481 地上からの光
アベルの民との戦いは地上、空中、その二つで行われることになった。しかしその一方でクワイ陣営も要塞に近づいてはいた。だが、その歩みは呆れるほどに遅かった。
何故ならば銀の聖女がそうお決めになったからである。
数時間前に行われたファティと美月の会話はこのようなものであった。
『ええっと、それじゃあ去年の戦いでは進軍の最中にものすごく死者が出たのね?』
『はい。敵の穢れた兵器によって尊い命が失われました』
沈痛な表情を浮かべるミーユイを見て失われた命の多さに胸が締め付けられそうになる。
『もうそんなことをしてはいけません。できるだけ被害を少なくする方法はありませんか?』
『我々の御心配をしていただく聖女様に感謝の念は絶えません。ではできうる限り進軍を緩め、聖女様の巨人によって守っていただくのが最善かと思われます』
『うん。わかった。今度こそ、私がみんなを守って、みんなで無事にアベルの民さんの場所まで行ってみせる』
その覚悟は気高いかもしれないが、戦争とは結局誰かが死ぬのだ。それをなるべく抑えるのが戦術や戦略と呼ばれる戦いの手法だ。
銀の聖女がすべての国民を守れるようにするため歩調をゆっくり合わせるというのは戦術にはなる。しかし安全や防御だけを固めていては攻撃が鈍るのも必然である。多少無理にでも攻めた方が最終的な被害は少なくなるのもまた戦争なのだ。
要するに戦争の素人があっさり騙された結果、銀の聖女というこの戦場における最大の戦力を途轍もなく非力な三十万人の難民を守るためだけに浪費するという愚行をしてしまった。
もしもここでクワイが遮二無二前進し、アベルの民と共に要塞を攻撃すればすぐにでも、がれきの山を築いただろう。犠牲を惜しんではいけない場面というものが戦争にはあるのだ。特に、現在のクワイのように追いつめられていれば。
事実タストやウェングはそうするつもりでいた。しかし梯子を外されたようにファティとの連絡手段が途切れてしまい、どうにかそれを修復したころにはすでにすべては決まった後のことだった。
今までファティをいいように利用してきたと感じる負い目からもそれ以上強くは言えず、俯いて黙るだけだった。
こうしてエミシ側はほぼ完全にアベルの民の打倒に専念できた。
美月と久斗はこの段階でさえこの戦争の最大の功労者と断じてもよかった。
「フォークト隊、第二陣出撃。今度は鷲も同伴してくれ!」
再び木と石と、あとアメーバのよくわからんプラスチックでできた飛行機が空へ向かう。……どうにも恰好がつかなかったけどその性能は折り紙付きだ。とにかく敵に突撃するだけならマジで優秀極まる兵器なのだ。機体は帰ってこれないけど。とりあえず地球で同じような兵器が作られないことを願う。人間じゃ脱出できないし。それは八十年前に言っとけって話だけどな。
おっと、脱線した。
この第二陣もまだ本命ではない。今回はどうやって敵の探知をごまかすか。戦争の歴史とはどうやって敵を見つけ、逆にどうやって敵に見つからないかを繰り返してきた歴史でもある。当然航空機を発見させないための方法はいくらでもある。
またしても輝く電光。
正確にフォークト隊の一機を撃ち抜いていく。
「ち! さっきより早いな! 脱出して妨害散布!」
カッコウが飛び降りると同時に機体、そして鷲たちから様々な物質が放出される。
一つ、ギリシャ火。急遽作ったそれは高熱を発し、航空機にとってフレアと呼ばれる熱探知を欺瞞するデコイの役割。
二つ、比較的入手しやすい大量のマグネシウムの金属片。これは電波によるレーダーを妨害する。木やプラスチックも電波を反射するが、金属の方が反射率が高いのでレーダーを妨害しやすい。
最後にカッコウ自身。念のためにエコーロケーションを応用した超音波を発する。
電波、熱、音波。
これだけの探知手段の欺瞞を掻い潜れるか!?
そして、レールガンが貫いたのは金属片、チャフだった。
「うし! まずは電波――――」
しかし次にギリシャ火、つまりフレアが破壊される。
「ああ!? 温度も探知してんのか!? 何でもありだな!」
だがこれで何を探知しているのか見当がついた。誤魔化せなくはない。とはいえできれば観測手を排除したいけど……。
「おう、蟻の王」
「ん? ケーロイ? どうかしたのか?」
鷲の族長は戦いの結末を見に来たのか、それとも単に未開の地を漫遊しにきたのかここでも鷲のまとめ役をしている。
「どうやら、地上から飛んできた何かを我々のともがらは
渡り鳥には地磁気を感じ取れると聞く。魔物が発する電波を探知できても不思議じゃない。
「場所はわかるか?」
「無論。案内はいるか?」
「いや、いい。どうもあいつらは高速で飛行する敵を優先して狙ってる。この状況でお前たちが飛び続けるは危険すぎる。フォークトの影に隠れるように飛行してくれ」
「おうとも。では場所だけ伝えよう」
これで観測手の場所もおおよそわかる。一つずつ、一歩ずつ、追いつめてやるぞ、アベルの民。
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