146 生物災害

 ひとまず投降した蜘蛛たちはバラバラにして異なる巣に移送することにした。一か所に固めておくと良からぬことを考えるかもしれないのでどの程度従順なのかも含めて様子を見よう。

 特に生後間もない赤ちゃん蜘蛛はあえて親元から離して育てることにする。もしもそいつらが立派なオレの部下になってくれればなおありがたい。

 考えようによってはどれくらいストレスをかけると反逆するかを判断する材料になりそうだ。反乱なりなんなり起こさないでいてくれるとありがたい。

 今オレたちの巣はいくつかに分かれている。広範囲を探索しないと文明を発展させられないのでどうしても巣は浅く広くに分布させなければならない。それにいつラーテルや銀髪みたいに反則的に強い奴に襲われないとも限らないからリスク分散の意味合いでもそういう戦略をとらざるをえない。だからこそ道路の建設を急ぎたいんだけどね。

 今回に関してはそれが有効に働いたかな。

 そして今なら少しばかり余裕がある。なのでぼちぼち進めていた実験を本格的に進めたい。ま、やることは今までとたいして変わんないけどね。

 要するに微生物を単離して、さらに成長が加速できるかを確認する。それを活かした食料加工を行っていた実例を見せられたらやる気がわいてきた。

 比較的扱いやすく、なおかつ発酵食品などに利用できる微生物は主に五種類。酵母菌、麹菌、乳酸菌、酢酸菌、納豆菌。


 パン、アルコール、などに使用される酵母。実はもうすでに単離して、小麦さえあればパンを作れる状態になっている。渋リンの皮にはいくらでもついているしな。正直これが一番楽。

 渋リンの果汁を含んだ培地だと成長加速することも確認済み。

 次は酢酸菌。主に酒からお酢を作るのに使う。やや水で薄めたシードルから採取した酢酸菌を単離したので、いつでもお酢を生産可能。ただし、今のところ成長加速確認されていない。

 そして麹菌。デンプンをブドウ糖に、タンパク質をアミノ酸にする、どちらかというと他の微生物と組み合わせることが多いカビの一種。これは今のところ成功してんのかどうかよくわかんない。単離できたかな? そう思ってもいきなり全滅したり、別のカビが生えたりしている。

 納豆菌はきっちり成功。もちろん豆……なんて名前にしよう。蜘蛛豆でいっか。蜘蛛豆で成長加速できる。そういえばこの蜘蛛豆魔法が明らかになっていない。多分何かの条件を満たすと発動するタイプだと思うけど……ちょっと気持ち悪いな。

 最後にみんな大好き乳酸菌。糖を分解して乳酸を作る微生物。植物性と動物性に分かれる。……まあでも今の現状だと乳を生産する生物がいねえ。カミキリスは体はリスだけど母乳は出ないみたいだ。

 なので植物性乳酸菌一択……が、これはうまくいっていない。そもそもチーズとかヨーグルトは乳がないと意味ないから必要ないな。


 色々実験したけど、やっぱり成長加速を生かすのは難しい。例えば納豆菌に渋リンの果汁をかけても納豆菌は増えない。逆に酵母菌に蜘蛛豆の蜜などをかけても何も起こらないどころか必要のない微生物が繁殖する。

 予想通りではあるけど先は厳しい。発酵食品を活かせば、肉食の魔物だとしても草食動物をあまり食べさせずに増やせるかもしれないだけに、できるだけ急ぎたい。


 じゃあ次に必要なのは、

「麦と乳だな」

 ぽつりとつぶやく。

 麦はパンなどの保存食や、醤油などを作る際にあると楽だ。

 乳が出る生物なら殺さずに栄養を補給できるし、チーズなどにも加工できる。問題なのはオレたちが乳糖を分解できるかどうかだ。

 牛乳を飲んでお腹を壊すことがあるらしい。これは乳糖を分解するラクターゼが弱いためだ。犬や猫に牛乳を飲ませてはいけない理由は犬猫に乳糖が分解できないためだ。もちろん個体差はあるみたいだけど。

 あ、でも乳糖がない母乳を出す生物もいるからそういう生物なら問題ないのか?

