第17話 青との出会い2
クリフトフがヴァイオレットと会う機会は直ぐに訪れた。
妹・シンシアの誕生日パーティーでの事だ。主役はシンシアなので他の兄弟は控えめに参加していたが、気が付けば、会場を見回しても姿が見当たらない人物がいた。
(……兄上?)
パーティーの始まりには確かにいた筈の兄・ジェラルドの姿が、会場の何処にも見当たらなかった。
(どこに行ったんだろう……?)
いつも一緒に行動しているアベルとユリシーズの姿はある。それなのに、兄だけ人知れず何処かに行ってしまっていた。
クリフトフとて腐っても王族だ。側近を残して行く事の違和感を、彼はしっかり理解していた。
(……もしかして、ヴァイオレット嬢と?)
クリフトフの勘が働いた──否、兄を意識しているから気付いた事だった。
いなくなった事に自分が気付かなかったのは、周囲が抜け出すのを手伝っていたからだ。きっとパーティー前に念入りに計画していたのだろう……瞬時にその事実に思い至った彼は、会場の隅で人知れず憤慨した。
(みんな……みんな兄上ばっかり!!)
会場を涼しい顔で歩くイライザも、その姉の護衛騎士・ジャンも、主役であるシンシアも、兄の側近のアベルもユリシーズも、兄のものを取る弟から、皆ジェラルドを守り協力していた。
そう対応されてもおかしくはなかった。実際それだけの事を犯してしまっている。だがクリフトフはその扱いの差に怒り、大きなケーキが会場に運ばれ、皆の意識がそちらに向いている間に、彼はその場を抜け出した。
ジェラルドが抜け出してから、まだそんなに時間は経っていない筈だ。きっと会場の近くで会っているに違いない。
思い当たる場所に手当たり次第向かって行けば、ふと、笑い声が聴こえた気がした。
(どこからだ?)
耳をすまして、再び聴こえて来るのをじっ、と待つ。
すればクリフトフが立っている場所から二つ離れた部屋から、本当に僅かだが、男女が笑い合っている声が聴こえて来た。
とても小さなものだったが、その声は、確かに少女と──ジェラルドのものだった。
(見つけた!!)
感情が昂り部屋に飛び込みそうになるが、足音を殺しながら近付いて行く。
ここで間違えればヴァイオレットに会えなくなってしまう。せめて令嬢の姿だけでも確認しないと気が済まなかった。
(大丈夫、向こうは会話に夢中だ)
近付いて行く度に聴こえて来る、とても楽しそうな笑い声に、クリフトフは小さく笑った。
ジェラルドを元気にさせたのは、間違いなくヴァイオレットだ。オルブライド家に頻繁に向かうのも、アベルではなく彼女目当てに行っていたに違いない。
(どんな子なんだろう……)
ドアの隙間から、そっと中を覗き見た。
案の定、そこには兄のジェラルドと──見たことのない、燃えるような赤い髪をした令嬢が、ソファーに並んで座り、幸福を振り撒きながら会話を楽しんでいた。
「本当に、私たちだけここに居ても宜しいのですか?」
「うん。少しの間だけど、皆が時間を作ってくれたんだ。時間になれば迎えが来るから、それまでは、大丈夫だ」
「シンシア様に申し訳ありませんね……殿下のお誕生日パーティーですのに」
「そのシンシアが言い出したんだ。折角だから、少し話してくれば? と」
「そうですか……お優しい方でございます。でしたら、お言葉に甘えさせていただきますね」
「ああ……俺も、もう少し話していたい」
親密なやり取りが、クリフトフの嫉妬を強くさせる。
(……いいなぁ)
──自分もあんな風に笑い合える人がいれば、今よりもっと成長出来るのに……
いつもの様に嫉妬心を抱きながら見つめていれば、不意に、少女がクリフトフの方に目を向けた。
「……あっ」
思わず、息を飲む。
真っ直ぐ貫いて来た視線の先には、髪色の様な赤でも、アデルと同じアメジストでもない。
クリフトフを見つめる少女の瞳は、何の混ざりのない……青、だった。
「──っ!?」
カッ! と、身体が熱くなった。心臓はバクバクと荒れに荒れて動き、ダラダラと妙な汗も溢れてくる。
(……きれい、だ)
焼けそうな髪の色とは反対の青から、目が離せなかった。
だがその硬直は瞬時に終わりを迎える事となった。
「……あの?」
小首を傾げてそう口にしたヴァイオレットの声で我に返り、クリフトフは走ってその場を逃げ出した。
見られた事に……その相手がクリフトフだった事に、絶望を与えられたジェラルドの顔には気付かなかったが、気付いていたとしても、クリフトフには関係なかった。
走って走って……気が付けば、そこは自室だった。
ベッドの中に潜り込んで、クリフトフは今起きた事の全てを回想した。
綺麗だった、何もかも。
(兄上も上機嫌になるわけだ)
外見だけでなく、会話も楽しそうだった。公爵令嬢とだけあり、教養も十分備わっている事だろう……もしかしたら、ジェラルドの婚約者候補なのかもしれない。
(ほしい……)
一目見て惹かれたあの青がとてつもなく欲しいと、飢える様に求めた。
もし本当にジェラルドの婚約者候補だとすれば、今回の件で近々婚約者へと変わるかもしれない。
「急がなきゃ」
ベッドから飛び起きて、再び走り出す。
クリフトフの頭の中は、青で埋め尽くされていた。
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