151 誰もが戦場へ行った
美しいと呼ばれるある大学の集団行動を見たことがある。あれを暗い草原で、しかも命のかかった戦闘中に走りながらやっているようなものだ。このラプトルたちは。
「何っじゃ、そりゃああああ!?」
ラプトルが近づいてくる。内側の右回りの列と、外側の左回りの列。
普通に考えれば内側だけが蟻に近づくことができる。だって外側が中心に近づけば内側の味方と衝突するから。
しかし、ラプトルは味方同士の隙間を縫いながら切り込んでくる。たった一人でも足をとられれば列全体が停止し、矢の餌食になるだろう。
しかし止まらない。絶えず動き続け、的を絞らせない。攻めるように見せかけたと思うと一瞬で離脱する。まさしく縦横無尽。さっきからこの繰り返しだ。
矢の無駄撃ちだとわかっていても本当に攻め込まれる可能性がある以上対処せざるをえない。
「畜生! こんなことなら蜘蛛も呼んどけばよかった!」
今更思いついても後の祭りだ。蜘蛛がいれば大量の糸が供給できるので何らかの武器、例えばスリングなんかを作ることができる。蟻の<錬土>と組み合わせれば弾切れの心配もない。矢も<錬土>で作れなくはないけど石の玉の方が作りやすい。
先にこちらの矢が尽きるかそれともラプトルの体力が尽きるか、そういう持久戦になっていた。
しかし――――
「ラプトルってどれくらい走れるんだよ!?」
問題はそこだ。人間の走れる速さはよく知っている。馬の走れる距離は大体想像がつく。魔物は体力も地球の動物より上であることが多いけど、少なくともくらべものにならないほどじゃない。
しかしラプトルはわからない。何故ならすでに地球では滅んでいるから。詳しく生態を知っている人間なんか比喩抜きで地球上に存在しない。
疲労困憊になりながら走っているのか、まだまだ余裕なのか、見当さえつかない。混乱した頭では徐々にラプトルの走る速度が落ちていることにさえ気づいていなかった。
ラプトルたちと戦闘を開始してどれくらいの時間が経ったか不安になる。体感的には長く感じる。しかし月の位置などからはそう時間が経っていないことは明らかだ。
何度目になるかわからないラプトルの突撃が始まった。すぐさま反応し、矢を放つ。
しかし蟻と言えども生物だ。疲労はする。精神的にも肉体的にも。
ほんの少しだけ緩んだ射撃をしてしまった。その隙を見逃さなかった。
「速っ!? 今まで温存してたのか!?」
その推測は正しくない。先ほどまでが遅かったのだ。
スポーツなどでもそうだがどれほど速くともスピードに慣れることができる。しかし、急激な加速には対応できない。いわゆる緩急をつける、という技術だ。もっともそれを戦術レベルにまで昇華させているのは驚異と呼ぶほかない。百頭以上の仲間と緊密な連携を長時間保ち続けているのだから。
「くそ! この攻撃が本命か!? 応戦しろ!」
明らかに今までとは違う色を見せる攻撃。しかし蟻には疲労と混乱が広まりつつあった。
一歩、また一歩と近づいていき、遂に、あるいはようやくラプトルと蟻は激突した。
槍衾に貫かれるラプトル。しかし後続のラプトルは仲間の死体さえ踏み越えてファランクスの内側に侵入した。
陣が、蟻が食い破られる。白兵戦、いや乱戦に突入してしまった。ある意味もっとも古代の戦争らしい光景だった。しかし――――
(こ、これどうすりゃいいんだ!?)
心の中で大汗をかきながら善後策を考える。前世の知識、この世界での経験、それを総動員して思考するが、良い作戦は思いつかない。考えすぎているせいなのか頭が痛くなりそうな甲高い音が聞こえる気がする。
それもそのはずだ。オレは前世の軍事知識は大体作戦が上手くいっている場合の知識でしかない。わざわざ負けた側の敗因を究明するほどミリオタでもなければ、知識だけで対処法を即座に思いつくほど軍才に恵まれているわけでもない。
そして自分自身でも気づいていなかったけど、蟻は白兵戦の経験や訓練を積んでいない。
そもそもラーテルや蛇など、圧倒的な巨体を誇る魔物と接近戦になればその時点で勝ち目がない。だからこそ飛び道具を重視し、剣や槍などの近距離武器をあまり開発しなかった。
つまりひたすら敵を近づかずに倒すというドクトリンを発達させた。故に、この状況は彼の陣営にとって全くの未経験の事態だった。
あるいは敵が圧倒的なまでに強大であればすぐに逃げるという発想に落ち着いたかもしれないが、ラプトルたちは武器がなくても倒せなくはない程度の戦闘力しか持っていなかったことも判断を鈍らせる一因になっていた。
その間にますます混沌は広がっていく。
考える。被害と利益。その天秤。もしこのまま戦って全滅したとして、その損害は取り返しがつかないほどじゃない。ただしそれはラプトルがこの草原から撤退してくれればの話。この軍を破った勢いでオレたちの巣を攻撃するかもしれないし、そもそもこの群れがすべてであるという保証はない。
ならできるだけ温存するべきだ。時間をかけ、落ち着きを取り戻すことでようやくその判断に辿り着いた。
「いま近くにラプトルがいる奴はラプトルに食らいつけ! 他は最低限の武器だけ持って洞窟方面に逃げろ!」
殿などと呼べるほど上等ではない。完全な捨て駒。しかし、その指示は文句ひとつなく実行された。
ある程度は離脱できたけど、まだ危ない。何しろラプトルは速い。多少距離を空けた所ですぐに追いつかれる。だから、もっと距離を空けるためにもっと非道な指示を飛ばす。
「弓を撃て!」
ラプトルに、まだ生きている蟻がいるはずの集団に向かって矢を放つ。
その行動は読めていなかったのだろう。明らかに動揺したラプトルは後退し、離脱した。その間に走らせる。この草原の拠点である洞窟に、誰が見てもわかるほど、敗走させる。
おおよその死者は蟻が三百ほど。対してラプトルは三十頭程度。まごうことなき大敗だった。
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