486 貴女のための物語

 失墜するアベルの民にもちろん苛烈な追撃が加えられる。爆弾、ミサイル、フォークトによる特攻。もはや出し惜しむ意味などない。

 しかしアベルの民も弱っている今だからこそ死力を振り絞り防御する。まだ奴らは諦めていない。

 ついに積乱雲を抜け、きりもみ状に落下する。当然こちらも攻撃する。なるほど。奴らの逃走経路は落下しながら地上に向かうことらしい。できればそれまでに決着をつけたいが……ち、あんにゃろう、銀髪の奴め。

 どうやら巨人が腕を伸ばしてアベルの民を守り、受け止めるような姿勢をとっている。あれに守られるともう手出しができない。どうやらただ落ちるだけではなく、銀髪のもとへ向かっていたらしい。どこまでも計算高い奴め。

 急いで攻撃を仕掛けるが、やはりアベルの民はこれが最後だとばかりに光の壁で攻撃を耐えきり、巨人の腕に抱かれ、ゆっくりと下降していき、遂に着地した。


「和香。空中部隊は巨人の攻撃が届かない場所で待機」

「コッコー。どうなさいますか」

「ひとまずは美月と久斗待ちだな。当初の予定だともうちょっとしてからアベルの民が生き残った場合、後で銀髪と仲間割れさせる算段だったけど、あの二人ならここが好機だと判断できるだろう」

 まあ適当に攻撃されたふりでもしてその責任をアベルの民に擦り付けたりするのだろう。めちゃめちゃ得意だしな。そういうの。いやはや全く実にしつけが行き届いている。

 そう余裕綽々で構えていると、突然巨人が身じろぎしたかと思うと遂には陽炎のように揺らめき、煙のように消えていった。

「何だ……? 何が起こってる?」

 銀髪に何か異常があったのだろうか。しかし、あの銀髪を傷つけられる相手なんかいるのか? アベルの民ならもしかしたらできるのかもしれないけど……バセドウ病はそう簡単に治らないと思うんだが?

 上空から観察すると、どうやらアベルの民が銀髪に対して攻撃を仕掛けているらしい。いや、というかあれ……。

「うむ。どうやら銀髪を捕食しようとしておるようじゃな」

「いや冷静に言ってる場合か千尋! やばすぎるだろ!?」

 アベルの民が銀髪の魔法まで習得するとか悪夢以外の何物でもない!

「あわてるな。お前が言っておっただろう。万が一銀髪に異常が起これば奴らを向かわせると」

「あ……そういやそうだった」

 そう。

 この事態は概ね予想されていた。銀髪にこの世界で敵うやつはいないだろう。しかし、この世界でなければどうか。つまり、監理局の連中なら?

 何か、銀髪が反旗を翻した場合の安全装置を用意しているかもしれない。それを破るための策はあった。




 どうしてこんなことになったのか。

 ファティはそう思いながら、今にも迫りくるアベルの民の口を他人事のように眺めていた。

 巨人で落ちてくるアベルの民を受け止めたまでは良かった。話しかけても応答がなかった。とにかく守るために巨人を盾にしていた。もう誰も死なせないために。

 だが突然アベルの民は攻撃してきた。何の前触れもなく、警告もなく。相手の攻撃を自動で防ぐ力がなければその時点で死んでいたかもしれない。

 錯乱しているのかとも思い、何とか説得しようと試みた。

 話しかけると頭の中に声が響いた。しかしそれはアベルの民の声ではなく――――巨人を授かったときに聞いた、神の声。


『代償を払う時が来た』


 代償。

 巨人と、死なない体を得る代わりに寿命を削る。確か以前そう言っていた。……今? よりにもよって今? 

 この、戦闘の最中に? せめてこの戦いが終わってから。せめてアベルの民の国まで。どうしてそれまで待てないのか。それとも。

 神は私がこれに食べられることを望んでいる?

 ゆっくりと泡立ってきた反骨心が喉を震わせる。

「ア、 アベルの民さん! どうして、あなたはどうしてこんなことをするんですか!?」

 触手のような何かを振りほどこうともがきながら、それでもただの少女でしかない自分ではとてもかなわない。

『我々にはあなたの輝きが必要だ』

 確かに今のアベルの民は傷ついている。この方々が魔物を取り込んで魔法を使えるようになるという話は聞いている。

「それは、私が協力しますから……」

『否。それでは意味がない。あなたの素晴らしい輝きはいつか消えてしまう』

「え……それは当然でしょう。誰だって、いつかは死にます」

『否。我々は不滅。我々が貴方の輝きを取り込めば、それは代々継承できる。このままでは貴女一代限りで終わる』

「だから……だから私を殺すんですか!?」

 ファティからすれば理不尽な話だった。魔法を奪うために殺すと言っているのだ。だが、アベルの民はむしろ不思議そうに反論する。

『否。殺さない。貴方は我々の中で永遠を得る。我々が貴方を引き継ぐ』

 ファティはようやくアベルの民を理解した。

 つまり、アベルの民は魔法が全て。魔法を使っている人間はどうでもいい。その人格も、肉体も……すべてが魔法の付属品に過ぎない。

「それが……あなたの言う助け……?」

『然り。我々は全ての生命の助けとなり、すべての命を取り込む』

 理解できない。無理矢理命を奪うことが助けだなんて。傲慢にしか聞こえない。

 ああでも……この世界の人々の言葉を理解できたことなんて、一度でもあっただろうか。

 そんな疑問が頭をよぎると……視界は閉ざされた。

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