194 決戦

「さて、これで内ゲバは解決。ありがとうな翼。お前らの密告のおかげでだいぶ楽ができた」

「王ならば我らの助力などなくとも容易く奴らの計略を打ち破ったでしょう」

「流石にそれは買い被りだ。一応やることはやってるけどな」

 ほとんどの種族にスパイとして育てた魔物をこっそり忍び込ませてはいるけどその程度ではとてもじゃないが万全とは言い切れない。

「つかぬ事をお伺いいたしますが、王の目的とは何ですか?」

「目的? 細かいのは色々あるけど、一番はオレが生き延びることかなあ」

「……生き延びる……本当にそれだけですか?」

「ついでとしての楽しみとかお前たちに分け与えたりするものは必要だけどな」

 とにかくオレは死にたくない。まずはそこから。それが満たされたら、おまけや余禄として余裕があればオレ自身の知識欲や食欲を満たすための道具なりなんなりを作る。オレは大体その繰り返しだったし、でもそれだけだとついてくる奴はいないだろうから他の奴らにも何かを与える。


「それが悪いと思うか?」

 正直糾弾する権利くらいはあってもいい。自分ばっかり優先するなとかもっとこっちにも何かくれとか要求することはおかしくもないし、部下へのヒアリングも健全な国家運営にはやっぱり必要だと思う。

 でも否定はさせない。生き延びたることが悪いとは言わせない。もしも国家人民の為に命を投げ出せなどと言われたくはない。

 まあオレ自身は部下に対してそういうことを言わなければいけない立場なのだし、オレはこいつらよりもオレ自身の命を優先する。卑怯だと、臆病だと罵られたとしても。


「いえ、よろしいかと。我々もあなたがいなければ立ち行かないでしょうから」

「そっか。ありがとな」

 こいつらもオレの命をなるべく優先しなければならないという計算はきっちりしてくれているらしい。ま、期待されてるなら応えた方がいいとは思うし、ご褒美くらいは用意するべきだとも思う。

「あなたが考え、我らが動く。それでよろしいでしょう」

「そうだな、じゃ、ここの処理は任せるぞ千尋」

「は~い」

 新参者も、古参も納得してくれていることを確認すると、テレパシーを打ち切って自室に戻った。


「やはり我らの王は恐ろしいお方ですな」

「んん? 何がにゃあ?」

 独り言のつもりで発した翼の言葉に、死体を処理していた琴音が反応する。ラプトルは音を使ったコミュニケーションを行うアリツカマーゲイとは仲が良く、翼自身も琴音と懇意にしていた。

「目標に向かって邁進まいしんし、それを自らのためと言い切る心でしょうか」

「ふ~ん? 不満なの?」

 今度は千尋が会話に加わった。翼は気付いていた。先ほどから千尋がこっそりと糸と視線を翼自身に向けていたことを。

「いいえ。ただ我らにはありませんからね。あなた方にもないでしょう?」

「私はそんなことないけどにゃあ。……でも何が何でも生きようとするのは私らにはない心にゃあ」

「紫水はそういうのをエゴって呼んでたよ~」

「エゴ……ですか。もしも王が我らのように他者の為に容易く命を投げ出すような性格ならここまで勢力を伸ばすことはできなかったかもしれませんね。王は利害が一致していると仰っていましたが……それだけではなく我らは皆、王のエゴに惹きつけられているのかもしれませんね」

「いや? 別にどうでもいいにゃあ」

「御飯がおいしいからついていくよ~」

「……異種族コミュニケーションとは難しいですね」

 翼の慨嘆は誰の心にも溶けることはなく消えていった。


 自分の部屋でさっきまでの内乱を反芻する。

 正直内心ではかなり焦っていた。古今東西のありとあらゆる共同体でもっとも恐ろしいのは内部崩壊だ。いかなる外敵よりも味方が敵になる方がよっぽど恐ろしい。それでも迅速な対応ができたのはエルフの手記を読んでおいたからかもしれない。あれも一種の内部崩壊だ。組み込んだはずの部下に反逆されて挙句の果てには知識や技術を奪われた。

 国の崩壊するパターンとしてはもっともありふれており、それだけにオレの身にも降りかからないと言い切れない。

 それを防ぐためにはどうすればいいか。

 簡単だ。


 ちゃんと支配すればいい。


 適度に飴を与えつつ、飴すら受け入れられない連中はとりあえず皆殺しにしてから次の世代に教育を施し、オレたちに従うようにする。魔物は成長が早いから、環境さえよければすぐに増える。だからわざわざ潜在敵を生かしておくよりも全部首を挿げ替えた方が手っ取り早い。

 もちろんすべての民を受け入れてその信仰や思想を十分に尊重できればそれが一番だ。しかしそれは無理だ。たった一つの種族しか存在しない地球でさえそれはできない。この複数の種族が混交する世界でそんなことは不可能だ。エルフの歴史とヒトモドキの現状がそれを物語っている。

 誰かがトップに立って上から押さえつけないと社会が成り立たない。と、いうわけで、

「よし、オレ、独裁者になろう!」

 ま、もとから似たようなもんだけどな!

 そしてそのために必要なのはまず教育! オレに逆らわないようにかつきちんと論理的に物事を考えられるように教育する。そしてその為に必要なのは魔物たちを纏めるための骨格になる物、つまり思想、イデオロギーのようなものだ。

 ならやってやろうじゃないか。共産主義だろうが何だろうがそれがオレの支配を盤石にするなら採用しよう。ありがたいことに魔物は全体主義が強い。それなら共産主義による統治も地球人類よりは容易いはず。……まあ本当に地球で共産主義に傾倒している人からすれば噴飯ものだろうなあ。明らかに主義を統治の道具としかみなしていないんだから。

 支配しつつ、なおかつ国民を幸福にする。それが幻影であれ、教育の結果であれ、誰かを幸福にしているのならよしとするべきだ。……偽善と呼ばれてもしょうがないけどね。

 つまりあれか。明るく楽しく笑顔の絶えない統制と密告と支配の国家!

