絡繰功夫・幻想奇譚《からくりくんふー・げんそうきたん》 「不老の功夫老師と弟子の奇妙な冒険活劇」改稿版

アナスタシア(アシュレイ)

第一章 大活劇の始まり

第1話 京《ケイ》、下山す

「……」


 ある日のこと、使い込まれた古い道着を身に纏う黒髪の少女が山頂にある岩の目の前に立っていた。一見すると年頃の少女に見えるが、堂々たる佇まいは熟練者であることを暗に示している。

「コォォォ……」

 女は息を吸い込み、拳に力を籠め、


「はァァァッ!」


 拳を岩に殴りつけた。殴りつけた直後は岩は微動だにしなかったが、徐々にヒビが割れ、岩は轟音と共に真っ二つに割れた。

「……ふう。技のキレが落ちたかしらね」

 女は大きくため息を吐き、肩を竦めた。

 この女の名はケイ、人里離れた山の中腹に道場を構えているが、入門者をとっておらず。半ば世捨て人のような生活をしていた。

「まずいわね。いい加減、買い出しにいかないと」

 ふとケイは貯えを切らしていたのを想い出した。

 面倒だからと山にずっと籠るということはできず、ケイはときおり麓の街に出掛け買い出しに向っているのだ。


 麓の町に向かう際には竹林を通らなければならない。

 まだこの辺りは人の手が及んでおらず、虎など徘徊する獣が通行する人を襲うのだ。

「ひっ!」

「――!」

 男の怯える声が聞こえた。しかし、獣の咆哮は聞こえない。そして生命体が放つ特有の《氣》は一人分しか感じない。

 ――絡繰兵からくりへい!?

 過去の大戦の負の遺産ともいってもいい存在だった。

 人の姿こそとっているが、それは姿だけ。肌の色は青、銀の水といわれる長寿の霊薬とされたものを血液の代わりとして動くという異質な存在だった。

 制御を失った絡繰兵は武器や銃器を用いて人を襲うようになっていた。

「逃げて!」

「老師様、すみません……!」

 京は絡繰兵に襲われてる男に逃げるように促すが、恐怖で足が竦んでしまっている様子だ。 

 ――無理もないわね。

 軍人や京のような達人ならともかく、男は普通の人間だ。獣ですらない異質な相手に竦むなというのが無理だろう。

「敵発見――、排除……ッ!」

 絡繰兵がぎこちなく青龍刀を振り上げる。

「!」

 確かに相手はそこそこ早い、だが剣筋自体は単純で見切りやすかった。

熊猫拳シュンマオチュアンッ!」

 京は絡繰兵の攻撃をかわし、絡繰兵の腹に拳を叩きこむ。

 熊猫――、つまりパンダの事だが。その愛らしい姿に見合わぬ力強い拳を再現した一撃であり、腹に籠めた《氣》を拳に集め、威力を増させる、京が修めている流派の技のひとつである。

「……!?!?」

 絡繰兵の腹部に穴が開き、血管を模したようなケーブルのようなものがむき出しになる。そこから銀の水が流れ出す。長寿の薬とされているが、実際には死に至るほどの化学物質なのだ。

 だが、絡繰兵は特殊な調整をすることにより銀の水を動力とすることができるようになっているとされている、ゆえに人々から忌み嫌われているのだ。

「機能停止、機密保持のため自爆実行」

 そして絡繰兵は、言葉通り機能が停止した際に爆発し、塵も残さず消滅するようにできている。

 文字通り、消え去ったのだった。

「あ、ありがとうございます、老師ろうし様!」

「仕方ないとはいえ、その呼び名、慣れないわねェ」

 絡繰兵の消滅を確認し男が京に駆け寄る。うら若き少女に対して男は老師と呼ぶのだが、そこには悪意はない。


老というのは中国では女性全般を指す言葉だからだ。


 意味合いとしては、女先生ということになる。とはいえ、慣れないというのも無理はない、弟子を取らず修行だけをしている京は老師らしいとはいえない。

「では仙女様で!」

「いや、老師でいいわ……。仙女って言われるほどほどすごい事してないからさ」

 男が気まずいと別の呼び方を考えるのだが、京は首を横に振って断った。

 この女、かなりの長寿を誇っており、もうかれこれ数十年は山に住んでいる。普通ならばハッタリか何かだと思われるだろうが、仙人や妖怪が当然のように住んでいるような土地柄か、自然と受け入れられてしまっているのだ。

「とにかくありがとうございました。この辺には獣や絡繰兵からくりへいだけでなく、野盗もでます。ご注意を」

「野盗ですって?」

 京が男に訊ねる。

「はい。なんでも女の野盗だそうで。金を脅し取ろうとするのです、それがめっぽう強く、軍の連中も返り討ちに合っているという噂です」

「軍も返り討ちにするのか……。面白そうじゃない。忠告、ありがとう」

 手を振って歩くのだが、

「老師様、そちらは崖ですよ」

「……え?」

 男に指摘され、京は狼狽える。どうやら間違ったようだ。久しぶりに街に下りるのだから、仕方ないといえる。 

「街に下りるのは久しぶりでしょう?  俺が町まで案内しますから」

「忙しいのに、悪いわね」

 男が案内をするというと、京は申し訳ないと不承不承で頷くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る