185 ストレイキャット
うだるような暑さは森の木々を突き抜ける。季節は夏。しかしこの暑さでも時を惜しむように蟻は働く。どこでもいつもと変りなく。
この樹海でも変わらない。
しかしながら怠け切っている連中もいる。というよりも蟻のふりをして上手く怠けている奴らがいる。
少し前にも話したけど蟻の巣は途方もなく広大で同時に複雑なシステムを構築している。
だからこそそこに蟻以外の生物が入る隙間が生まれる。例えばゴマシジミという蝶は蟻の巣に上手く入り込み、幼虫を食らう。アリツカコオロギは蟻に成りすます。アリノスシジミは強引に巣に入り込んでさなぎになり、そこで羽化する。
これらを総称して好蟻性昆虫と呼ぶ。要するにあくせく働いている蟻から何かをちょろまかしている詐欺師だ。それも生存戦略一つだけどな。でもなあ……。
「だからと言ってだらけすぎだろうがアリツカマーゲイ!」
目の前の樹上にはだらーんと足を投げ出しているネコ科のような魔物たちが!
ちなみにアリツカマーゲイというのはこいつらのあだ名。なんせこいつらの頭には触覚があるし足は六本だからどう見てもまっとうな生命体じゃない。ただ擬態にしてはあまり似ていないことからわかるようにこいつらは見た目で敵をだます生物じゃない。
こいつらの魔法はどうも音を操る魔法らしく、それを利用して獲物をおびき寄せたり仲間のふりをしたりする。ちなみに主な利用方法は蟻の獲物をだまし取ることだ。
さらにテレパシーも蟻と似ているらしく、目視できていなければ蟻をごまかすことも可能で、探知能力でも蟻のように見えてしまう。
ただアリツカマーゲイどうしのコミュニケーションでは蟻の可聴域外の超音波を使っているらしく、それゆえに超音波を
が、いつまでたっても逃げる気配がない。それどころか鼻先三寸まで来てもだらけたまま! お前ら野生どこ行った!
「うるさいにゃあ。ゆっくり休ませてほしいにゃあ」
にゃあて……思いっきり猫だな。テンプレかつあざとい。そんなことでオレがほだされるとでも思ったのか? 後でもふもふしてやる。
「ええっと……お前らは逃げる気はないのか?」
「どうして逃げるにゃ? 面倒だにゃ」
「いや……襲われたらどうするんだよ」
「別にー? 食べられるだけにゃ」
なんと。捕食ウェルカムとは。自堕落生物ここに極まれりだな。
やべえ。ニートほどやる気を出させるのが難しい生き物はないぞ。
「いや、普段は狩りをしてるだろ? その時はどうやってやる気出してるんだよ?」
「いいことを教えてやるにゃ」
「何だよ」
「ただで食べる獲物の味は美味いにゃ」
今日一のいい笑顔。心の底から幸せそうだ。
「ニートでもそんなに割り切ってねえぞ多分……」
やばいなこいつ。蜘蛛ですら腹が減るとやる気を出すというのに……こいつからはできるだけ楽をしようというダイヤモンドよりも硬い意思を感じる。楽ができないなら死んでもいいし、楽をするためなら誰でもだます。なまじ能力が高そうだから厄介だ。これもある意味優秀な怠けものなのか? だからこそ欲しいんだけどな。
しかしどうしたもんか。こいつらを協力させる方法はあるのか? もうちょっと探るしかないな。
「あー、なんだ、お前ら何かしたいことはないか?
「ないにゃ。ぐーたらしてればそれでいいにゃ」
いい加減オレも交渉に慣れてきたかと思ったけど難しいなあやっぱり!
「じゃあもっとぐうたらしたくないか?」
「今で十分にゃあ」
ええい働かない若者か! ちくしょう! どっかの老害がもっと働けと言いたくなる気持ちがちょっとわかるぞ!?
こうなったら数撃ちゃ当たる戦法だ!
「なら甘い物はどうだ!?」
「甘いって何にゃ?」
しまった! 猫は確か甘味を感じないんだった!
「肉! めっちゃあるぞ!」
「別にたりてるにゃあ」
「じゃあ日向ぼっこはどうだ!」
「暑いの嫌にゃあ」
て、手ごわい。
まじでどうしよう。こいつの騙す能力はかなり貴重だ。全体的に魔物は嘘に弱い。女王蟻の巣に潜入したり、壊滅させるには嘘がつけないと厳しい。ある意味生まれた瞬間から他人を騙しているこいつらに対抗できる嘘つきは多分地球人類とヒトモドキだけだろう。
何かヒントはないか? こいつとの会話に何か……一個だけ思いついた。
「ならもっと美味い飯を食いたくはないか?」
「それは別に……」
「いやいや。最後まで話は聞こうぜ? お前たちが今まで刈ってきたのは小物だろ? もっと大物を刈りたくないか?」
「大物? 誰にゃ?」
「女王蟻だよ」
ピクリとしっぽが動いたのを見逃してないぞ? 興味あるんじゃないのか?
「なあアリツカマーゲイ。お前狩りを楽しんでるだろ?」
「……」
おおっとお? 意外にも当たりか?
「いやいや責めてるわけじゃないぞ? 狩りを楽しむのは本能だ。誰にも咎められるべきじゃない」
「ふうん? じゃあお前は女王蟻を殺して喜んでいる私らを仲間にしたいっていうのにゃ?」
「もちろんだ」
「女王蟻の首に噛みついてぐちゃぐちゃ肉をかみしめてもお前はそれをよしとするのかにゃ?」
「もちろん。それがオレとオレの部下じゃなければ別に構わない。まあ色々ルールを守ってもらわなきゃならないから完全な自由とは言わないけどその分楽しめると思うぞ?」
「……一回くらい思う存分死体を弄びたいと思ったことはあるにゃ。お前はそれでも仲間にしたいのかにゃ?」
「当然だ。オレはお前のようなやつを待っていた」
本音だ。そういう悪意で行動できる奴は多分、他人を騙すことができる奴だ。いい意味でも悪い意味でもオレの国にそんな奴はいない。使いこなせれば大きな戦力になってくれるはず。
アリツカマーゲイがこちらを見る。返事は――――?
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