 思いっきり! 明らかに! ディストピアじゃねーか!


 ま、いいや。それよりもラーテルだ。目の前の危機を乗り切ってから色々考えよう。

「ラーテルの様子はどうだ?」

「現在休息中。ただしラーテルの周りにいる魔物はどんどん増えている」

 ラーテルは雨を待つ間に何もしていなかったわけじゃない。魔物を狩って、その死体をあえて放置していた。なぜそんなことをしているのか不思議だったけど狙いは魔物をおびき寄せることだ。おびき寄せた魔物は敵でも味方でもない。しかしどうやらラーテルたちはある程度魔物を選んで手元に置いているらしい。

 ラーテルにダメージを与える可能性のある魔物を排斥しつつ、肉盾になりそうな魔物を集めている。魔物たち自身もいいように扱われているくらいは自覚しているかもしれないけど、ラーテルについていけば食料にありつけるということは学習しているらしく、ラーテルに襲われない程度の距離を保っている。

 死肉を漁るハイエナを意図的に引き付けているようなものだ。実際にはハイエナが獲物を奪ったりしているだけじゃ……って長くなりそうだから割愛。

 こういう頭の良さもラーテルの厄介なところだ。地球でもミツオシエなどと共生関係にあるラーテルはこの世界ではさらに他の生物を利用するのが得意らしい。

 そのミツオシエも周囲にたむろしていて、数百羽の大群になっている。多分ラーテル自身を除けば最大の障害はこいつらだ。こいつらが飛行しているとカッコウの空襲を邪魔される。

 ミツオシエがラーテルを守るかどうかまではわからないけど少なくともこっちの味方にはならないからな。周りを飛び回られるだけでも十分うっとおしい。

 むしろ二年前に戦ったラーテルが弱すぎたのかもしれない。単なる戦闘力の話じゃない。あいつは冬眠開け直後で全く準備を整えている暇がなかった。それはオレも同じだけど、向こうだってあれが最弱の状態だったんだ。今は万全の準備を整えて、戦力を集めている。しかしそれはこっちだって同じこと向こうの準備以上にこちらが準備すればいいだけ。

「紫水、西の方のラプトルから連絡があった。もうすぐ雨が降るらしいとのこと」

「了解」

 この国も偏西風の影響なのかどうかはわからないけど西から東に天気が変わることが多い。

 だから一番西にある巣にラプトルを配置して天気予報をさせることにした。多分時間はもうない。


「千尋、爆弾の使い方を説明するぞ」

 戦いの時が迫ってきたので秘密兵器である爆弾を使うことになる千尋に使い方を説明する。これなら雨の中でも問題なく爆発するはず。……そういえば前にもこんなことがあったっけ。あれは千尋に会う前だったか。

「うむ、どうすればいい?」

「そんなに難しくはない。ここの突起に糸をくっつけてそれを引き抜くだけだ。それで爆発する。試しに一度爆発させたから大丈夫だ」

 ただし量が少ないので作れた爆弾は一個だけの一発勝負。いくつかに分ける方法も考えたけど下手に分けるよりも一個に集中させた方がいい。もしも外したらその時は……逃げるだけだ。

「ただ相手はかなりオレたちについて警戒しているからな。多分まともに投げても当たらないと思う。だからできるだけ敵の注意を逸らさないといけない。それには全員の協力が必要だ。点呼するぞ?」

 テレパシーで全員に対して呼びかける。

「千尋、最後の一撃は任せるぞ」

「うむ」

 なじみの蜘蛛に声をかける。

「羽織、お前の出番も多分最後になるけど辛抱しろよ」

「前進のためには停滞も必要か」

 割と長い付き合いのドードーに念を押す。

「翼、お前には色々任せているけど確実にこなせよ」

「お任せを」

 優秀な前線指揮官である翼には一番働いてもらわないといけないかもしれない。

「カッコウ。この戦いが終わったら名前をやるから期待してろよ」

「コッコー」

 カッコウはある意味一番重要だ。何しろ空から安全に攻撃できるのだから。

「寧々、七海、弓矢隊などの働き蟻の指揮は任せるぞ」

「「はい」」

 弓はラーテルには効かないはずなので牽制とラーテル以外の魔物に対して行うべきだろう。

「誠也。不満はないな」

「ww」

 懐かしの青虫はいつも通りだ。

「茜、これがほぼ初戦だけど緊張するなよ」

「はい!」

 今までとは打って変わって元気溌剌の豚羊は勢いよく返事する。

「瑞江。お前らは今回出番がないけどすねるなよ」

「ワタクシの子供が傷つかないのは良いことです」

 直接戦わないけど海老はもう十分に働いてくれた。

「琴音。お前はとにかく敵を攪乱しろ」

「ラーテルの肉は一番にもらうにゃ」

 音を利用したりテレパシーで偽情報を流してラーテルの取り巻きを少しでも削ってもらわないとな。

 さて、点呼終了。外の様子を見るとしとしと雨が降っていた。


 次第に雨は強まり、曇天が空を覆う頃。

 白と黒の獣は動き出した。数多の群れと子供を引き連れて、しっかりとした足取りで戦場へと、決戦の舞台へと向かっていく。

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