第3話 隊員その2─王女と騎士─

 剣を交える音。甲冑がぶつかり合う音。怒号にも似た大きな声と、色んな音が響く騎士団の訓練所。そこで絶賛訓練中の騎士たちをまとめる、この国の騎士団長──ジャン・オールは、時期宰相のユリシーズの使いでやって来た、蝶の姿の使い魔から知らせを聞いて、唖然とした面持ちでその場に固まっていた。

 普段鋭い視線と冷えたオーラで相手をすくませるその印象は何処へやら……。そんなものは始めからなかったかのように、ジャンは指先に留まる蝶を口を開けたまま凝視していた。


「隊長! たーいちょっ!」


 副団長のトリノに声を声をかけられ、そこで漸くジャンはハッ! と我に返った。

 あまりのアホ面に羞恥で赤面しそうなのを咳払いで誤魔化して、顔を覗き込んでいたトリノに目を向けた。


「どうした、トリノ」

「いや、どうかしたのは隊長でしょ。どーしたんスか? なんか『信じらんない!』って顔してましたけど」

「…………いや」

「いやいや、そーんな反応されたら何かあったって言ってるようなもんじゃないですか。指先に蝶なんて留めちゃってるし」


 やたら食い付いて来る部下に顔をしかめる。

 確かに非常に悪い事が起きているのは確かだったが、それを無関係な者に教える事は口が裂けてもしたくない。


「……騎士団には関係のない事だ」

「え、じゃあ個人的なことッスか? え~余計知りたいじゃないですか!」


 個人的な事だと言えば諦めるかと思ったが、逆効果だった。

 トレノは腕が立つ騎士だが、どうにもプライベートに足を突っ込みたがる。

 さてどうしたものか、と、この状況を打開する案を練っていれば、訓練中の騎士たちがザワザワと騒ぎ始めた。


「ジャン・オール!」


 凛とした声が響き渡る。

 声のした方を見れば、そこにはこの騎士団を管轄している王女──イライザ・イェーガーが、背筋良くジャンを見据えていた。


「話があります。来なさい」


 鍛え上げた騎士たちを黙らせる程の覇気を見せる彼女に、周囲もジャンも感嘆する。

 踵を返すイライザの後を追えば、ふと、彼女の髪飾りに黒蝶が留まっているのに気が付いた。


(ああ……またお二人の心労が増える)


 その彼女たちを支えるのが自分の使命だと、ジャンは気を引き締めてイライザの後に着いて行った。



  *  *  *



 イライザに導かれるように辿り着いたのは、王宮の温室。深紅の薔薇が咲き誇るそこは他の温室と違い普段人の気配はなく、相瀬……もとい話し合いにはもってこいの場所であった。


「ジャン、貴方はどう思う?」


 二頭の蝶を薔薇に留めてやりながら、イライザは溜め息混じりに口を開いた。


「とても……アホとしか言い様がありません」


 二人の間に偽りはいらない。

 ジャンの答えにイライザは目を閉じると、眉間に皺を作って唇を噛んだ。


「どうして! 彼奴は! そう問題ばっかり起こそうとするのっ!?」

「そんなに噛んだら切れてしまいますよ」


 ジャンはイライザの唇を親指で撫でてやんわりと止めたが、彼女は依然として渋い顔をしたままだった。


「またヴァイオレットに苦労させてしまうわ……」


 イライザとヴァイオレットは兄同士が友人であり主従関係でありと一緒にいることが多く、そこから二人も一緒に過ごす様になり、今では親友であり姉妹であり、気心知れた仲なのだ。

 そんな相手に弟の愚行で迷惑をかけ続け早十年。その間ずっと心苦しい思いをさせ続けているヴァイオレットに、イライザは申し訳なさでいっぱいだった。


「そもそも彼奴との婚約自体間違ってるのよ!! 何で互いを求めていた兄上ではなくアホと婚約させたのよ!! あの暗君は!!」

「申請通りジェラルド殿下と婚約出来ていればこのような事態にならずに済んだのですがね……」


 ジャンの言う通り、元々はヴァイオレットと相思相愛だったジェラルドが婚約する予定だった。ところが横恋慕したクリフトフが国王に泣き付き、また国王も優秀なヴァイオレットをクリフトフに任せれば少しはマシになるだろうと考え、ジェラルドの申請は却下され、クリフトフが婚約を結んだのだった。

 ヴァイオレットの兄であるアベルも、いつもの笑顔は何処かへ吹っ飛び、仲間と一緒に「何でだよ!!」と叫ぶほど、当時の選択は愚かそのものだった。


「……これから、特に兄上の王太子就任パーティーまでは、何が起こるかわからない」


 イライザは真面目そのものだった。それだけクリフトフは過去から色々やらかしている……やり過ぎて兄弟姉妹ですら最早彼への信頼は皆無だった。


「イライザ・イェーガーの名の下に、ジャン・オールに命ずる」


 主の顔を見せたイライザに、ジャンは跪き、頭を垂れた。

 与えられる命令が手に取るようにわかり、また自身よりも親友を大切にする主に、ジャンの頬は自然に上がった。


「ヴァイオレットが危機に陥った際は、その時は、何よりも優先して彼女を守りなさい」

「……我が主の望むままに」


 自分達を引き合わせ、最悪だった関係を信頼し愛し合える仲に導いたヴァイオレットのために、二人の隊員は誓いを立てた。

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