123 断頭台への行進
微睡の内でかつてを見る。
バスの中で外を見る。通行人、街路樹、街灯。地球ではどこにでもある風景。
中を見る。小学生、女性、男性、運転手。空席が目立つほどには人がいなかった。
これは夢だな。自分で夢だと理解している明晰夢。前世じゃこんなことは一度もなかったけど、蟻に転生してからは稀に明晰夢を見ることがある。
それも大抵死ぬ寸前の夢だ。そして最後にはいつもあの歌で終わる。
子守唄。そんなに何度も聞いたことはないはずだけど、何故これがいつも聞こえてくるのか。オレにもわからない。
どこかから光が差し込む。そろそろこの夢も終わりみたいだ。
「ん、うう――――」
伸びをする。今日は長くなりそうだから、ぐっすり眠れてよかった。
「ねーねー」
「小春? どうかしたのか?」
モーニングコールのように小春からテレパシーによる声を受け取る。離れているのに気軽に会話ができるのは女王蟻の特権だ。小春は今ヒトモドキ共を迎え撃つ準備をしているはずだけどもうすでに万全らしい。
「さっきの歌は何て歌?」
「さっきの? もしかして夢の中での話か?」
「うん」
こいつら夢の中まで覗けんのかよ。まあ今更だな。頭の中覗き放題のテレパシーでプライバシーをどうのこうの言っても始まらない。
「子守唄だよ。正確な名前は……何だったけ。ま、今日は忙しいからまた明日だな。ヒトモドキ共の様子はどうだ?」
「もうテゴ村を出たよ。本当に一歩も動けないヒトモドキは村に残していくみたいだ」
早いな。気温が上がり切る前にこっちの巣に到着するつもりか。もちろん思い通りにさせるつもりはないけどな。
テゴ村を意気揚々と出立した騎士団の進軍は遅々として進まなかった。何故なら、
「いたぞ! 蟻だ!」
「追い詰めて悪石を砕くのです!」
この騎士団で唯一健康体であるティマチは息を巻き、騎士団を率いていた。彼女の気高い姿を見て、誰もが我こそはと奮い立ち、重すぎる足を引きずりながらも蟻に追いすがるために走り回っていた。
無駄に、大いに無駄に。
「ティマチ様。小兵など無視して本丸を攻めるべきかと」
「何を言うのですアグル殿。悪魔に憑りつかれた邪悪な蟻は一匹たりとも残しておいてはなりません」
(馬鹿が! 敵の思うつぼだと何故理解せん。くそ! 俺がこの騎士団の団長ならこのような無様は晒すものか!)
焦るアグルだが彼にはどうすることもできない。この騎士団の団長は、そして団員の尊敬と忠誠を一心に集めているのは彼が侮蔑するティマチだ。その中には彼が生まれてから大部分の時間を共に過ごしたトゥーハ村の住人さえも含まれている。
彼女らの忠誠は決して変わることはない。
例え空腹で倒れそうになっても、真実倒れて動けなくなったとしてもティマチに忠を尽くし続ける。
「ひどい有様だな」
森の中に踏み入れたヒトモドキに対して少数での波状攻撃という名の嫌がらせを仕掛けていると、何もしていないのに倒れるヒトモドキが続出した。空腹と暑さにやられたようだ。
症名は熱中症とハンガーノックその複合かな。
もうすでに死者さえ出ている。水と食料の不足は命を脅かすことがある。現代人には想像さえ難しいけどな。
ここまでひどい状況になれば離反者なり逃亡者が出てきて勝手に自滅してくれると思ってたんだけど……ヒトモドキの洗脳教育は予想以上に人心を掌握しているらしい。
味方が倒れても盲目的にティマチに従い続けるその瞳には狂気しか感じない。
ある意味こいつらもこの国の被害者だけどだからと言って手加減はできない。こいつら百人の命よりオレの部下一人の方が大事だ。
それにしてもアグルも大変だな。あんな無能上司に従わなきゃならないなんて。おまけに部下も無能だときた。でも無能な怠け者は一兵卒には良いと聞くね。無能な働き者は上司にしてはいけないともな。何にせよそんな連中に挟まれた中間管理職には同情すら感じる。
「さて、何人巣に辿り着くやら。少なくとも百人は脱落するな」
彼の予想通り、一人、また一人と騎士団員は倒れていく。その数は百で収まりそうにはなかった。
「楽園で安らかに眠りなさい」
祈りと共に倒れ伏した老人の貴石を砕く。動けなくなった信徒のほとんどはティマチに救われることを
「例え蟻の邪悪な魔法によって倒れたとしても、その意志は引き継がれます! 悪魔に屈してはなりません! さあ、進みましょう!」
ティマチの言葉を受けてアグルも心中を隠して快哉を叫ぶ。
「皆の者! ティマチ様に続け!」
おおおおお! 騎士団員の士気は高く、誰一人としてティマチの気高い信仰心と献身を疑ってはいなかった。もちろんアグルを除いて。
(ふざけるなこの能天気無能女! 蟻の魔法のせいだと!? この死は貴様の無能が原因だ! だいたい去年俺がトゥーハ村の奴らを率いた時はこんなに従順じゃなかったぞ!? 何故こんな無能にどいつもこいつも従っている!?)
しかしそれでも彼は真意を隠さなければ彼自身がつゆと消えると理解するがゆえ口をつぐむ。彼のクワイへの憎悪は理不尽に対する怒りを燃料として誰一人として気付かぬまま燃え続ける。
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