 何にせよまずはそういう生物を見つけてからだ。いっそのこと麦も野生種を見つけてそれを育種するのもありかなあ。すげー時間かかりそうだけど。

 何にせよ微生物、植物における成長加速はともに確認できたということだ。

 なら次は魔物以外の動物の成長加速を確かめようとするのは自然な流れだった。


 ありがたいことに投降した蜘蛛が捕らえていた動物がいたのでそいつらを利用する。

 一応魔物を食べさせてみたけど変化なし。まあそりゃそうだ。食べただけで姿が変わるとかファンタジーじゃあるまいし。……オレホントに転生したんだよな? ここって魔法のあるファンタジー世界だよな? まあいいや。

 なので今度は注射してみる。例えば花の蜜や、渋リンのしぼり汁、そして魔物の血液など。

 ほとんどは失敗だった。というか成功するとは正直思っていなかったけど、ほんのごくわずかな動物で成功してしまった。


「……グロいなこりゃ」

 例えばネズミ。地球サイズの小さな普通のネズミだ。こいつに蜘蛛の血液を注射すると全身が肥大化した。パンパンに膨れ上がった体は今にも破裂しそうにも見える。

 他にも小鳥。蟻の血液を注射するとなぜか内臓が膨れ上がりまともに食べ物を消化できなくなった。膨れ上がった腹は何かが今にも突き破って出てきそうだ。

 ……これはどう見ても生物災害的なあれじゃないですかヤダー。

 かまととぶってる場合じゃねえ。この実験の責任者は寧々だ。あいつからちゃんと話を聞いてみよう。


「共通点があります」

「ほお」

 寧々のレポートは実に細やかだった。少しデータの並べ方が雑然としていたのは経験不足ゆえだろう。少なくともサボっていたようには見えない。その寧々が見つけた共通点とは一体何だろうか。

「成長加速が確認された個体は全て、健康状態が悪化していた個体でした」

「なるほど。健康な個体は注射してもなんともなかったのか?」

「はい」

 実にわかりやすい結論だな。

 つまり成長加速を一種の病気、体に異常を引き起こす症状だと仮定すれば健康な個体に何の影響もないことの説明もつく。健康であれば免疫が働いて病気にはなりづらい。しかし体調が悪化すればそうはいかない。

 実際に体が大きくなりすぎるのは巨人症という立派な病気だ。問題は何故そうなったか。

 ……わからん。

 巨人症の原因は一般的にホルモンの異常。何らかの方法でホルモンを過剰分泌させている? あるいは病気だと仮定すれば何らかのウィルスを保有してそれが細胞分裂に関わるとか?

 確かなのは動物に使用すれば命の危険が大きすぎるということ。魔物にはある程度成長すれば成長を止める機構があるようだけど普通の動物にはそれがない。だから際限なく、無秩序に成長する。せっかく捕らえた動物を無駄死にさせることになる。

 結論。動物実験はやめましょう。

「寧々。とりあえず実験はこれで終わりだ。この実験はオレたちにはまだ早い」

「わかりました。では残った動物はどうしますか?」

「健康な奴は食用。異常な奴は速やかに殺したのち、焼却」

「病気の個体は食べない方がよい、ということですね?」

「そういうこと。殺す時はなるべく苦しめない方法で。今回はオレの実験で病気にさせてしまったからなおさらだ」

 治療できればいいけど、多分無理だろう。成長を抑制する薬なんてないし、患部を切除できるほどの技術もあるはずがない。速やかに殺した方が慈悲のある対応だ。

 きびきびと命令を実行し始める寧々。

 こいつを抜擢したのはやっぱり正解だったかな。

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