第24話 お兄様は叱る

 ジェラルドがクリフトフに沙汰を言い渡している丁度その頃……


「……君らは一体何をしているの?」


 ヴァイオレットの兄であり、オルブライド公爵当主であるアベルの声が部屋に響いた。

 いつもの微笑みを携えたままだが、しかしその声音は怒りに満ちている。


「こ、この度の件は私たちの不手際で誠に」

「その不手際が許されない立場なのがまだ理解出来ないの?」


 イライザの言葉を遮るようにアベルが言い放つ。

 アベルが腰掛ける前には、イライザ、ジャン、シンシア、そしてユリシーズが仲良く横並びで座っている。

 まるで判決を下される罪人の様に項垂れながら、四人は彼の話を聞いていた。


「一旦帰宅していた間に色々あったみたいだけど、その色々があまりにもお粗末過ぎないかい?……どう思う? ユリシーズ」


 アベルの名指しに、ユリシーズは肩を揺らした。まさか真っ先に自分に来るとは思ってもいなかった。


「まさか真っ先に自分が名指しされるとは思っていなかった?」


 心の声が読まれている。

 少し離れたソファーに座って見守っていた残りのメンバーも、アベルの本気にヒュッ、と息を詰めていた。


「……弁解の余地もございません」

「当たり前だよね? 君はジェラルド殿下の暴走を抑えるためにいるのに、それを止められずにみすみす逃すなんて……何のために一緒にいるの?」


 ヒャッ! と、心の中で縮こまった。

 指摘された事がごもっとも過ぎて、ユリシーズ自身己の失態に頭を抱えたくなった。


「イライザ殿下」

「はっ、はい!」

「君は騎士団を管轄する立場だけど、優先する地位は王女だよ? それなのに王女らしからぬ行動……それもバルコニーから飛び降りるだんなんて、一体何を考えてるの?」

「も、申し訳ございませんっ」

「謝って済むのは今回は良い方向に事が動いたからだよ。君に何かあればジャンが死ぬんだ。自分の過ちで部下が、婚約者が死ぬの。しっかり認識してる?」

「……ご、ごめんなさ」

「謝るんじゃなくて、部下のために最善を尽くす決意を表明して欲しいものだね。それに、ジャンもだよ。王女の奇行を止めるのも君の仕事だ。目の前で暴行事件が起きたとしても、王女を放って良い訳ではない」

「……肝に銘じ昇進致します」


 容赦なく突き付けてくる事実に撃沈する。

 一番年上のアベルは、幼い頃から皆のお兄さん役でもあり、褒める事も叱る事も、年長者の彼が担って来ていた。

 そしてそれは大人になっても変わらないのに加え、今は王家を監視する組織のトップも務めている……要は、パワーアップしているのだ。


「シンシア王太子妃」

「はひっ!」

「君は論外だよ」


 隣国に嫁いだ王女にも物怖じせず叱咤する様は、園庭に舞い降りたジェラルド以上に魔王に見える。そしてそれは、きっと間違いではない。

 シンシアの夫であり隣国の王太子・マティアスは、久し振りに見た友人の本気に若干引いていた。


(でも今声をかければ被害が拡大してしまうからな……)


 妻に甘いマティアスだが、アベルの叱責は正論なだけあってフォローも何も出来たものではない。


(それに、飛び火したら真っ先に言われるのは幼いお姫様だ)


 自分の隣に座る、遠い異国から嫁いで来たレイハーネフを横目で窺う。

 彼女は園庭での騒ぎで、目の前で起きる衝撃の数々に卒倒してしまい、目が覚めて状況を聞いた時は己を恥じてとても落ち込んだようだった。


(彼女に非はない……と言いたいが、王家に入るのに卒倒してしまうメンタルでは不安の声が上がってしまう)


 今回レイハーネフが倒れたのは過労という事にしてあるが、今後似たような事が起きた時に再び卒倒されては、いくら能力があるからと言えど、精神力が足りないと判断されてしまう。

 誰よりも先に反省の色を見せたレイハーネフをアベルは見逃したようだったが、今後見守る組の行動次第でこの部屋は怒りの炎に包まれてしまう。

 それだけは何とか阻止したいと、マティアスは妻の叱られている姿を見届けているのだった。簡潔に言えば、保身である。


「ジェラルドもヴァイオレットも、皆己の立場をもっと自覚する事だね」

「「「「申し訳ございませんでした!!」」」」


 全員で深く頭を下げて反省する。

 これで一先ず落ち着いたか? と、胸を撫で下ろした一同だったが、ふと気になり、マティアスは冷めた紅茶を口にするアベルに疑問を投げ掛けた。


「アベル」

「なんだい? マティアス」

「その……ジェラルドとヴァイオレット嬢にも、叱ったのか?」


 マティアスの問いに、部屋から音という音が一瞬消えた。


「ああ……ジェラルドとヴァイオレット? 勿論叱って来たよ。当たり前だよね?」


 アベルの告げた事実に、一同の頭の中には叱られた二人の姿が浮かんだ。

 一人は耳も尾も垂れ下がった狼のように、もう一人は不機嫌そうに尾を揺らす猫のように、アベルの話を聞いていたに違いない。


(怒らせると危ないのはユリシーズだが、厄介なのはアベルだな)


 精神をゴリゴリ削られた一同は、二度と繰り返さない事を誓ったのであった。


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