徒浪塡 幻月環


 思い返せば、もう誰もいない 朽ち果てる家屋の軒に 鳥が巣をこさえていたのだ。

 累年の妙ではあるが、倒錯する思いだけが何事も成せずにいて。彼らにとっては安住の地であろう。屹度この先何があっても 後悔などはない 小さくて畏いもの。上手く飛立てたのであろうか、戻ってこれたのだろうか。これは彼らのえにしなのだろうか。くだらないほど心に染み入るこの想いなど、はじめから持ち合わせてはいないだろう等と、己を振り返り、自嘲一瞥する。

 そこ・・に確かに私がいるのだ。

 海へ沒む、浪に呑まれて深く潜る 生きは定かではないが。

 必要も無い、開放された心地で囚われ幾重にも縋る。波ノ色ガ・・・・ 飛沫を遺して 去って逝く。幾重にも魅せる鎖、絡み合う体、縺れた舌、藻掻くばかりであてにもならず喘鳴も哭く、ひとかき、ひとかき。我が首を締めあげ、喉笛を曳く、溢れたものは呪いとも祝いとも現される幻想蛾 ときに出くわす極彩の更紗、文様が霞んでは霧散する刹那ごとの余波、その輪郭だけが薄墨をも要して、無彩色の渦に浸食されるその脊柱の、脆く鈍い 白々しい刃に至る。

 私が私を見殺しにした、そのものを 思い出さざるを得ない。

「くだらないな」零しながら あぶくは 蒼空へ孵って言った。

 だが杭に図れた 己が葦は腐れ一帯と生った。

 なら私は何処までも私として かいなを延ばせるのだろうか。生易しく平を返す、軟らかく帯を解く甘噛みの色模様、浸っては水面下で陽を浴びる 不用意な歪みは、其れで心地よく 凡て当然の 易しさであり 自然である、とすれば私は何処か安らぎ 此処に留まり 季節を繰り返すが、如何に意味が有るかなどと もう巣食うものすら 我が身を喰らい尽し 容易く生き延びる。

 あれは穹を瞬く星屑の 暗幕を喰らう月光蝶の 鱗粉だけを捌けで散らした 姿を模したカラクリ仕掛けの宵の明星。海面に浮す堕天使達は 水母となりて ひとを貶め 咎を毒蛾に潜ませ、 情や欲に吊られた首が 姿形を擬態し海坊主にも至りますか、なら足を引くのは我が身の心と申し、明日も我が身と知らしめる。

 これは、生みへ点くその灯り。誰の瞳であったか、海岸線では瓦礫に混じり 縋りつく貝殻の 声を永遠に聞かす者がいた。じつと動かず風に靡くは 人魚姫とも云えば善い、過去の柵を祝い続ける 哥は、掠れて結えない。ほぐれ髪が指し示す、しとどの再生、襤褸布が魅せた希望に添えて、あの海鳥は阿呆と騙り 愚か小波とあい知った。

 ほそげそな唯のモノで有らねば 護ることも容易く在るまいとして、己が攻め立てる。その忌みを汲み取れる者は 傍らに蔓延る骨粉で盛って、力を鼓舞するみてくれの骸のことか……

 燃え尽きた生きはとうに寂びた楔、性は既に展の情。繋がれる魂は視力を遺して散った。ほら薄闇に光る暁光のこと、僥倖だって当然昇華る。

 強欲の苑に羽搏かせた、頂きに堕ちた顛末、它翅くちなわつばさ

  今宵も又そのやわらの光にられた骸たちを躍らせ、高ぶらせる天壌に 何を以て、幸と誑かすのか。どうせこの夜は何時かくたばるもので 日々火照り 旱魃かんばつえ 場当たり的にくらわれる天災のありさまとあり。

 なすれば詭弁も参ろうと、いまここにひとひとと、出遭えた定まりに ひとときの愛慾に溺れて果てれば善し。成せれば埋めよ殖やせよ、蛆虫どもがわらわら集るもの、思いなり躰なり、祖の否の天は凡てを見透している、嘘も誠もここにえる。


 辺り一面の未知を踏み締める。紅葉たちが慶んでいるように囁かれる、それはそれはこそばゆい、 己が、心が馬鹿馬鹿しいが、別段誰も困るものもいないのだと、そのまま北風に背を任せ襟をかき合わせて行く。この際共に逆らわず ゆるゆる撒かれて仕舞えばよかったのか。ほどよく温まった陽に満ちる 色鮮やかなモノ達に耳を貸す。風は確かに泣いているのだ、しかし怨嗟でもなく唯張り付いた魂が 憑き物だったのか、否か、だれかもわからない。(徒浪塡)

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