231 空から降る星

 鷲は竜巻のようにぐんぐん上昇し、あっという間にその姿は砂粒のように小さくなる。驚くべき加速力。

 当然だけど上に昇る方が下に降るよりも大きな力を必要とする。しかしそんな物理法則をあざ笑うかのような速度。地上にいるうちに一発攻撃を当てて速攻で仕留める作戦もあったけどこの様子じゃあ無理そうだ。

 明らかにその戦法を警戒している。どこかから聞いてきたのかオレの知らないうちにオレたちの戦い方を研究していたのだろうか。

 何にせよ予定通り持久戦の体勢を整えよう。


「今こそ私たちの研究の成果を見せるときですね!」

 ばさりと布を広げ、<毛舞>を布全体に発動させる。説明するまでもないがこの布には豚羊の毛が織り込まれており、魔法の適用範囲内!

 あらかじめ用意して折りたたまれた骨組みを組み立てつつ、布を通していき、最後に簡易的なテントが組みあがった。

 この間わずか十数秒。あくまでも簡易的とはいえよくもまあこんだけ時間を短縮できたもんだ。

 それを見ていたのか鷲は空から急速に落下する。こちらの準備が整う前に決めるつもりか。猛禽類の一部の落下速度は時速300キロを超える。

 その速度で襲いかかれば茜はひとたまりもないだろう。が、それは逆に茜に反撃の機会が訪れることを意味する。天空には決して手が届かないけれど、襲いかかる一瞬なら反撃は可能だ。

 しかし、あの鷲がそんなリスクを冒すだろうか。

 もちろん答えは否。

 降り注いだのは鷲自身ではなく地上から飛び立つ寸前にそのかぎ爪に掴んでいた石。途轍もなく原始的かつ単純な攻撃、投石。

 ただ石を落としただけ。ただの石と侮るなかれ。例えばマンションの屋上から石を投げて通行人に当たればどうなるだろうか。当たり所が悪ければ死ぬだろう。

 高い所から石を落とすのは十分な凶器になりうる。

 ただの石が雨あられと降り注ぐ。散弾銃のような石が茜に殺到する。

 当たれば大怪我。悪ければ即死。

 しかし。

 その凶器さえもただのテントが防ぎ切った。石を受け止めたテントは傷一つもない。


「茜! 無事だな!」

「はい! 痛くもかゆくもありません!」

 鷲がこうやって投石をすることを予想できていた。

 鷲を始めとした猛禽類の中には硬い亀を上空から落として甲羅を割ることがある。中身を食べるにはその方が楽なのだ。

 つまり、鷲は高くから物を落とせば硬い物を壊せるという理性を持っている。この鷲ならそれ以上の知性があっても驚かない。

 あらかじめ高所からの落下物を防御できるくらいの防御力を持たせておいた。例えば強化蜘蛛糸を編み込んだり、編み方そのものを工夫したり、という具合だ。

 ひとまずこれで一撃事故死はなくなった。

「ここから反撃するぞ。まずは準備だ」

「はい!」

 近場に生えていた小さいユーカリに手を、ではなく毛を伸ばす。

 いやー、こんなところにユーカリが生えているなんて偶然だなあ! ラッキー! 

 ……なワケねーだろ。

 これは事前に植えたユーカリだ。こんなところにユーカリが生えるわけない。

 まずティラミスのルールとして魔物を持ち込むことは認められていない。が、それはあくまでも決闘が始まるまで。

 決闘の場所が始まってなければ誰がどこに入っても問題はないし、あらかじめ自生している魔物ならば問題はないらしい。ていうかいちいち撤去なんかしてられないし。

 要するにルールの抜け穴というやつだ。

 なので昨日群生地からユーカリを引っこ抜いてここまで運んでさらに植えた。その走行距離およそ500キロ! この短時間で走破しえたのはスカラベによる虫車のおかげだ。

 いやマジでよくやった。あの交渉のおかげでユーカリを植えやすい土地に誘導することができた。

 ていうかこの作戦辛生姜でもありだからもうちょっと早めに気付けばよかった。

 とはいえこれで植物の魔物なら限定的に使用することができる。そしてユーカリの魔法はこの局面を打開する道具を作れる……と思いたい。

 そして鷲の方は……一度地上すれすれを飛び、再び上昇を開始する。


「茜。敵が向かってきたらこっちから警告する。それまでは準備に集中しろ」

「了解です!」

 茜は糸を張ったり、火をつけたりと内職にいそしんでいる。流石に全ての道具を瞬時に展開するのは無理だ。

 しかし鷲の方もすぐに攻め込むことはないはずだ。結局上空からの投石を続けていれば勝つことはあっても負けることは絶対?ないはずだからな。こちらが瀕死になるまでは無理をしないはず。

 一方的に攻撃できるというのはやはり強い。もっともその戦術を貫けるかどうかは状況によるけどな。

「コッコー、しかしあの鷲、いったいどうしてあれほど下降と上昇を繰り返すことができるのでしょうか?」

 外から監視している和香からの質問だ。同じ飛行生物としての疑問だろうな。

 人間で例えれば東京タワーを一階から最上階まで走るほどにしんどいはず。……文字だけで死ねそうだなそれ。

 鷲などの大型鳥類は全般的に上昇が苦手だ。その対策として高い所に巣を作ったり、上昇気流に乗って一気に上昇することも珍しくない。その代わり滑空は得意で、ある動物学者が観察したところ数分間一度もはばたかなかったことがあるという。

 ではどうやってあれほどの急下降と急上昇しているのか。

 その答えはもちろん魔法だ。鷲の魔法は風、あるいは空気を操る魔法であるはずだ。奇妙なのはその特性にある。

「推測になるけど、あの鷲は空気抵抗の一部をエネルギーとして蓄えることができるんだと思う」

「……コッコー?」

「なんて言ったらいいかな。速く動くと風が当たるだろ? その力を自分の力にできるんだ」

「コッコー。大体わかりました」

 まじかよ。理解力スゴイナー。

 地球的に説明すると風力発電のようなものだ。風の力で発電するのではなく、魔法を使うためのエネルギーとして保存できる。

 つまり速く動けば動くほど保存できるエネルギーも大きくなる。エコすぎる魔法だ。ある意味カンガルーとも似た部分がある。

 これに気付いたのは鷲がはばたいたり降りたりするときに異常なまでに音が小さかったこと。

 はばたきというのは意外に大きい音がする。音とは空気の振動。逆に言えば音が発生している時は振動エネルギーが無駄に放出されているということ。

 実際に飛行機の騒音対策として音をあまり出さない様々な方法が考えだされているらしいけど単純に静かになるだけでなく、省エネにつながる技術でもあるらしい。

 つまり奴は限りなく小さなエネルギーで飛び立ち、上昇することができる。

 人は鳥を見て空を飛びたいと思ったらしいけれど、残念ながら奴らはいつも先を行っているようだ。


「!? 茜! 鷲が来てる! 作業中断!」

「はい!」

 再び雨のように石粒が降り注ぐ。しかしテントは小動こゆるぎもしない。

 このままなら数十回繰り返したところで同じ結果だろう。しかし敵がこのまま手をこまねいているとも思えなかった。

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