちくしょう……ちくしょう……」

「たっぷり、泣きなさい……。悔しさで泣くの悪い事じゃないわ」

 ――こりゃ、悠長にしてられなくなったわね……。

 京は敗北に打ちひしがれるアイシャの肩を抱きつつも、強敵の出現に危機感を募らせるのだった。

   

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